第49話 幼女、巨人と遊ぶ
『ぐぁっ』
鉄機兵『ムサシ』が石畳の上を転げて壁へと激突し乗っているバルがうめき声を上げた。そのあまりにも突然のアタックに反応こそ遅れたが、バルは自分を蹴ったのがベラだとすぐに理解できた。そしてそうした意図も。
(クッ……)
壁に寄りかかるように倒れている『ムサシ』の水晶眼から送られる映像がバルの網膜に投影されている。そこに映っていたのは無惨に破壊された、さきほどまでバルが立っていた石畳だった。また、そこには大剣を地面に突き立てている4メートルの鉄の装甲を纏った巨人が立っていた。
『鉄機兵? いや、違う。これはっ』
バルは巨人の頭部を見る。頭部を覆う兜の中には顔があった。赤い瞳が輝いていた。裂けるほどに吊り上がった口からうなり声が響いていた。
(巨人族か? しかし、でかい!?)
それが巨人族に手を加えて造り出された人造の巨獣であることを当然バルは知らない。しかし、その異常に魔力を満ち溢れさせている姿には戦慄せざるを得なかった。
(主様が弾いてくれなければ……)
地面に叩きつけられている巨大な剣を見てバルは理解している。ベラの蹴りがなければ、自分は確実に死んでいたと。
しかし、バルもそのことに動揺し続けているわけにもいかなかった。なぜならば巨人に続いて巨獣ヴィルガンテウルフ達までもが屋根の上から次々と飛び込んできたのである。
『ウォォオオッ!?』
バルはとっさに鉄機兵『ムサシ』を立ち上がらせて、飛びかかってきたヴィルガンテウルフの牙を左腕で受ける。そして、そのまま刀で狼の首を切り落とした。
『チッ、腕が』
未だ首だけとなった狼に噛みつかれたままの状態になった左腕を見てバルが舌打ちをする。牙が腕を貫通し銀霧蒸気を噴出させているのだ。まだ動かせこそするが、今まで通りの動作が出来るとは到底思えなかった。
『バルッ、下がりなッ』
続くベラの指示にバルが苦い顔をするが、しかしバルも状況を読めないほど程度の低い戦士ではなかった。今の状況で複数のヴィルガンテウルフに囲まれて単独で対処できるような自信はバルにはない。
『了解した主殿』
悔しさに顔を歪めながらバルが刀を振りかざして牽制しながら後退していく。後ろにはボルドやジャダン、それにジャカン傭兵団が追ってきている。
バルは現状の自身の程度を理解している。故にそのまま下がりながらゴリアスたちと合流し、ヴィルガンテウルフとの戦いを開始したのだ。
**********
(あんのバカ。まーた、機体を壊したかい)
鉄機兵『ムサシ』の破損した左腕を見てから、ベラはウォーハンマーを握って、巨人兵に視線を移した。
大剣を振るう鉄機兵と同サイズの人型の、恐らくは巨獣の類である。どうやら後から来たヴィルガンテウルフは、ベラとバルたちを分断するように動いているようで、ベラの方には向かって来ないようだった。
『巨獣使いかい。その殺気、覚えがあるよ。あのときにいたヤツだね』
鉄機兵『アイアンディーナ』から声が響く。ベラは目の前の巨人『狂戦士』を操っているのが、道中に襲撃してきた巨獣使いの中にいた本命だと看破していた。
『濃密な獣の臭いだ。獣人のガーメはさぞかし立派なもんなんだろうね』
ヒャッヒャとベラが笑いながら舌舐めずりをする。そして、距離を取り様子を見ている『狂戦士』へと不意にウォーハンマーを放り投げた。
「グォッ!?」
それには『狂戦士』が驚きの声を上げ、咄嗟に大剣でウォーハンマーを弾く。しかし、同時にベラの『アイアンディーナ』は走っていた。そのまま懐に飛び込みながら、腰のショートソードを抜いて突き立てる。
『殺ったよッ!』
まるで吸い込まれるように鎧の隙間に刃先が刺さり、一気に内部の肉へと到達する。
『中は巨獣と同じ肉の感触。どういう化け物なのかね、こいつは』
そう言いながらもショートソードをさらに突き刺すベラの『アイアンディーナ』を『狂戦士』が左腕で振り払う。
『ヒャッ、威勢がいいね』
ベラは『狂戦士』の攻撃をライトシールドで受け止めながらその勢いに任せて後ろへと飛んだ。合わせてショートソードが抜かれて赤黒い血がその場に飛び散る。
(流れるのは赤い血かい。やっぱり鉄機兵に巨人の首だけ乗せたってぇわけじゃないみたいだね)
そんなことを考えてながら、ベラは弾き飛ばされた『アイアンディーナ』を見事に着地させて、そのまま建物に背を預けて激突させ衝撃を吸収させた。
『むっ!?』
そこに先ほどベラが投げたウォーハンマーが飛んでくる。
(トンだ馬鹿力だねッ)
そのウォーハンマーをベラは鉄機兵の足裏で受け止める。防御に使われることは少ないが足裏は鉄機兵のもっとも硬い部位の一つでもある。そこにウォーハンマーがぶつかり、火花が散った。
『危ないねえ』
ウォーハンマーのピック部分が突き刺さっていたら破損くらいはしていたはずだが、幸いなことに足裏に当たったのはハンマー部分。衝撃こそあったが『アイアンディーナ』の動作には問題はないようである。
そして、ウォーハンマーが地面へと投げ出されて転がっていき、ベラの『アイアンディーナ』もクッション代わりにした建物を崩しながら立ち上がって前へと進んでいく。
全身からは魂力の輝きが漏れている。ここまでに破壊してきた鉄機兵から吸収した魂力が『アイアンディーナ』の許容量をオーバーしているが故に起きている現象である。
またそれは見た目に反して通常時との性能にはそれほど差違はないが、その状況に至っていること事態が周囲に与える心理的影響は大きいとされている。
「ウゥォオオオオオッ!!」
もっとも、そんなものは自分には何ら関係がないとばかりに『狂戦士』は走り出してベラへと向かっていく。
『ヒャッ!』
対してベラは転げているウォーハンマーを蹴り上げて掴むと、『狂戦士』へと振り下ろす。
そして、激突による火花が散った。その様子を逃げ遅れていたパロマの兵たちは息を飲んで見守っていた。それはまるで暴風のような光景だった。
鉄機兵であれば、途中でフレームが劣化し千切れてしまいそうなほどに大剣を振り回す『狂戦士』と、それを小刻みに足を動かしながら絶妙な形でウォーハンマーを振るって受け流す鉄機兵『アイアンディーナ』の死闘がそこにあった。
金属と金属がぶつかり合って火花が散り、周囲の建物や石畳が巻き込まれて破壊されていく。
そんな光景を前に彼らは絶句するしかなかった。
目の前の巨人は鉄機兵と同じ大きさであるにも関わらず、人間同様な機敏な動きをしている。さらにはそんな化け物を、動きが不自由で視界も限られている鉄機兵で抗せている乗り手の異常さが、兵たちの心を恐怖に染め上げていた。
もっとも、そんな戦いが永遠に続くということはあり得ない。そして均衡の状態であるように見えて、その戦いは実のところ一方的なものであった。
『狂戦士』の肉体性能に鉄機兵の機体性能は追いついてはいない。巨人の機敏さに鉄機兵は勝てない。しかし、そうであるにも関わらず損傷していたのは『狂戦士』の方であった。紙一重の差で『アイアンディーナ』は攻撃をよけ切り、僅かずつではあるが『狂戦士』は傷つき続けた。そして機が訪れた。
「グォオオッ!」
『ハッ、来なよ』
『アイアンディーナ』は『狂戦士』が振り下ろす大剣を避けながら、そこにウォーハンマーを叩きつけて地面へと突き刺させる。それにより『狂戦士』は大剣が抜けずに動きを止めた。
『殺ったよ』
ベラは『アイアンディーナ』にショートソードを抜かせて『狂戦士』の兜の中にある頭部の、その首へと一気に刃を突き入れたのだ。
「グッォオオッ!!!??」
そのまま『アイアンディーナ』は力のままにショートソードを横に薙いだ。切り裂かれた巨人の首が宙を舞う。
そして……
次の瞬間にはベラの『アイアンディーナ』が吹き飛ばされていた。
次回更新は6月19日(木)0:00予定。
次回予告:『第50話 幼女、トドメを刺す』
大きなお友達の猛烈なアタックにはベラちゃんも
タジタジですが、まだ負けたわけではありません。
あと、大きなお姉さんもベラちゃんを狙ってます。
モテモテですね、頑張れベラちゃん。




