第04話 幼女、熊を狩る
どのような世界であっても格差というものは存在し、物事というものにはピンからキリまでがある。そして、それは傭兵の仕事に対しても当然のことのように存在している。
例えば、名もない傭兵が戦場にいって手に入る金額は月に20万ゴルディン程度と言われている。命を賭けるには安い仕事だが、その身一つで稼げる職業などそう多いわけでもなく、荒くれ者が迎え入れられる職場など限られているのが現実だ。
これが傭兵団に入るとなると手に入る金額はその半分程度に落ちてしまうわけだが、共同体としての利点は高く、よほど実力が抜きんでているわけでもなければ傭兵団に入った方が生き残りやすいのも事実である。それに抜きんでた実力があるのであれば傭兵団を率いる側に回ることも可能ではあるのだ。
また戦働きによっては金額がさらにプラスされるのは当然のことだが、一攫千金を夢見つつもまずは生きるために働いているというのが傭兵の実態であり、基本的には堅実に稼ごうと考える者が大半である。
それが結果として戦場を分別の付いた戦いへと変えていて、死者数は考えられているよりも実はかなり少ない。しかし、これが鉄機兵乗り周辺ともなるとその実態はガラリと変わる。
現状の相場では、名のない鉄機兵乗りでも月に200万ゴルディンは支払われている。二つ名持ちになるほどの実力があるならば交渉次第でさらに跳ね上がることになる。
ただし、鉄機兵は無名でも一体仕留めれば400万ゴルディンの報償金がでるのだ。それに鉄機兵を無傷で手に入れればさらに1000万ゴルディンはくだらず、鉄機兵乗りというものは羨望の対象であると同時に一攫千金のための的でもあった。
そして当然のことだが、鉄機兵は鉄機兵で倒すのが常道だ。故に彼らは積極的に戦場に出るし、同時に名も上がり、他者にとっての美味しい餌ともなりうる。戦場の華と呼ばれる由縁である。
そうした実状の中でベラが受け取った890万ゴルディンという金額の大部分は、鉄機兵乗り3人分で占められていた。盗賊に身を費やしている程度の相手であるために金額こそは少ないものの、並の傭兵の数年分を一気に稼いだというわけだ。
その大金を手にした少女ベラは今、山脈の奥地にいた。
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『ヒャッ!』
慎ましく暮らそうと思えば、人生の半分は暮らせる金を持ちながらベラは鉄機兵『アイアンディーナ』を駆って岩山を走っていた。
それを追うのは5メートルはあろうかという巨大な3頭の熊である。それは巨獣と呼ばれるイシュタリア大陸で極めて危険視される野生の獣。その中でも暴熊種のビグロベアと呼ばれる存在がベラの駆る鉄機兵を追ってきているモノの正体であった。
(バラケてきたねえ)
ベラは首裏の感応石から伝わる鉄機兵頭部の水晶眼の映像を視界に投影しながら、左のフットペダルを一気に踏み切る。
そして3メートルを超える巨人が瞬時に傾き、地面の雪と土塊をまき散らしながらその場でターンした。腰から足回りに負荷がかかり銀霧蒸気がパイプから勢いよく噴き上がるがその姿勢は崩れない。
ベラは、盗賊団の二体の鉄機兵を破壊して得た魂力はすべて『アイアンディーナ』の腰の強化に当てていた。その影響もあり、腰回りのダンパーが衝撃を吸収し、以前よりも硬く太くなった脚部フレームが吸収しきれなかった衝撃に耐える。
『はっ、ぶっ飛べぇええ!!』
そして遠心力によって勢いよく弧を描いたウォーハンマーの先が『アイアンディーナ』に近付いてきていたビグロベアの頭部にぶち当たると、そのまま頭半分が砕けて中身が宙にブチまけられた。
『ヒャハッ!』
ベラもそれには手応えを感じて笑みを浮かべる。しかし仕留めはしたが、思いっきりスイングした『アイアンディーナ』もまた勢いを付けすぎたことで姿勢が崩れていた。
『根性見せなディーナッ!!』
もっともそれもベラには折り込み済みのこと。左右のフットペダルを器用に踏んで、転ばぬように姿勢を維持しながら、そのままこちらに向かう巨大熊の死骸の腹に飛び込んで衝撃を抑えた。しかし、ベラの狙いは自らの鉄機兵の動きを止めることだけではない。ベラはその体勢のままフットペダルを強く踏み込んで、横に避けながら、ビグロベアの死骸をその場に転がした。
そして後ろにいる残りのビグロベアの一体が『アイアンディーナ』に押し倒されて崩れ落ちたビグロベアの死骸と接触する。
『ガァアッ』
ここまでに『アイアンディーナ』に追いつこうと全力疾走だった巨大熊は、その激突により大地に転げた。それを横目にしながらベラは迫ってくる最後の一体に目を向ける。
『ガキかいッ!』
その、最後に追ってきた、恐らくは子供のビグロベアにベラは視線を向けて笑った。
『はっ、ビビってるじゃあないのさ!』
そうベラは口にして、明らかに動きが鈍ったソレに対して鉄機兵『アイアンディーナ』を一気に加速させた。恐怖にかられたビグロベアはその動きに対処できず、その心臓部にウォーハンマーの鋭いピック部分が突き刺されたのであった。
そして、山脈に巨大熊の叫び声が響き渡る。
その一撃は確実に致命傷であった。しかし、いくら急所を貫いたからといっても、巨獣がいきなり止まるわけではない。ベラは最後の力を振り絞って暴れるビグロベアの子供を力任せに引き離して、大地に叩きつけた。
血の泡を吐いて、尚も転げるビグロベアの子供に背を向け、ベラは最後の一体に目を向ける。
『怒ってるのかい? ま、そりゃ怒るわな』
ベラはそんな言葉を口にしながら、ウォーハンマーを振って血を払い、鉄機兵『アイアンディーナ』の姿勢を最後の標的に向けて、舌なめずりをした。
対する目の前のビグロベアは怒り心頭のようだ。
それはそうだろう。目の前の鉄の巨人はいきなり自分たちのテリトリーにやってきて襲いかかってきたのだ。彼らは人里を襲ったことなどない。人を襲うほどに近いところにいるわけでもなかった。ただ理不尽に襲われ、今こうして家族を奪われた。だがそれは弱肉強食の自然の中では、当たり前のことでもある。
最初に頭を壊したのは父親だった。心臓を貫いたのは子供だろう。そして目の前にいるのは母親なのだろうとベラは理解している。通常の熊という生き物は父親は子育てには関わらないものだが、ビグロベアは両親で子を育てる珍しい種である。それだけに情も深い。
だがベラの眼には同情も哀れみも浮かばない。殺意をむき出しにした視線を光らせ、そのまま鉄機兵『アイアンディーナ』を走らせて、最後の獲物へと駆けていったのだ。
そして二週間後、ビグロベアの毛皮を10枚以上抱えた『アイアンディーナ』の姿がルーイン王国、北の地の戦奴都市コロセスで目撃されることとなる。
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戦奴都市コロセス。国境に近いこともあり、幾度となく所属する国を変えて存在し続けている都市だが、誕生してからすでに七百年という歴史を持っている。
ここ二百年はルーイン王国内にあって、二十年前までは三国の交易の中心としてあった。しかし、今ではルーイン王国とパロマ王国の領土戦争により第三国であるビアーマ共和国とルーイン王国の二国間だけの交易となり、その商品も武器や傭兵に集中し、そしてもっとも売れているものは戦奴隷であった。
さらにはもう街内部だけでは収まりが付かず、現在では街の外にも人が集まって蚤の市が開かれている。また一般的に鉄機兵は街内に入ることを禁止されているため、鉄機兵向けの兵装や素材の買い取りなどもこうした場所での取り扱いとなっているようだった。
「なるほど。これは良いモノですね」
そのコロセスの街の外で、商人コーザ・ベンマークは感嘆の声を発しながらも出された巨大な毛皮を見ていた。
「一枚だけ随分とすれてますが、ああ、これに乗せて運んできたんですか。勿体ないなぁ」
そこは蚤の市の中でも一等地。大手であるベンマーク商会が商っている場所だ。そしてそこには何体もの鉄機兵と共にベラの愛機『アイアンディーナ』も立っていて、その足下にはビグロベアの毛皮や、骨、薫製肉や獣油などが並んでいた。
「手頃なのがなかったんでね。ドタマぶっ潰したヤツだし、そいつは安くても構わないよ」
「構わないって、まあ、十分使えるんですけどね」
そして『アイアンディーナ』の前に立つ少女らしからぬ少女の言葉に戸惑いながらも、コーザはそう返答する。
巨獣の皮である。表面の毛こそ擦れているが、その皮は並の鉄の鎧よりも硬く、装飾性を優先させるような騎士団でもなければどこに出しても重宝される素材だ。
「しかし全部で12体分ですか」
そしてコーザが驚いた要因のひとつに持ち込まれた毛皮の枚数があった。
「元々は1~2体程度の予定だったんだけどね。血の臭いに引っ張られたのかワラワラ集まってきてねえ」
その言葉にコーザはひきつった笑いになる。それは鉄機兵の小隊でも全滅するであろう状況だろう……と。
実際鉄機兵乗りも里に下りてきた賞金付きのハグレ巨獣でもなければ、積極的には巨獣狩りを行うことは少ない。ベラのように山奥の巨獣のテリトリー内に入ると、複数の巨獣に囲まれるケースも多く、そうなると鉄機兵といえど小隊クラスであっても対応が困難となるだからだ。
「なるほど。随分と無理をなさったものだ。その若い機体で」
コーザはベラの後ろに立っている3メートルほどの鉄の巨人を見てそうぼやく。恐らく倒したビグロベアの魂力を使って修復はしたのだろうが全身にいくつもの傷跡がまだ残っている。それでも重心もブレず、まともに動けているようなのだから、実際には致命的な傷は負ってないのだろう。
「相当な腕前ですな」
コーザは目の前の少女に畏怖を覚えつつもそう口にする。
「お世辞はいいよ」
ベラは笑ってコーザに言葉を返すが、世辞ではない。
コーザは鉄機兵から少女が出てきたときには冗談かと思った。別の操縦している人間も中にいるのではと考えたが、彼女以外に出てきたものはいなかった。そして実際に手渡された換金目的の巨獣の素材を見て、一人での仕事ではないだろうとも考えた。
しかし、長く鉄機兵乗りを相手に商売をしているコーザには、鉄機兵の状態を見れば、大体なにをしてきたかは想像が付いて、そしてその想像はベラの言う内容と一致していたのである。
見た目は西のラーサ族を思わせるブロンドのフンワリした髪に褐色の肌の、まだ愛らしいといって良い少女ではあるが、だが中身はマトモなものではないだろうと、今のコーザは把握していた。
「他の部分もなかなか丁寧な仕事ですね」
「山を降りたところの村で一週間ほどかけてね。肉をくれてやるといったら喜んでやってくれたよ」
「今年はどこも不作でしたからねえ。まあ命が掛かってますから、彼らも真面目にやったのでしょう」
商人の言葉にベラも「まあねえ」と頷く。ベラもそれが理由で奴隷商に売られた口であった。
(あたしもここで売られる予定だったんだね)
このコロセスという街の名にはベラにも覚えがあった。ベラを買った奴隷商が、この街でベラに奴隷契約を結ばせると口にしていたのである。
(一応、手は打っておくかね)
ベラは一人頷くが、目の前のコーザは気付かない。
そしてベラは物珍しげに周囲を観察する。この蚤の市は街の外であるために鉄機兵がそこら中に歩いており、移動するたびに土煙をあげているようだった。そしてこのベンマーク商会の市でも何体かの鉄機兵がいて、ベラの持ってきた毛皮やそのほかの品の鑑定のために、動いていた。
(おや?)
その中で二メートル半ほどの緑色の機体が動いているのをベラは見かけた。
「精霊機かい」
ベラの言葉にコーザは頷く。
「ええ、エルフの風精機です。荷運びには重宝しますので雇い入れてますが、なかなかよく働きます」
風精機は精霊機のひとつで、エルフの召喚術で呼び出す機体だ。全長は2~3メートルほどの鉄の巨人で特殊能力を持っているのだが、基礎能力面で鉄機兵に劣るため、戦場では二線級の鉄機兵という印象が強い。種族の固有能力であり、召喚によって呼び出されるために鉄機兵のように収容スペースに困ることも、奪われる心配もなく、戦いに出ずにこうして雑務を行う者も多いようである。
もっともエルフやドワーフ、ドラゴニュート、マーマンなどの精霊機使いの亜人種族自体がこの地方では珍しいため、見かけることはあまりないのだが。
そして、ベラは風精機を興味深そうに見つつも、コーザと世間話に興じている。田舎者のベラとしてはコーザの話はなかなかに興味深いものばかりであった。
そうして、持ち込みから約2時間ほどで鑑定結果が出たのであった。