第65話 幼女、終わりを告げる
『思ったよりも握った感じは以前と変わらないな』
バルが騎士型鉄機兵『ムサシ』の操者の座の中でグリップを握り、かつての相棒の感触を実感しながらそう呟いた。
バルの持つカタナの『オニキリ』と『ヒゲキリ』は黒鬼鋼という非常に重い金属で造られている。
しかし、現在のバルの搭乗している鉄機兵の腕もそれなりの重量の武器を扱えるように調整されたものだ。バルの機体はデュナンの『ザッハナイン』と同じ系譜である、元はパロマの騎士型鉄機兵だ。各国の騎士型鉄機兵の規格は統一されており、デュナンの機体の装備のようなクレイモアやタワーシールドの装備を扱うことも想定して造られている。
その上でここまでカタナを振るうことを前提に『ムサシ』は調整されてきていた。当然、『オニキリ』と『ヒゲキリ』が扱いにくいと言うこともなかった。
『な、なんだ。貴様は? 我が名はヴァモーザ・ギーライヒ。貴様のような庶民の』
『確か決闘法は従者などの介入も許可されているのだったかな主様よ』
ヴァモーザの会話を遮り、バルが一歩を踏み出しながらベラに尋ねる。その言葉にベラが笑って言葉を返した。
「確かそうだったと思うけどね。まあ気にせずに殺っちまいな。全部殺しゃあ、文句言うヤツはいなくなるよ」
何気なく言う幼女の言葉が響き渡り、兵士たちが不気味なものを見る目でベラを見た。その場にいるのは十八機の鉄機兵だけではない。五十を超える生身の兵たちもいるのだ。それを今、幼女は皆殺しにすると宣言したのだ。
そして、ヴァモーザ配下の鉄機兵乗りのひとりが目の前のバルの鉄機兵を見ながら口を開く。
『ヴァモーザ様。その黒い鉄機兵の乗り手は剣闘士チャンプのバルです』
部下の言葉を聞き、ヴァモーザが目を細めて目の前の鉄機兵『ムサシ』を見た。
4メートルはある黒いボディに、変わった形状の大小ふた振りの剣を持った鉄機兵である。ヴァモーザもその立ち振る舞いからその機体の乗り手が強力な相手であることの把握はできていた。故に自ら相手をするようなことは考えず、部下たちに対処させようと指示を飛ばす。
『数で圧せばどうということもあるまい。囲めッ』
その言葉にヴァモーザの部下や取り巻きの貴族たちが動き出し、ヴァモーザ本人はベラたちの方へと鉄機兵の視線を向けさせた。
『しかし、どこにいる?』
ヴァモーザは呟いた。団長であるベラ・ヘイローを捕らえ、バルへの人質に使おうという魂胆である。さすれば戦奴であるバルは動けなくなる。しかし、肝心の団長がどこにいるのかがヴァモーザには分からない。
目の前にいるのは褐色肌の幼女とドワーフとエルフ、それに護衛であるらしい騎士姿の男だけである。子供や奴隷、それに従者を捕らえたところで人質にはならないと考えヴァモーザは歯ぎしりする。
『ベラ・ヘイローめ。どこへ逃げた?』
完全に何かを間違えた言葉にその場の全員が一度目を丸くしたが、その意味を理解するとベラが笑い転げた。
『何がおかしい?』
鉄機兵を踏み込ませて近付いて声をあげたヴァモーザに、ベラが返した言葉は「マヌケだねぇ」であった。
そして、直後にベラが握っていた竜心石から魔力の光が放たれ、ヴァモーザの目の前で鉄機兵用輸送車に寝かされている鉄機兵『アイアンディーナ』が僅かに動き出した。それを見てヴァモーザが叫ぶ。
『何? もう鉄機兵に潜り込んでいたか。卑怯なや……』
誰が聞いても失笑ものの言葉がヴァモーザから漏れたが、それが最後まで続くことはなかった。何故ならばヴァモーザの騎士型鉄機兵『ザクロオー』は突然その場で盛大に仰向けに転んだのだ。
『グォオッ!?』
それはヴァモーザが操作をミスしたわけではない。精神感応石による感覚のフィードバック。それがあるからこそ簡易な操縦法でも鉄機兵は感覚的な操作が可能となっているのだが、ヴァモーザはそのフィードバックから何かが足に絡まったのを感じていた。
『な、なんだ。今のは?』
叫ぶヴァモーザの操者の座の前にある胸部ハッチの上にドンッと何かが乗る音が聞こえた。
『乗った? 何がだ?』
ヴァモーザが慌てて起きあがろうとするが、少し激しい金属音とともに「ここにブチ当てるんだよ」という声とともに何かが振られる音がした。
『ガアッ!?』
そして、激しい金属音とともに胸部ハッチがはがされた。ヴァモーザは驚愕の顔で強制的に開けられた入り口に視線を向けた。
「おー、さすがオリハルコン製。全然壊れる様子がないねえ」
そこにいるのは先ほどの褐色の幼女、つまりはベラであった。
「なんだッ!?」
ヴァモーザが声をあげるのと同時にベラが操者の座へと入り込んでヴァモーザを組み伏せ、首元へとすかさずナイフを突きつけた。
「クッ、ガキが。なんなんだ貴様は?」
「あたしかい? あたしの名はベラ・ヘイローさ。あんたらがずっと呼んでたじゃあないか?」
「貴様がだと?」
ヴァモーザが驚きの顔でベラを見る。そのリアクションにベラは満面の笑みで頷き、ナイフをさらに押し込んで首元から血があふれ出させた。それを見てヴァモーザの顔から血の気が引いていく。
「貴様。一体どうやって生身でハッチを。いや、そもそも『ザクロオー』を倒したのだ?」
「どうやってって? 別に大したことはしてないよ」
ヴァモーザにベラは平然と告げる。もっともベラがここに至るまでに何をしたのかといえば、確かにベラにとってはそう難しいことではなかったが、一般的な基準で言えばまともな方法ではなかった。
そもそもではあるが鉄機兵とは本来、補助器なしでも竜心石と精神感応石があれば動かすことは可能な存在だ。
それは多少距離が離れていても可能ではあるのだが、実際には多少動かせる程度のものでしかない。精々が腕を上げたり、己の身体を倒すぐらいしかできない。
しかし『アイアンディーナ』に装備されている竜尾に関しては若干事情が違っていた。竜尾は補助器による操作ができない分、その反応を限界まで引き上げていたのである。そして過敏に反応するよう調整された『アイアンディーナ』の竜尾は近付いてきたヴァモーザの機体の脚部を弾いて倒したのだ。そこにベラが飛び乗り、胸部ハッチの開閉部へとひっかけたウォーハンマーをこれまた勢いよく竜尾で叩きつけ、テコの原理でウォーハンマーを使って胸部ハッチを破壊していたのだった。
その際にベラのオリハルコン製のウォーハンマーも吹き飛んだが、地面に落ちたものは特に曲がってもいないようだった。その頑丈さにベラも満足しながら、怯えた顔のヴァモーザの横にある通信機に幼い顔を近づけて声を出した。
『この場のボスは抑えたよ。これでアンタらの勝ちはなくなったわけだ』
ヒャヒャッと笑う幼女の声に、貴族たちの鉄機兵や随伴の歩兵たちが動きを止める。その様子をベラが満足そうに見ながら、さらに言葉を続ける。
『けど、あたしは優しい女だからね。人質を取ってるからって動くななんて卑怯なことは言わないさ』
ベラの言葉にヴァモーザが何かを言い掛けたが、さらに首のナイフが押し込まれ血が再びあふれ出たことで黙らざるを得なかった。
『あんたらには目の前の黒い鉄機兵と戦ってもらう。当然本気でだ。あんたらの誰かがそいつを殺せば、あたしたちも負けを認めよう。投降してやろうじゃあないか』
実際にはそんな気もないが、バルの勝利も疑ってもいないベラの言葉に、鉄機兵乗りたちがざわめきの声をあげる。
『ま、できなきゃ全員死ぬだけだ』
しかし、続く声に全員が静まり返る。そんな中をベラの声が続けて響いた。
『そんじゃあバル、あんたがやればできる子だってことをそろそろあたしにも見せてくれないかい。ちゃんとやれる子だってことを証明できれば、あたしのミルアの門を最初にしゃぶらせる権利くらいはくれてやってもいいんだよ』
その言葉に幼キャピラの徒ではないバルが肩をすくめながら、口を開く。
『今の主様に言われると逆に萎える』
『あんだって? ぶっ殺されたいのかい。このクソガキャア』
怒った声のベラに対してバルの笑い声が響き、同時に別の場所では爆発が起こった。
『なんだ? 何が起きている?』
鉄機兵乗りたちが再び騒ぎ出すが、その正体は別の岩影から出てきた爆破型火精機の投げた爆炎球であった。さらにはその横には魔獣ローアダンウルフとそれに乗ったヴォルフもいた。
『言ったはずだろう。全員殺すって』
なんら抑揚もない普通の声が『ザクロオー』の拡声器から響き渡る。
『ジャダン。生身のはくれてやる。やり方は好きにして良い。全員殺りな』
その言葉にジャダンが『ヒヒヒ……ヒヒヒヒヒヒ』と笑い声を漏れさせる。その横ではヴォルフがイヤそうな顔をしているが万が一に逃げられた場合の敵を仕留めるために彼と狼はいた。彼らは敵が来ることを見越して、離れた場所で待機していたのだ。
そして、ジャダンが逃げまどう歩兵たちへと爆炎球を投げつけ大混乱となった状況に鉄機兵乗りたちも戸惑うが、しかしそれの救援に動く前にバルの『ムサシ』が動き出した。
欲に目の眩んだ愚か者どもは己らの開けたモノが地獄への入り口の扉であったことを今より知ることとなるのである。
その命を代償として。
次回更新は8月14日(木)0:00予定。
次回予告:『第66話 幼女、後始末をお願いする(仮)』
人生はままならぬモノです。覆水盆に返らずとも申します。
そして、大切な選択を間違えたお友達には悲しい未来が待っています。
さあ、お掃除をいたしましょう。




