第41話 幼女、引き渡す
ババール砦奪還戦においてのベラドンナ傭兵団の功績が非常に大きなものであったのは、敵味方を問わずその場にいた全員が実感していたことだった。
たかだか中規模の傭兵団が騎士団をふたつ、それもコージン将軍の雷竜騎士団ブルーメ隊をほぼ壊滅に追い込んだのだからその認識も当然のことではあるのだが、ともあれ、ババール砦奪還戦によりベラドンナ傭兵団の名が大きく知れ渡ることになるのは間違いない話だろうと思われた。
一方で、パロマ王国軍はコージン将軍の虎の子のブルーメ隊を潰され、その勢いにより追い立てられたことで砦を放棄し、モルド鉱山街まで退いていた。
もっとも勢いに飲まれる前にコージン将軍が早々に砦を放棄して退いたために、兵力の損耗は抑えられ、現時点に置いての戦力差にはそれほどの開きは出ていない。
さらに言えば、モルド鉱山街には未だに巨獣使いと巨獣が待機しているのだ。
巨獣は自然魔力の濃い場所でないと動けないため扱いは難しいが、魔力の川が近いモルド鉱山街ではその能力を遺憾なく発揮することになるはずである。
故に続けての戦いはルーイン王国軍としても苦戦を免れることは出来ないと予想されていた。
また、ババール砦奪還戦の戦果により、ベラには大量の金が転がり込むこととなっていた。
雷竜騎士団もデイドンに引き渡して金に換え、さらに功績に応じた金額の引渡書も手に入れた。特に雷竜騎士団の降伏した者たちの中に鉄機兵が一機無傷で残っていたのは大きかったようである。バルの『ムサシ』と同系統のレシピから育てられたであろう機体だ。デイドンもその鉄機兵を喜んで引き取り、褒美は別途用意することも約束してきたのである。
なお、倒した鉄機兵の残骸については前線基地に置きっぱなしのものも含めて、後日にコーザのベンマーク商会に売り払う予定となっていた。
「もうここを退いてもいいぐらいに稼いじまったね」
己に与えられた砦の一室でベラがボソリと呟いた。
ベラは貴族や騎士団などと同等の部屋を用意されて、そこに泊まっていた。それはベラドンナ傭兵団がモーディアス家の旗下ということもあるが、先の活躍によりベラを恐れた者たちが多く、味方に付けておこうとの心理が働いたが故の結果であった。
「次の奪還戦には参加しないと?」
その場に護衛として共にいるバルがベラの独り言に反応した。戦闘狂として戦場を奪われるのが我慢できないというような顔をしていた。そのバルの問いにはベラは肩を竦めて答える。
「そうじゃあないさ。稼げるときには稼ぐべきだからね」
ベラの言葉にバルが安堵の表情を見せる。
「はっ。本当にどうしようもない男だね。まあ、鉱山街の奪還戦には参加するけどね。パロマ側の麓の砦の攻略戦には参加しない。というよりも戦いは起きない」
「どういうことだ?」
訝しげな顔でバルが問う。
「この砦と鉱山街で『勝ち過ぎた』後はそこで留める予定ということさ。現時点でパロマの国境をまたいで領地を拡大するほどの体力はデイドンにはなくてね。対して、あっちの領主様は財政的には鉱山を諦めてもまだ建て直せるらしい。自分のところの砦で食い止めたっていう花を持たせて停戦協定を結ぼうってのがデイドンの予定なわけだね」
「なるほど。であれば、鉱山街が決戦の場と?」
バルの言葉にベラがにたりと笑みを浮かべた。
「ま、そういうことになるね。それにあの山は高低差で自然魔力の濃さが違うから、鉄機兵の扱いはかなり難しいって話だよ。ギミックの類は使えない厄介なところだってんだから、アンタも精々気をつけるんだね」
「承知した」
バルとしても自然魔力の薄い地域での鉄機兵の使用には神経を使う。もっとも目の前のベラの言葉はあからさまに他人事のように口にしているようであった。
「その……主様は、特に気に留めてもいないようだが」
「そうでもないさ。けど他の連中よりは上手くやれるはずだからね。であれば、稼ぎ場ってことになるだろうよ」
ベラは笑いながら口にして椅子から立ち上がった。それを見てバルが尋ねる。
「どちらに?」
「さっき、荷物が届いたって連絡があってね。ボルドにチェックさせてたんだが、そろそろ終わる頃合いだから見てくるのさ」
そう言ってベラは部屋を出ていく。その荷物が置かれている鉄機兵用輸送車へと向かう予定であったのだ。
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「それで、これが今回の報酬ってわけかい?」
「はぁ、パロマの鉄機兵を引き渡したことによる報酬ってぇことだけどよ」
部屋から出てきたベラが鉄機兵用輸送車の横に置かれているブツを見て目を細める。それは、増槽ふたつとプレスハンマーと呼ばれるギミックウェポンであった。
「ま、次に期待してるってことだろうねえ」
増槽とは魔力を貯めることで、鉄機兵の魔力総量を上げるギミックウェポンだ。それは当然、魔力の川から離れた自然魔力の薄い場所での活動にも影響する。
「『ムサシ』に積んで……後はジャダンの火精機にも持たせようかね」
「ご主人様の『アイアンディーナ』にじゃねえのか?」
送られてきたのは2つであれば、そうした配慮なのだろうとボルドは考えていたのだが、ベラは自分の鉄機兵に積むつもりはないようだった。
「回転歯剣を積んでるし『ディーナ』にはこれ以上荷物は背負わせられないねえ」
ボルドの問いをベラはそう言って切り捨てる。その口調から、なくとも戦闘に支障がないとも考えているようであった。続けてベラは視線をもう片方のギミックウェポンに向けた。
「こっちはアンタ用だね。ま、あの領主様に目を付けられてるってことだろうね」
「嬉しかねえな、そりゃあ」
ボルドが渋い顔をして、目の前の巨大なハンマーを見た。それはプレスハンマーというギミックウェポンだ。振り下ろした対象に対してさらに重力波を発生させて圧撃する仕掛けが込められている。
「ま、あんたの地精機の馬鹿力ならやれるさ。前に出るのが好きなんだろ?」
ベラの言葉にボルドが苦笑する。
貴族の元にいたときには確かに何度となく戦場に飛び出した経験のあるボルドだが、使い潰されようとした仲間を救おうとした結果である。別に好き好んで前に出ていたわけではない。
「ま、あの重量ならなんとかならぁな」
だが、ボルドはベラの言葉に反論せずに続けての言葉を返した。
サイズこそ鉄機兵用であることが多いギミックウェポンだが、精霊機でも十分に使用は可能であるのだ。
また、グリップとフットペダルを用いて操縦する鉄機兵とは違い、ボルドの召喚する地精機などの精霊機は直接手足で動かす強化鎧的な造りとなっている。当然肉体の延長線上の認識で扱えるために武器の取り回しも実際には鉄機兵よりも上であるのだ。
「盾潰しに使えるからね。精々かき回して欲しいものだねえ」
そう告げるベラの言葉を聞いて、ボルドの喉がゴクリと鳴る。
前回は待機であったが、次回の戦ではボルドも参戦である。苛烈と聞かされているベラの戦いの中で自分がどれだけやれるのか……それがボルドには不安だった。
次回更新は5月19日(月)0:00予定。
次回予告:『第42話 幼女、山を登る』
みんなで楽しくハイキング。ベラちゃんのテンションも上がります。
血塗れの手で狩りとると考えれば、これはこれで紅葉狩りと呼んでもおかしくはないのかも知れません……なんていうのは少しキザな言い回しでしょうか。




