第43話 幼女、狼と戯れる
ジリアード山脈内にある森の中、小走りで動く三機の鉄機兵と追従する傭兵たちがいた。
ウルグスカ傭兵団と呼ばれている傭兵の集まりは、現時点で相当に追い詰められていると言って良かった。
パロマの間諜から得た金額はでかかった。仕事もただ敗走を誘導するだけ。端から負けを前提とした場合にだけ行えばよいと言われていた。故に罪悪感も少なかった。
しかし、今や状況は変わっていた。結局パロマの奇襲は失敗に終わり、ウルグスカ傭兵団は交わした契約を盾にパロマから脅され、こうして仲間を討つしかない状況となっていた。
何故こうなったのか。どうしてこうするしかないのか。
ウルグスカ傭兵団の団長ヴォジャーカは考える。しかし、答えは出てこない。最初に金を受け取ったのが悪かった。それは確かだが、もうどうにもならないところにまで彼らは来てしまっていた。
(やるしかねえんだよ。デイドンに知れたらまず間違いなく殺される)
ヴォジャーカはデイドン・ロブナールという男を知っている。
あの冷徹な男はヴォジャーカがパロマと通じていると知れば即座に殺しに来るだろう。あの男には貴族も庶民も奴隷も関係がない。決してヴォジャーカを許すことはない。
かといって逃げ出せばお尋ね者間違いなしだ。パロマにも当然行くことは出来ない。傭兵団を率いている身では、他の国に届く前に捕らわれてしまうだろう。
だからヴォジャーカはパロマからの依頼を再度受けたのだ。パロマの依頼を受けて、このままベラドンナ傭兵団を潰しパロマに逃げる予定だった。
『団長、指示がきました。こちらの戦闘に合わせて援護を行うとのことです』
ヴォジャーカに鉄機兵乗りの団員から通信が届いた。
『分かった。総員、構えろ。いよいよやるぞ!』
上空を鳥が飛んでいた。ヴォジャーカはあれがこちらに連絡をよこしているものだと知っている。同時に監視も兼ねた魔獣の類とも聞いてる。
『団長、大丈夫なんですか? あのベラって女はたった一機で騎士団を二つ潰したって聞きましたぜ』
別の団員から通信が入る。その声は不安に満ちていたが、ヴォジャーカはその話に関しては心配はしていなかった。
『そいつは眉唾だぜジョッシュ。ベラドンナ傭兵団ってのは、あの大貴族様の跡取りのジョン・モーディアスお抱えの連中らしいからな。つまりは潰された騎士団代わりの武功稼ぎのために用意された連中だ。お飾りなんだよ』
ヴォジャーカはそう口にした。その言葉に団員たちの安堵の声が漏れる。またヴォジャーカ自身も己の言葉が正しいと信じていた。それは、そんな噂話で信じられないほどにベラの武功が大きかったということでもあった。
『なーに、ジャカン傭兵団さえ抑えちまえば平気さ。ゴリアスの実力は俺も知ってる。大丈夫だ。俺たちならやれるさ』
内心の不安を押し込めてヴォジャーカは笑い、己の鉄機兵を進ませる。それを見てウルグスカ傭兵団も進撃しだした。
『いけっ野郎ども。あの馬鹿どもを殺し尽くせ!!』
ヴォジャーカの叫びと共に、戦士たちが走り、森を越えていく。進んだ先にあるのはジャカン傭兵団だ。まずはお飾りではない『主力』であろう戦力を削ごうとヴォジャーカは考えたのだ。
しかし、彼らが進んだ先で突然爆発が起きた。
『な!?』
ヴォジャーカは目を丸くして、その光景を見る。
(爆発? まさか爆破型か?)
ヴォジャーカもその攻撃は知っている。特殊なタイプの火精機が放つ爆破型魔術である。
(だが、なんでこうも次々と。というよりも止まらない? 何故だ!?)
爆破が止まらない。次々と仲間たちが殺されていく。
『何が起きてる!?』
ヴォジャーカの口から思わず悲鳴があがった。奇襲が完全に読まれていたようだった。仲間たちがなすすべもなく次々と殺されていく。
(なんで自然魔力の薄いここで精霊機の魔術があんなに出てくるんだ?)
ヴォジャーカは呻いた。
精霊機は操者の座で操作する鉄機兵とは違い、手足の延長線上のように操作して動かすものだ。サイズは小さく、自然魔力の消費量も少なく、自然魔力の薄い地域でも問題なく動かすことが出来る。
しかし、目の前のように連続で魔術の行使を行うには大量の自然魔力の消費が必須で、この地域で連続で行使できるような余裕はないはずだった。
『ヒヒヒヒヒヒッ』
しかし、現実として仲間が爆殺されている。奇っ怪な笑い声がその場で響き渡っている。
『テメェ等、裏切りやがったかぁああ!!』
そんな中で、ゴリアスの声が響き、仲間の鉄機兵も打ち倒されている。
まるで勝負になっていない。まったく以て話にならないほどに、ヴォジャーカは己の傭兵団が次々と打ち倒されていく様を目撃していた。
『なんなんだよ、チクショウ。こいつは、この傭兵団は俺が十年かけて手塩に育てた団だぞ。なんで殺す。止めろ、止めやがれッ!』
ヴォジャーカは叫んでいた。この状況はあまりにも『ない』。確かに自分が蒔いた種なのはヴォジャーカは分かっている。しかし、ここまで理不尽に、まるでなんの意味もなく殺されるような真似を自分たちがしたのかと、ヴォジャーカは心の底から叫んだ。それはあまりにも救いがないと慟哭した。
『止まるわけがないだろう』
そのヴォジャーカに、死神が訪れた。
『ヒッ!?』
ヴォジャーカの目の前には黒い騎士型鉄機兵がいた。ヴォジャーカの鉄機兵が乗り手の恐怖に反応してビクッと揺れた。
『何を怯えているのだ。お前にだって分かっていたはずだろうに……』
黒い鉄機兵から声が響いた。
『これが私たちの戦場だとな』
強い。ヴォジャーカには一目見てそれが理解できた。逃げ出すことも出来ない。目の前の鉄機兵はそんな隙を見逃さない。だったら挑むしかなかった。
『う、うぁああああああッ』
そして、叫んで飛びかかったヴォジャーカの肉体が巨大な刃に貫かれる。真っ二つと言うよりは、そのキョダイな鉄の質量にヴォジャーカの肉体は飛散した。当然、生きてなどいるはずもなかった。
『遊びにもならんか』
黒い鉄機兵の乗り手バルは目の前で崩れ落ちる鉄機兵を見ながら、そう呟いた。抜いた刀にはどす黒い血がこびりついている。
バルはそれを振るって落とし、次の獲物へと標的を変えていく。ヴォジャーカという男のことなど、もう僅かにでもバルの頭の中には残っていなかった。
刀に染みた血の跡だけが、男に許された生きていた証となっていた。
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『ご主人様、大体終わったぜ』
ボルドからの通信にベラが笑いもせずに『そうかい』と返した。
『どうする? そっちに加勢に行くかい?』
森と道の境目でのウルグスカ傭兵団の掃討はどうやら簡単に片が付きそうだった。所詮は気概のない蝙蝠たちだ。そんなものだろうとしかベラも感想がない。
『いんや。そっちはそこで身構えときな。小さいのはアンタらに向かうからね。ジャカンの連中を喰わせないように気を付けるんだよ』
そう指示を出すベラの目の前にはもう『敵』が迫ってた。その姿を見てベラの口元がつり上がる。
(いけないねえ。バルを笑えない)
ここから先の戦いを思うとベラの胸は心躍っていた。
ビグロベアの群れとの戦闘か、或いはあのブルーメ隊の槍使いの時のような高揚感に包まれている。オマケに自然魔力は薄く、機体も満足に動かせない状態だ。ピンチもいいところだと考え、故にベラは笑っていた。
そして目の前には10を超える巨獣『ヴィルガンテウルフ』。その周囲には無数の魔獣『ローアダンウルフ』がウルグスカ傭兵団の出てきた森とは反対の森から飛び出してきていた。それらが一斉にベラの元へと向かってくる。
『ヒャッヒャッヒャ。ワンちゃんか、いいねえ。ほれ、チンチンでもしてみるかい。ほらほら、チンチンだよ。チンチンッ!』
当然、猛り笑いながら叫ぶベラの言葉に反応などせず、ヴィルガンテウルフの一頭が飛んだ。そしてベラの鉄機兵『アイアンディ-ナ』へと躍り掛かった。
対する『アイアンディ-ナ』はどっしりと構え、そのまま……
『ヒャッハァアアアッ!!』
笑い声と共に振り上げたウォーハンマーの一撃で狼の頭部を破壊したのであった。
次回更新は5月21日(水)0:00予定。
次回予告:『第44話 幼女、ワンちゃんで遊ぶ』
チンチンは犬芸の一種で鎮座から由来された名前だそうです。そんなことを知っているベラちゃんは賢いですね。かわいいだけではないんです。
次回は今度こそベラちゃんが楽しそうにワンちゃんと追いかけっこをします……多分。いえ、絶対です。




