第67話 幼女、獲物を狩る
蜥蜴にも似た巨体が木々立ち並ぶ白銀の世界を駆けていく。
雪が覆う山中を全長10メートルはある身体を奮わせながら、重い足音を響かせながら進んでいく。この大陸において久しく見られなくなった伝説の存在『ドラゴン』がそこにはいた。
「ォォオオンッ!」
ドラゴンが吠える。気配が怯えて去っていくのが分かる。それを追いながらドラゴンはバサッと翼を広げながら目の前の崖と崖の間を飛び越えていく。
そのドラゴンは空を飛ぶことはできないが翼を広げて滑空することは可能であった。そして、ドラゴンはその先に気配のある巨獣へと向かって速度を上げていく。
そうして獲物までは付かず離れずに留めながら、ある場所へとドラゴンは誘導を続けていた。
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「ふむ。もうじき目の前に現れるぞ」
操っている腐り竜から離れた地の岩場に座って瞑想している格好のヴォルフがそう口にした。その横にはローアダンウルフのゼファーが控えている。それは巨獣使いが憑依操作をしているときの護衛であった。
そして、その言葉を風精機に乗って横に待機しているパラが聞いて頷き、己の主に対して通信をかけた。
広域通信型であるパラの風精機は、認識した鉄機兵や精霊機へ広範囲の双方向通信を行うことができるのである。パラはその能力を使ってベラとヴォルフの連絡の受け渡しを行っていた。
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『ヴォルフから報告。もうじき現れるとのことです』
そして、パラからの報告にベラがニタリと笑ってグリップを握る。
『了解だ。そんじゃあ、お仕事だよアンタら』
赤い鉄機兵『アイアンディーナ』の拡声器からの声を聞いて、右にいる黒の鉄機兵『ムサシ』と左にいる白の鉄機兵『ザッハナイン』が構える。
なお、獲物の毛並みに傷を付けてしまいそうなジャダンの火精機『エクスプレシフ』と、防御専門の精霊機でもあるためにボルドの地精機『バッカス』はこの狩りからは外されていた。
『ご主人様、来るぞッ』
デュナンが『ザッハナイン』の中から叫んだ。そして、木々をバキバキと破壊しながら巨大な白い固まりが複数飛び出してきたのだ。
『よーし、ノルマはひとり二匹だ。ヴォルフは捕まえたヤツなら食わせてやってもいいよ』
ベラがそう言いながら鉄機兵を走らせる。その後に二機の鉄機兵が続き、さらには丸い毛玉のやってきた方角からはヴォルフの操る腐り竜が走ってきていた。
「ピギィィイッ!」
そして、挟み撃ちにされたことに気付いた白い毛玉が真っ赤な瞳を広げて、鋭い前歯を剥き出しにして襲いかかってくる。背後の腐り竜よりもまだ対処が可能とベラたちの鉄機兵に向かって突撃してきたのだ。
『おー、やる気だね』
『ウォリャアッ!』
ベラの横から『ザッハナイン』が飛び出し、毛玉に向かってクレイモアを振り下ろした。
「ピギッ」
しかし白い毛玉は、毛玉の中から強靱そうな足を出して地面を蹴って跳び上がったのだ。
『何っ!?』
デュナンが驚愕するが、すでに振り下ろしたクレイモアの勢いは止まらず虚空を切った。毛玉はそのままクレイモアをかわして『ザッハナイン』の上へ跳び、
『せいやっ』
『ザッハナイン』の頭部を蹴り込もうとした毛玉にベラの『アイアンディーナ』が横に薙いだウォーハンマーがブチ込まれた。
「ピッギィ!?」
毛玉はそのまま叫び声をあげて真横のあった岩に激突し、そのまま雪の積もった地面へと落ちて赤いシミを作っていった。それを見てデュナンの『ザッハナイン』がビクッと震えて『アイアンディーナ』の方を向いた。
『す、すまないご主人様。この巨獣は慣れていないので』
『言い訳もお仕置きも後回しだよ。次だ次。ウサギどもは速いし脚力もあるんだ。注意深く見な。ぶっ殺されたくなきゃね』
そのベラの言葉通りに、崩れ落ちた毛玉はよく見ればウサギの形をしていた。つまり腐り竜が追い込んでベラたちが狩っているのは巨大なウサギであった。
それはカノンラビットと呼ばれる肉食の巨獣で、動きが素早く、その恐るべき脚力を使って人間を襲うことがあるのだ。
特にここ数年は悪天候による不作が続き、それは人間だけではなく動植物の生態系にも影響を及ぼしていた。巨獣は少食な生き物ではあるが、それはあくまで体格の割にということであり、餌がなくなれば自然魔力の薄い人の生息域まで降りてくることもある。
今回ベラたちがこの場にいるのは、そうして人里を襲い始めたというカノンラビットたちの討伐の依頼を傭兵組合から受けたためであった。
本来であればこのカノンラビットは機動性が高く、鉄機兵などで相手にするのは難しいため、罠を仕掛けて捉える狩猟人に仕事が回ることが多いのだが、ベラは戦闘訓練のつもりでこの仕事を引き受けていた。
『おら、動きなッ! あのトカゲに全部食われちまっても良いのかい?』
『は、はいぃっ』
『アイアンディーナ』に蹴りを食らいながらも、デュナンが慌てて残りのカノンラビットに向かって鉄機兵を進ませていく。すでに腐り竜と鉄機兵『ムサシ』はカノンラビットを倒し始めていた。
「ピギィッ!」
そしてデュナンが近づいた途端に、カノンラビットが一斉に動き出した。この中でもっとも弱い相手だと当たりをつけたのだろう。それにデュナンが青い顔をするが『いいから突っ込みな』とベラは言いながら、『フンッ』と勢いをつけながら竜尾を振るって、地面の雪の固まりをカノンラビットの一体にぶつけて視界を防いだ。
「おりゃぁっ!」
「ピッギィィイイ!?」
そのカノンラビットを『ザッハナイン』のクレイモアが切り裂いた。さらにはバルの『ムサシ』が、ヴォルフの腐り竜が他に『ザッハナイン』に迫っていたカノンラビットを攻撃し散らしていく。
「ピギッ、ピギィッ!」
そして残り一体となったカノンラビットが、残りが自分だけになったことに気付いて悲鳴のような声をあげてここから離れようと走り出した。
『甘いんだよ。まあ、ウサギじゃあしゃーないかね』
そう言いながらベラは、グリップのトリガーを引いて錨投擲機を撃つ。それはカノンラビットの身体の横を通り抜け、大木へと激突する。
『おんや?』
それにはベラは眉をひそめる。竜尾の扱いはそれなりにはなったのだが、この錨投擲機の命中率に関してあまりベラは上達していなかった。
『チッ、外せないかい』
抜けなくなった錨投擲機の矢の刺さった大木を横切りながら、そのままカノンラビットは強力な脚力でもってその場から離れていったのであった。
『追いますか? とのことですが』
ウサギが去っていく様子を見て舌打ちをしているベラに、パラから通信が届いた。ヴォルフの提案のようだが、ベラは少しだけ考えた後に『いや、良い。戻るよ』と返した。
すでに七匹は仕留めてある。カノンラビットの肉は上質なもので、ルーイン王国でも高級料理店で取り扱われている。もっとも内二匹は腐り竜が殺したので腐り竜とローアダンウルフの餌となる予定であったが。
(まあ、今回はひとりじゃないし楽にはなるかねえ)
ベラは逃がしたカノンラビットのことを頭から振り払い、そう考える。今回は巨獣使いのヴォルフがいるので解体の手際については期待できるし、単純に人数も多いために以前のビグロベアの時のようにひとりで作業をする必要もないのである。
ベラとしても、それは当初に比べると随分とやれることも増えてきたのだなとは実感できる部分ではあった。
もっとも……と、ベラはデュナンの方に『アイアンディーナ』の水晶眼を向ける。それにデュナンの『ザッハナイン』がビクリと動いた。
(どうにかしないと死ぬねえ。コイツ……)
ベラがデュナンの実力を把握している。
有り体に言ってベラから見てデュナンは弱かった。いや、実力だけで言えば傭兵だったゴリアスなどよりは上なのだろうが真っ当に騎士として生きてきて、どうやら途中で傭兵に身をやつしたらしいのだが、それでも戦い方を変えることなくここまで生き残っていたらしいのだ。
現状でバルの戦闘力の強化についてはすでに動き出しているが、デュナンについても思案する必要があるとベラは考えていた。
デュナンについてベラは戦の報償としてもらっているために自分の金を払ったわけではない。なので売り払うという手もあるが戦奴隷として見たときに、鉄機兵乗りな上にこれ以上の実力者など早々いるものではない。今後戦力を増強することを考えているベラとしては手放せる人材でもないが、ともあれこのままベラの戦いに連れて行ってもどこかで殺してしまう可能性は高い。
『……どうしたものかねえ』
ベラの呟きが拡声器を通して外に響き渡り、デュナンの『ザッハナイン』がさらに固まっていた。それはデュナンが戦闘後に行われるであろうお仕置きに対して『どうしようか』と言っていると勘違いしてのものであったが、どうであれデュナンがこの後に痛い目を見るのは変わらない決定事項であった。
そしてベラドンナ傭兵団はカノンラビットたちの処理を終え、翌日にコロサスへと戻ることにしたのである。
現在はモルド戦役と呼ばれたルーイン王国敗退の戦争終結からすでに一ヶ月が経っていた。ベラ率いるベラドンナ傭兵団は今、戦奴都市コロサスを拠点として活動していたのである。
次回更新は8月21日(木)0:00予定。
次回予告:『第68話 幼女、準備を整える(仮)』
雪のお山でウサギさんに遊んでもらったベラちゃん。
少し背伸びするところもある子ですけど子供らしい一面もあるんです。
でも、そんなベラちゃんにも少しだけ気になる男の人がいるようです。そういうところ、小さくても女の子なんだなって思えて微笑ましくなりますね。




