第05話 幼女、奴隷商と会う
「はい。それではこちらがお渡しする金額となります。サインをお願いします」
「あいよ。まあこんなもんかね」
ベラはスラスラとベラ・ヘイローと名を書いて渡した。
「おや、お若いのに読み書きについても申し分ないとは。随分と教養がおありのようですね」
「ま、村って言っても本がないわけではないからね。やることなければ、それ読んでお勉強もするもんさ」
そのベラの発言は事実に即したモノである。まるでなぞるように言葉と文字を覚えたベラではあったが、商人のコーザはその言葉を素直には受け取らなかった。そもそもどれだけ英才教育を受けようとも6歳で……というのは無理がある。そして話せない事情があるのだと理解して、コーザも特に言及はせずに、そのまま話題を終えることにした。
なお、ベラがビグロベア素材を売って得た金額は1300万ゴルディンを越えていた。一体100万ゴルディン以上ではあるが、ビグロベアの皮があれば鋼鉄以上の頑丈さを誇る良質の革鎧が大量に生産でき、また傷の少ない状態の毛皮と骨があれば、剥製としても貴族連中に売ることも出来る。いずれも間に職人を介すためにかなりのコストがかかるものではあるが、当然コーザとしても良い商売となる金額を考えてベラにはその額を渡している。
巨獣との戦闘は鉄機兵でも死亡率が高い。狩り専門の傭兵団もいるが、基本的に里に出たハグレ巨獣相手でもなければ巨獣狩りなどは行われないため、出回る数もそれほど多くはない。そのため、価値が上乗せされているという面もあった。
「ところで、この街にヴァガーテ商会っていうのがあるだろう?」
ベラは受け取った銭袋の中身を数え終えると、コーザに対してそう切り出した。
「ええ、奴隷商としては大きいところですね。それがどうしましたか?」
「来る途中に、そこの人間らしいのを死体で見つけてね。それを伝えておくべきかと思ったんだよ」
「なかなか義理堅いですね」
コーザがそう口にするが、それを聞いてベラが肩をすくめる。
「そういうワケじゃあないさ。ちょいとこっちも奴隷が入り用でね。まあ、少しは色付けてもらえるんじゃないかって下心から覚えてただけさ」
笑みを浮かべながらのベラの言葉に、コーザも「なるほど」と理解を示す。親切心だと言うよりは納得がいくという程度のものではあるが。
「でしたら、今回はこちらもかなり良い商売をさせていただきましたし、あそこのマルフォイとは顔見知りです。ヴァガーテ商会へは私がご案内いたしましょうか?」
「ヒャッヒャ、そいつは助かるね」
ベラの言葉にコーザも頷いた後、コーザはベラに尋ねた。
「しかし、どのような奴隷がご入り用なんですか?」
「ほら、何せこのナリだからさ。変なのに絡まれることも多いから、ちょいと虫除けが欲しくってさ」
コーザにベラは嬉しそうにそう語る。その喜びようだけを見れば玩具を買い与えられることを喜ぶ普通の子供のようであったが、コーザは目の前の少女を見くびる真似は出来ない。ビグロベアの毛皮を12体分運んできたインパクトは、その見た目を圧倒的に凌駕しているのだ。
そして、巨獣をものともしない化け物に絡むなどコーザには恐ろしくできるはずもなかったが、しかし何も知らなければ、奴隷として売ろうなどと考える輩が出るかもしれないというのは分からない話でもない。
「まあ、とりあえずは行ってみましょうか」
「任せるよ」
その言葉にコーザは頷き、部下に出かける旨を伝えると、『アイアンディーナ』を停留所に置いたベラを連れて街へと向かい始めた。
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そしてベラが街の中に入ると、確かに中は活気づいている様子ではあったが、どこかせわしない感じも漂っていた。そこをベラとコーザ、そして護衛の戦士3名で移動する。
「もうそろそろ戦争が終わるんじゃないかって話が出てましてね。ま、ここらでまとめて売りさばきたいって感じではあるんですよ」
ベラの周囲の状況に目を走らせている横で、コーザはそう説明した。
「いい時期に来たってことかね」
「かもしれませんね」
値段から考えれば正しいかも知れないが、すでに良い品は買われ、今あるのは売れ残りということでもある。例え価格が高かろうと、癖のある奴隷である可能性も高い。
「ところで、購入するとすると、どういったモノをお探しで?」
虫除けという話ならば、見かけだけの安い奴隷で十分だろう。しかしベラほどの鉄機兵乗りと渡り歩くにはそれだけでは付いていけないだろうとコーザは考える。
「一番いいのは鉄機兵とセットなんだけどね。まあ、そいつはさすがに無理だろうしね」
「ええ、鉄機兵単体でも3000万ゴルディンは欲しいですかね」
これには鉄機兵の捕獲代や、隷属化の解除など、輸送等の必要コストも含まれる。今のベラに手の出るものではなかった。
「まあ、そっちの当ては別に考えてあるし、アンタんところの風精機を見たら精霊機使いを狙ってみてもいいんじゃないかとも思ったんだけどね」
「なるほど。確かに値は下がりますし、悪くはないでしょう。ですが、先ほどお渡しした金額では少し足りないですよ?」
「ま、他にも蓄えはあるさ」
ベラの言葉にコーザはうなずきながら、大通りに面した建物の一つの前に立ち止まった。
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「これはコーザ様」
その建物のゲートキーパーがコーザの姿を見て、頭を下げる。
「やあ、今日はお客を連れてきたよ。マルフォイはいるかい?」
「はっ、今は中におりますが……お客ですか?」
ゲートキーパーがコーザと、周囲の護衛兵を見て、最後にベラを見た。
「ああ、上客になるだろう。とりあえず通してもらって良いかい?」
「は、はい。どうぞ」
ベラのことを訝しんで見ながらもゲートキーパーが扉を開けて、中の係りの者に話をしてから、コーザたちを建物の中へと促す。
「気を悪くしましたか?」
係りの者に案内されながら、コーザがベラにそう尋ねる。
「ま、それを解消するために買うんだからね。気にしちゃいられないさ」
そう言うベラに苦笑しつつ、コーザは通路を歩いていく。そして通された部屋は無駄に華美な装飾に彩られたもので、その中にいたのは小太りの老人であった。
「やあ、コーザ。久しぶりだね」
小太りの老人はコーザを見るなり、手を広げてコーザに抱きついてきた。
「やあマルフォイ。お互い、良い商売が出来ているようで何よりだ」
コーザも抱きつき返し、抱擁する。そして離れて、コーザを、そしてベラを見た。
「ふむ。上客を連れてきたと聞いたのだが」
マルフォイの顔にコーザが笑みを浮かべる。それにマルフォイは目を細めて、心の中での警戒レベルを引き上げた。
「それは、そちらのお嬢さんのことかね」
マルフォイから見れば自分で言っていてバカなことを言っていると感じたが、だがコーザの態度からして、その少女を客……として扱っているようにしか見えなかった。またマルフォイも人を商品として扱っている以上は人間というものの鑑定にも一定の自負はある。だからこそ、こうして大手の奴隷商として生きているのだが、そのマルフォイを持ってしても目の前の少女を読み通すことは出来なかった。
(どこぞの成金が子供に護衛の奴隷を買わせようとコーザに声をかけた。いや、ないか。装備も金のある人間のモノでもない。かといって子供のママゴトにしては遊びがなさすぎる)
子供特有の無知故の好奇心や知らぬ他人への恐怖心、どこか地に足が付いていないような雰囲気は一切ない。身に着けている装備も安物ではあるが、実戦を想定したモノに正しくなっている。それにさきほどからこちらを見る目線は、こちらが逆に品定めされているのだろうとマルフォイは感じた。
「ええ。こちらのベラさんは、やはりまだお若いので売買の勝手が分からないそうです。なので、私がアドバイザーを買って出たわけでしてね」
コーザの言葉にベラが「ヒャッヒャ」と笑う。
「なるほど。見たところ……冒険者の方のようですが?」
マルフォイがコーザの口調とベラの格好からの推測を口にする。担がれていたとすれば、ここで大笑いされるところだが、そうはならなかった。
「そうだね。後はちょいと報告ってヤツさ」
「報告?」
「ベラさんは、ヴァガーテ商会のキダンという人物の最後を看取ったそうだ」
「キダン? ああ、今は南に行かせていたが」
突然出た名前にマルフォイは目をパチクリとしてそう答えた。
「犬っころに食われてたんでね。その報告と、一応落ちてた手帳を拾ったんで持ってきたのさ」
そう言ってベラが手帳を目の前のテーブルに置く。手帳に付いた土がテーブルにこぼれるのを見てマルフォイが少し嫌そうな顔をしたがベラは気にしなかった。また手帳は自分も含めてライラの村の関連はすでに破り捨てたものだった。
「そいつは……なんと言って良いか。いや、連絡していただきありがとうございます。ちょいと先走るが一応目利きは良かった男だったんですがね」
そうマルフォイは口にする。キダンはマルフォイが気にかけていた若い連中の中では頭ひとつ抜けていた男だった。
「他にも何人かの奴隷がいたようなんだけどね。そっちはボロッキレの服のまま食われてたんでそのままにしちゃったよ」
「それは止むを得ないことでしょう。それでベラ様は大丈夫だったんですか?」
犬っころと言ったのだから、キダンを仕留めた魔獣とも遭遇しているはずだとマルフォイは考えた。であれば、なぜ目の前の少女は生きているのか?
「はっ、あたしがたかだか4匹の犬っころに殺られるわけないわな」
「ベラ様は、ビグロベアを倒せるほどの腕前ですので」
それを聞いてマルフォイも、この少女の事情をある程度理解したようである。
すでに街の中でもベンマーク商会がビグロベアの素材を多く確保したという情報は広まっていた。そしてビグロベアを倒せると言うことはよほどの戦士たちでなければ鉄機兵乗りであろうと。
子供のウチより鉄機兵などに乗って独り立ちした少女が、ここまで老成した存在になるのかは分からないが、ただの子供と考えるよりも頷ける話ではあった。
もっとも、実際には当時のベラは鉄機兵など持たず、武器もキダンの所有していた剣で魔獣を斬り殺し、ついでにキダンと他の奴隷も斬り殺していたのだが、まあそのような些細なことは別に語る必要もないだろう。魔物に襲われて、キダンが死んで、ベラが生き残った。重要なのはそれだけだ。
「なるほど。それは大変ご足労をおかけしました。死んだキダンに代わり、礼を言わせていただきます」
「ヒャッヒャ、気にするんじゃないよ。まあついでさ、ついで」
そう返すマルフォイに、ベラも大して気にした風でもない感じで、そう口にした。
「それでベラ様は、お客様とのことでございますが、わたくしどもの扱う商品が何であるかもご存じなのでしょうな?」
奴隷商。この世界では一般的に認知はされている商売ではあるが、裏稼業であるのは違いなく、子供が容易に近付いて買い物が出来るようなモノではない。多くの場合、「近付くと奴隷にされちゃうよ」等と親に脅されて育つので、実際に利用でもしていなければ忌避感が先んじる商売の筆頭でもあった。
「もちろん。活きの良いのを期待してるよ」
しかし、そう口にして笑うベラの瞳には忌避感も恐れも微塵と存在していなかった。ただ言葉通りの意味での期待を込めた瞳があっただけであった。
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