第58話 幼女、パワーアップする
『なるほどねえ』
ベラは『アイアンディーナ』の操者の座の中でグリップを動かしながら呟いた。
そしてグリップを動かすと、鉄機兵の右腕がギュルンと勢いよく動いた。その動作をベラは目を細めて観察しながら再度、
『ほぉ、なるほどねえ』
と呟いたのだった。この『アイアンディーナ』の現在の右腕は、ドラゴンとなる前の異形鉄機兵の腕が移植されていた。
『ご主人様、調子はどうだ?』
通信から響くボルドの問いに『こりゃヤバいね』とベラが笑って答える。明らかに動きが機敏過ぎる。今までの右腕よりも素早く力強いが、あまりにもピーキーすぎて以前とは比較にならぬほどに操作の難易度が上がっていたのである。
『まあ、慣れりゃあ問題はなさそうだけど、調整は必要だね。後は……』
さらにはもうひとつ『アイアンディーナ』には別の装備が取り付けられていた。それがバチーンと後ろの地面を叩きつける。
『こっちも動かすのは結構難儀だね』
ベラの言葉通りの非常に扱い辛い物体が『アイアンディーナ』の臀部から伸びていた。それは異形鉄機兵の尻尾である。アタッチメントを増設して接続したのだが、グリップやフットペダルがあるわけでもないので首裏についている精神感応石で動かすしかない。
元より鉄機兵というのはこの精神感応石だけでも操作が可能ではある。しかし、腕や指先、足運びなど、細かな動作をより確実に行うためには補助機が必要で、それがグリップやフットペダルといったものであるのだ。ところが尻尾を動作させる補助機など当然存在しないのだから、ソレはただ念じるだけで動かすしかなかったのである。
『こっちも……まあ、おいおい慣れていくさ』
ベラはビターンビターンと尻尾を叩きつける。前後左右に動かす程度ならば問題ないようである。ただ、それで足を絡めたり、何かを持ち上げたりするのにはかなりの訓練が必要そうだった。
『駄目だったら外した方がいいぜ。重心がズレるしゲテモノ過ぎるからな、それ』
ボルドの言葉にベラがヒャッヒャと笑いながら、鉄機兵の動作をチェックしていく。
『ふん。ここを出る前にはどうやら間に合ったみたいだね』
そう口にするベラたちが現在いるのは鉱山街モルドの外壁にあるベラドンナ傭兵団の陣地、その中の鉄機兵用輸送車を並べた簡易鉄機兵ガレージである。
『アイアンディーナ』は今戦争において得た魂力によって脚部などを強化し、全長3.4メートルと以前に比べて一回り大きくなっていた。
もっとも前と今の『アイアンディーナ』の大きな違いは多少背が伸びたなどと言う些細なところではないだろう。
今の『アイアンディーナ』は腰部に取り付けられたアンカーショットもそうだが、臀部より伸びた尻尾、妙に有機的では虫類的な右腕、仕込み杭打機の仕込まれたライトシールド付きの左腕とカラーリングが赤でなければまるで統一性がない姿になっていたのである。
『表面の赤が波紋状になっていて、少し柄っぽくなってるのは竜の血の影響かね?』
『だろうな。魂力による物質生成の安定性が増してるのもその影響だろうよ。あまったドラゴンの腕からも絞り出しといたが、ありゃあ高値で売れるぜ』
ベラの問いにボルドが少し興奮気味に答える。ドラゴンとの戦闘中に判明したことだが、魂力による物質生成を安定させていた原因は『竜の心臓』ではなくドラゴンの血にあったようである。
実際、ヴォルフに与えた死骸以外の、ドラゴンの手足の血でもその効果は見られていた。
『まあ、ドラゴン様の血だ。あたしらで持ってた方が役に立てるさ』
ベラはその血を売るつもりはないようである。そして、ベラとボルドが会話をしているところに、ガレージの外から声が響き渡ってきた。
「ご主人様、こちらも準備はできたぞ」
獣人の声は通信がなくとも響き渡る。それはヴォルフの声だった。
『アイアンディーナ』の水晶眼の視線が声の方角に向けられると、捉えた映像がベラの網膜に投影される。そこには巨大な生き物がいた。正確には生き物の死骸ではあるが、内部に寄生する存在により擬似的に生前のように動いていた。
『ほぉ、動くようになったじゃないか』
ベラの呟きに『ドラゴンゾンビ』が身を震わせて「グルゥ」と反応する。ブラッドスライムがドラゴンの死骸に寄生してすでに四日目。隅々まで届いたブラッドスライムの神経網が今やドラゴンの死骸全体を支配していた。
『それじゃあ帰りは空を飛んでいけるのかい?』
「無茶を言わないでもらおう」
ベラの問いにはヴォルフが抗議の声をあげる。ヴォルフが言うにはドラゴンの……というよりは飛行型巨獣全般に言えることだが、それらは翼の力で浮力を得ているわけではなく、そのほとんどは魔法によってのものだということである。
そしてブラッドスライムには、それを再現することはできなかった。炎を吐くことはできるが、戦場で見たドラゴンの炎には及ばない。それは再生能力にも言えることだ。
結局のところ同等に近い性能は機動性のみで、それも自然魔力の濃い場所に限定される劣化版ドラゴンといったところだった。しかし、『竜の心臓』と呼ばれる水晶球による魔力生成により、自然魔力の薄い地域でも動くことは可能である点は評価ができた。
これからこの『ドラゴンゾンビ』は鉄機兵用輸送車に繋いで馬代わりにする予定なのだから、山を下りる途中で動けないなどとなっては話にならないところであったのだ。
『ふん。まあいい。そしたらそっちの寝ている『ムサシ』の鉄機兵用輸送車とこっちの鉄機兵用輸送車を繋いでおくれ。午後には出るからね。さっさと動きな』
ベラの声に、ボルドたちから返事の声があがる。明日の決戦の前にベラたちは山を去る必要があった。すでにデイドンとも話は付いている。それだけの便宜も図られている。
ベラたちは山を下り、ルーイン側のジリアード山脈の麓にあるババール砦で奴隷となったデュナンと鉄機兵『ザッハナイン』を回収して、そのままこの地域を離れる予定だった。
そして、同時にここで別れることとなる者たちも存在していた。
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「正直言うと、自分らがお役に立てたのかは非常に疑問ではあるんですがね」
ドラゴンゾンビに鉄機兵用輸送車を連結して牽かせながらこの場を離れようとするベラたちに、ゴリアスが苦笑して口を開いた。
「ま、相応だったと思うよ。別に気にする必要はないと思うけどね」
鉄機兵用輸送車の上に乗っているベラの言葉にゴリアスが頭をかく。そのゴリアスの後ろにはジャカン傭兵団の姿もあった。別れの挨拶のためにその場に揃っていた。
ゴリアスたちはベラドンナ傭兵団とは違い、ここに残って最後の戦いに参加する予定なのだ。
ベラドンナ傭兵団と共に去ることも許されていたが、このままベラドンナ傭兵団におんぶに抱っこの状態でただ報酬をもらい続けて終わるのはゴリアスの矜持が許せなかった。
また、現時点においてベラドンナ傭兵団との契約も、ベラたちの今戦争への参加はもうないため早期ではあるが終了となっていた。
「そんじゃあ、あたしらは行くけどね。達者でやりな。つまらないことで死ぬんじゃないよ」
「へい、いずれまた戦場で。つってもあんたらとは絶対に敵としては当たりたくないですけどね」
ゴリアスが笑って答える。その笑みを見て、ベラも笑顔で「また戦場で」……と傭兵同士の交わす別れの言葉を返してからヴォルフに指示をし、ドラゴンを牽かせ始めた。そして二台の鉄機兵用輸送車をドラゴンゾンビが牽いて去っていく。
実のところ巨獣使いが刃鬼牛などをそのようにして輸送車を牽いている光景は時折見られることもあるが、さすがにドラゴンが牽いている姿は圧巻ではあると、その光景を見ながらゴリアスは思った。
「はーー、行ったか」
そして、ベラたちの姿が見えなくなるとゴリアスがホッと肩の力を抜いてそう言った。
「ご苦労様です」
配下のエルフが苦笑して、ゴリアスにそう言う。対してゴリアスも「まったくだ」と笑った。本当にここまで苦労の連続であったのだ。
モルソンの街でベラに雇われてからここまで激戦の連続であった。その中でも自分たちがどれほど役に立ったのかと思うと、ゴリアスの心中にはモヤモヤとしたモノが過ぎる。
恐らく戦争のもっとも中心に近いところにいたはずなのに、ゴリアスは指をくわえて眺めていることしかできなかった……そんな思いに駆られてしまう。そしてその認識は恐らく事実なのだ。
ベラ・ヘイロー。もはや年齢などは関係なく、アレが特別な存在であることはゴリアスにも分かる。
そんなものを前にしてゴリアスは己が戦士としてどれほどの存在なのかを否が応にでも見せられてしまった。見せつけられてしまった。それは、あまりにも苛烈で眩しく、ゴリアスには遠い。
ベラにしてみれば、自分などは通り過ぎた道に偶然いただけの石ころでしかなかったに違いないとゴリアスは思う。彼らの仲間となるには自分は何もかもが足りていないとゴリアスは考えていた。
「まったく、うらやましい連中だ」
舞台に上がれるものと、その他大勢の差をゴリアスは感じている。
「ゴリアス団長」
そんな、いつもと違うゴリアスの姿をエルフの少女が不安げな顔をして尋ねるが、ゴリアスは笑ってその頭に手を置いて撫でた。
「ま、俺らは俺らで頑張るしかねーってことだな。明日ぐらいはキチンと戦ってキチンと活躍してやろうじゃねーか。あんな連中なしでもやれるってことを、俺らの力ってヤツを見せつけてやろうじゃねえか!」
そう言って吠えるゴリアスに団員たちも揃って声を張り上げた。
恐らくは全員がゴリアスと同様のことを思っていたのだ。それを払拭しようと彼らも無性に戦いたくて仕方がなかったのだ。
そうしたゴリアスたちの様子をエルフの少女はほほえみながら見ていた。ラクリアというそのエルフの少女はジャカン傭兵団の団員で、ゴリアス個人の奴隷で愛人でもあった。
ベラという少女にこそ及ばないが、ゴリアスとて並の男ではないことをラクリアは知っている。いつかは大規模傭兵団を率いることすら可能だろうと思っている。惚れた弱みもあるのだろうが、ラクリアの認識もそう間違いでもないはずだった。
そうさせるだけのカリスマが十分にゴリアスはあった。実力も決して低くはない。見た目のゴツさに反して頭だって回る方だ。そうでなければ傭兵団の団長など出来はしない。
だから、いずれは一角の人物として台頭してくれるだろうと信じている。その横に自分がいるだろうこともまた、彼女は信じていた。
しかし、ラクリアは知らない。
英雄、あるいは人の上に立つ者には必要な条件がひとつあるのだ。
それは、運命を正しく選択できるか否か。
ゴリアスは失敗をしていた。ゴリアスは留まってしまった。ゴリアスはベラから離れてしまった。
そこで彼らの運命は途切れてしまったのだ。
そのことを彼らは明日、現実の中で知ることとなる。
そこにある明確な死を。圧倒的な絶望を。
ラクリアはハッとなって空を見上げた。
「どうした?」
「え、いえ。なんでもないですよ団長」
心配そうに見たゴリアスにラクリアは笑って返した。
そしてラクリアは首を傾げた。恐らくは気のせいだったのだろう。仮にそうだったとしても、聞こえてくるのはパロマではなく、ベラたちの去ったルーイン王国領からのはずなのだから。
だからラクリアは自分の幻聴に苦笑した。馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばした。
そんなはずはないのだ。
ドラゴンの遠吠えがパロマの地から聞こえた気がしたなどと……
次回更新は7月21日(月)0:00予定。
次回予告:『第59話 幼女、未だ絶望を知らず(仮)』
ベラちゃんたちは仲良く山を下りていきます。
だから、幼女は知りません。
お友達になった彼らの残酷な運命など、幼女には分かりませんでした。




