第40話 幼女、相談する
「さてと、今回の手並みは見事でした。私の予想を完全に越えていました」
そう口にしたのは、この地域一帯を治める領主デイドン・ロブナールである。ベラはデイドンの天幕に呼ばれ、彼と向かい合って食事をしていた。
その状況は表向きは、今回のババル砦攻略戦においての最大の功労者への労いの言葉をかけるため……ということになっていた。
「そりゃあ、どうも。歯ごたえのあるのは一機だけだったけどね」
鳥の焼き串を掴んで口に運びながらベラが答える。
その態度は貴族に対する礼儀などあってないようなもので、ベラに対して控えている護衛騎士たちも若干の弄えが芽生えていたが、デイドンは気にした風でもなく、ベラの言葉に「なるほど」と頷いた。
「あなたが捕らえたのは雷竜騎士団のブルーメ隊の面々だ。手応えがあったというのは副団長のマリーア・ガーネットという女性のようですね」
「へえ、マリーアねえ。次にあったらまたやり合いたいもんだけど、どうなんだろうね」
ベラは手に付いた肉汁を舐めとって、持っていた骨を皿の上に置いて笑う。
「鉄機兵も中身の女も随分とイかれていたようだったし、もう殺処分でもされてるかもしれないね」
ベラは、対峙してた時のマリーアの言動に妙なものを感じていた。それが恋人を殺されたことによる憤りなのか、強心器の作用なのかまでは分からなかったが。
「それで、ここにお呼ばれした理由は頼んでいた例のアレのことが分かったってことかい?」
尋ねるベラにデイドンは笑う。
「あなたの労いというのは本当ですよ。目の前の食事にしても、私も本来はここまで豪勢にしたりはしません。あなたの功績を祝ってのものです」
デイドンはそう言って、持っていたワインを飲み干す。
「実際、あなたの活躍はまるで烈火のごとく激しいものだった。鉄機兵の絶対数が違う騎士団と傭兵団をぶつけることを提案してきた貴族たちの思惑からは大きく外れた素晴らしいものだった。みな悔しがると言うよりも、信じられないものを見る目でしたよ」
その様子を思い出したのか、デイドンがさらに笑う。
「それがモーディアス家の剣で行われたものなのだから、ジョン様にしても十分に前回の汚名を濯げたとも言えるでしょう」
「あの坊ちゃんにそこまで考えられる頭があるかは疑問だけどね」
ベラの言葉にデイドンが苦笑する。
「あの年頃相応に聡明な方ですよ。現に他の貴族の手を借りずにあなた方だけを動かすことを選択している。まだ母親の温もりが欲しい頃だというのに大したものだ」
「はっ、乳離れが出来ていないようだけどね」
肝心のジョンは戦闘後にマイアーを連れ込んでまた乳でも吸い始めている頃のはずだった。酒と女におぼれるにはまだ早い年頃だが、それを諫められるような者は今の彼の周りにはいないのである。
「男はみな、乳からは逃れられません。多感な時期に少しだけ目を逸らすことはありますがね」
「早いとこ、あたしもしゃぶられるぐらいになりたいもんだね」
ベラは己の胸を見る。未だ膨らみはない、まっ平らであった。
「さすがに、今出ていたら怖いでしょうね」
デイドンが苦笑する。自己申告ではあるが六歳児の言葉だ。そうした成長が始まるのはまだ何年も先の話のはずだろう。
「話が逸れました。あなたから受けたご相談ですが、確かにブルーメ隊の隊長の残骸から例のものが発見されましたよ」
デイドンの言葉にベラの目が細まる。
「あの回転歯剣でよく残ってたと思いましたが、アダマンタイト製で刻まれた術式が崩れないように加工されているようで、普通に原型を留めてました」
そう言ってデイドンが後ろにいる侍女に視線を向けると、侍女は恭しく前に出て『リング』を食事を除けたテーブルに置いた。
「強心器、間違いないね」
置かれたものを見て口にしたベラの言葉にデイドンが一瞬眉をひそめたが、すぐに表情を元に戻して口を開いた。
「強心器。ローウェン帝国製の、鉄機兵のコアである竜心石の出力を強制的に引き揚げる魔法具と聞いています。実際に作動しているのを見たんですよね?」
「ああ、普通の強心器とは違うようだったけどね。パワーが上がったのは確かだが、妙な再生能力と動きが生物的な感じになっていた。とても鉄機兵とは思えなかったよ」
デイドンの問いにベラはそのように答えた。
「なるほどね。大戦で流れたものが市場に出回ることはそれなりにあるわけですが、単純に帝国製魔法具が流れてパロマで使用されているわけではなさそうだ」
「そいつは新型か、どこぞで造られた試用版ってぇところかね?」
「そうかもしれませんが、問題はそれがどこで造られたかですよ。帝国から流れたとすれば」
「パロマと帝国が組んでる可能性があるってことかい?」
ベラの言葉に護衛騎士たちが一瞬ざわついたが、デイドンは特に意外でもない風に「かもしれません」と返した。
「パロマは現国王が病に倒れ、それに伴う後継者争いも第二王子ザハードが勝利したと聞きます。彼は親帝国派なのですよ」
「へぇ。けど、パロマ王国は帝国とは隣り合ってるワケじゃないよね?」
ベラの問いにデイドンが頷いた。
「ええ、ですが大戦後に帝国と同盟を結んだマーヴェック共和国とは隣り合っているわけです」
「つまりは、そうした流れで帝国からパロマに魔法具が送られてきたと?」
「その可能性は高いのではないですかねえ。ふふふ、厄介なことだ」
そう言いながらも、デイドンは目の前のリングを眺めている。兵器ではあるとはいえ、強心器はアダマンチウム製の金属に魔術式を書き込んで造られたシロモノだ。装飾品としても見れるものではあった。
「ま、見るだけなら良いけどね。少なくとも自分で使おうなんて考えないことだよ。竜心石の異常反応で精神がイかれることだってあるんだ。あの乗り手の反応を見るに、そいつは普通のものよりもその傾向が強いかもしれないからね」
「肝に銘じておきましょう」
ベラの言葉にデイドンがニイッと笑う。
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「『間違いない』……ですか」
それから食事も終わり、ベラが去った天幕の中でデイドンは目の前のリングを見ながら呟いた。
「どう思います?」
「ハッ、やはり私には子供とは思えません」
振られた質問に配下も率直な言葉を返したのだが、その見当違いの応答にデイドンが苦笑する。
「それはそうですが、そうではなく、彼女が強心器を知っていたことです」
「ハッ、申し訳ありません。私自身は存在自体を知りませんでしたが、市場には出回ってはいたのであれば、それを目撃したのではないでしょうか?」
さきほどの会話から護衛騎士はそう考え、主に口を開いた。
「ええ、まあ。そう考えるのが自然ではあります。ですが、このルーインは帝国とは離れていますし、そうそう流れて来るものではないのですよ。これは使用したら壊れる使い捨ての魔法具ですし、実際に私も実物は初めて見ましたしね」
そう言ってデイドンは強心器を手に取る。
「精霊族の眼でも彼女の体内魔力は六歳という自己申告の年齢のものと一致している。魔術の探査でも同様。であれば、彼女はどこでどうやってそのことを知ったのか」
その類の疑問はベラという幼女を見て誰もが感じるものであった。
「魔術には魂を移し替える技法も存在するとは聞いてはいますが、そうした割にはあまりにも無防備すぎる。であれば話に聞く転生体か」
「転生体……ですか?」
唐突な主のつぶやきに護衛騎士は戸惑う。
「過去に死んだ人間が生まれ変わることがあるそうですよ。ま、大概が与太の類ですがね」
説明をするデイドンの言葉に、護衛騎士はますます混乱する。そんな護衛騎士を放っておいてデイドンは、ひとり思惑にふけった。
(ともあれ、私には好機か。仮にあの娘がクィーン・ベラドンナのような大物であったとしても、今はただの傭兵)
「少なくともこの戦ではその力を存分に奮ってもらいましょう」
デイドンはそう口にして、強心器をテーブルの上に置いた。戦いはまだ、終わってはいない。続いて山中のモルド鉱山街の奪還がある。
山中の薄い自然魔力の中では、動かせる鉄機兵の数にも限りがある。巨獣使いを有するパロマ王国相手にどこまでやれるか、それもデイドンには頭の痛い問題であった。
次回更新は5月14日(水)0:00。
次回予告:『第41話 幼女、引き渡す』
ベラちゃんの相談は昔懐かしいものについてのものでした。
続いては遊び終わった後の片付けのお話です。




