第48話 幼女、再び遭遇する
パロマの物見塔で敵を視察している兵士長マクスは恐れおののいていた。
「なんだ、あれは?」
マクスは見ていた。街の壁が破壊されてからの一部始終を。
爆発の煙の中から飛び出してきた鉄機兵と精霊機が待機していた傭兵団を殺しつくしてその場を制圧し、続けてやってきた騎士団をも圧倒した。
それも、そのほとんどをたった二機の赤と黒の鉄機兵で行っていたのである。鉄機兵と精霊機は他にもいたが、二機の鉄機兵の戦いは明らかに際だって異常だった。
(いや、異常なのは赤か。黒いのはまだ、騎士団長の域を出ない……な)
ゴクリとマクスは唾を飲み込む。大きく強そうなのは黒い騎士型だったが破壊する数は赤い鉄機兵の方が多い。とはいえ黒だけでも十分に驚異でもあるのだが。
「チッ、ダメだ。ボイゾン騎士団は壊滅。ジッツァーとデゲルの団も合流したが、対応できてねえ」
『現状の戦力で維持しろとのことですが』
待機している広域通信型の風精機が言葉を返す。それにマクスが怒鳴り声で返す。
「言ってんだろ。正門どころじゃねえ。壁が撤去されてルーインが次々と入って来やがる。中から食いつぶされるぞ。テメェの大将に伝えろ。赤いヤツだ。例のヤツらしいのがいるってな」
マクスの言葉には風精機の中のエルフも若干の動揺を見せた。赤い鉄機兵の話はパロマの中でも強く浸透しつつあったのだ。
『了解しました。至急援護要請を』
「早くしろ。マズいぞ。ありゃあ、侵攻速度が異常だ」
広域通信型のエルフが通信をかけ始めるがその間にも敵は次々と進んでいく。
「畜生っ、デゲルが殺された。赤と黒の鉄機兵は正門じゃなく東門へと侵攻中だ。鉄機兵なしに兵を出すなとも伝えろ。赤いのが恐ろしく手慣れてやがる。あれが大戦帰りってのはマジモンだな。爆破型をえらく上手く使いやがる」
敵の侵攻方向から爆発音がひっきりなしに響く。恐らくはそのたびにマクスの同胞が何人も何人も殺されているはずだった。
マクスは状況をひっきりなしに叫んで下にいる兵たちに伝え、伝令兵も次々と連絡を届けに出て行き、広域通信型の風精機もさらに上の部隊へと連絡をとり続ける。ここはここでまたひとつの戦場であった。
『コージン将軍より、赤牙族を寄越すとのことです』
その言葉にはマクスもようやく顔に安堵の笑みを浮かんだが、またすぐに苦い顔に戻る。
「あの獣どもか。早くしろと伝えてくれ。そのために飼ってるんだろうが。畜生。あれがホントに鉄機兵か。あんな化け物が同じものなのか」
マクスは吠えたてる。興奮せざるを得なかった。
マクスの目にはその光景はあまりにも異常に映った。一体何をどうすればあんな簡単に鉄機兵を破壊できるのか。何百、何千と殺し尽くせばああなれるのか。全く分からない。
よく見れば赤い鉄機兵は魂力が溢れて発光すらしている。滅多には見れない光景だが、戦場で殺しすぎた鉄機兵は吸収しきれずに魂力を漏らすこともあるという。
「殺される。殺されてしまう。何もかもが。あの赤い化け物が全部奪っちまうぞ」
焦りと恐怖がマクスの顔を強ばらせる。しかし、そのマクスのいる見張り塔の横を巨大な影が通った。
「お、ぉぉおお」
マクスが叫ぶ。その目に映ったのは多数のヴィルガンテウルフと、共に併走する人型の化け物だった。それを見ながら、ひきつらせた顔でマクスは叫ぶ。
「はっ、化け物は化け物同士殺りやがれ。連絡しろ。あの赤い鉄機兵には兵を近付けるな。化け物同士の殺し合いに巻き込まれるぞッ」
**********
『化け物同士とはな。こんなに可愛らしいのにな』
屋根から屋根を飛び交う巨獣の一体から声が響いた。
『ヴィルガンテはともかく、ヴォルフ様のそれは化け物そのものだと思いますが』
『お前たちもいずれは分かるようになるだろうさ』
ヴォルフの言葉に、ヴィルガンテウルフが牙をむいて笑う。
『それよりもまた醜態は見せるような真似はするなよヴェロルガ』
『はいっ』
そう答えるヴェロルガの声は少し震えていた。
前回の戦闘で死亡したヴィルガンテウルフの中に憑依していたヴェロルガは精神に大きな傷を受けていた。それは普通は一日二日で癒えるものではないし、ましてや今はまだ戦いから半日程度しか経っていない。
故に怯えるヴェロルガの状態を軟弱とはヴォルフは思わない。先の戦いで戦闘不能になった巨獣に憑依していた同族の中で今回戦闘参加出来るのは彼だけなのだ。それだけの素養がある男だった。
『赤いのは俺が殺る。お前等は手を出すなよ』
ヴォルフはそう言って己の巨獣を走らせる。
本来それは巨獣と呼ばれるものではない。4メートルの人型の化け物だ。多量の自然魔力を喰らう人造の巨獣。それ故に低濃度の魔力しかない山の途中での戦いでは使えなかったが、ここでならば使用可能なのだ。
『俺とコイツでアレを仕留めるッ』
「グォォオオオオオオオオオオオ」
叫び声があがる。
ヴォルフが憑依している巨獣の名は『狂戦士』。
無数の呪針が脳に打ち込まれ精神を破壊され改造された巨人族の成れの果て。鉄機兵の装甲で身を固め、肥大化した肉体で力を振るう真性の怪物。
鉄機兵と同等のサイズでありながら鉄機兵を凌ぐ機動性を誇る巨獣使いの切り札の一つが屋根を飛び越え、戦火の中へと飛び込んでいく。
『見つけたぞッ、次こそは仕留めさせてもらおう赤い鉄機兵ッ!』
そして、ヴォルフは獲物を発見した。ベラ・ヘイローの乗る赤い鉄機兵『アイアンディーナ』を『狂戦士』の瞳が捉えていた。
**********
『なんだいっ?』
ベラが周囲を見回す。敵が退き始めている。壁を越えて東門へと突き進んでいくベラを抑えていた鉄機兵の部隊が下がっていく。
「グォォオオオオオオオオオオオ」
そこにどこからかの叫び声が響き渡る。
『主様。今の声は?』
バルから通信が入る。明らかに異常な声だった。人間ではなく、かといって巨獣のようでもない。
『マズいね。何か来るよッ』
ベラは眉をひそめて上を見た。何かに気付いたわけではない。敢えて言うならば殺気を読んだ……というところだろうか。そして、それは来たのだ。
『鉄機兵?』
唐突に屋根の上から飛び降りてくる巨大な人型の存在に思わずバルが叫ぶが、ベラは『チィッ』と舌打ちをしてバルを蹴り飛ばした。
『ぐあっ!?』
転げるバルの叫びと同時に破壊音が響き渡る。ただの鉄塊のような巨大な剣がつい今し方バルの鉄機兵『ムサシ』の乗っていた石畳を破壊し、大地を抉っていた。それは、ベラが『ムサシ』を蹴らなければ確実に仕留められていただろう一撃だった。
(こいつはッ、鉄機兵じゃない?)
ベラは瞬時に悟る。鉄機兵ではない生物の動きを感じ、それが巨獣かそれに類するものだと理解する。
「グォウッ」
『ハッ、あたしを殺りたいかいっ!』
ベラの前にいるのは鉄機兵の装甲を着た巨人族よりも巨大な人型の化け物だった。ベラは知らぬが『狂戦士』と呼ばれる人造巨獣が殺気を込めて『アイアンディーナ』を見て、振り下ろした大剣を持ち上げて振るう。
『あたしを組み伏せられたなら、そのデッカそうなガーメの首で貫いてもいいけどね。けど』
巨人の攻撃をベラはウォーハンマーで受け止める。その激突により火花が散った。
『でもね。あたしはさ。アンタはあたしに食われて昇天しちまうと思うんだけど……どうかね?』
そう言ってベラはニタリと笑う。目の前にいるのは鉄機兵の鎧を着た巨人だ。それをベラは面白いと考え、血がたぎっていた。
次回更新は6月16日(月)0:00予定。
次回予告:『第49話 幼女、巨人と遊ぶ』
なんと大きなお友達がベラちゃんに猛烈にアタック。
初めての体験にベラちゃんもドキドキです。
幼女にアタックする大きなお友達の思いはベラちゃんに
ちゃんと伝わるのでしょうか。




