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ロリババアロボ ー 6歳からの楽しい傭兵生活 ー  作者: 紫炎
第一部 六歳児の初めての傭兵団

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第39話 幼女、憂慮する

「どういうことだ、これは?」


 ババール砦内部の鉄機兵マキーニ用ガレージに、コージン将軍の声が響き渡った。

 そこには最早、鉄機兵マキーニと呼べるのかも定かではない機体が転がっていたのだ。今なお周囲の自然魔力マナを吸い取り、淡く発光しながら成長らしきことを続けているソレは鉄機兵マキーニ用捕縛兵器である『鎖』で縛り付けられ、身動きがとれないように拘束されていた。

 また、その機体から少し離れた場所では、全身が焼けただれてうめき声を上げる、胸の膨らみで辛うじて女性だと判別できる人物が手当を受けていた。


「将軍。あぶのうございます。お下がりください」


 ガレージに降りてきたコージン将軍に、整備士長であるドワーフがやってきて引き留める。


「そうは言ってもな。そこにあるのは我が団の鉄機兵マキーニのはずだ。つまりは私の所有する鉄機兵マキーニでもある。何が起きている? また何故拘束されている? 状況の説明をしてもらおう」


 コージンの視線にドワーフが怯み、そして口を開いた。


「は、はい。とはいってもこちらも分からぬことばかりでして。戦場から戻ってきた時には既にこうなっていたのです」


 『こうなって』とドワーフに言われたその鉄機兵マキーニは、確かに面影こそあるものの、以前の姿と違って脈動し生物的な形へと変わりつつあるようだった。


「それでマリーアはどうなった?」


 コージンは、鉄機兵マキーニの乗り手のことを尋ねる。その視線は、少し離れた場所で寝かされている者に向けられている。


「全身が火傷で酷い状態ですが、その……生きています」


 さすがに「何故か」という言葉をドワーフは飲み込みながら、負傷しているマリーアを見る。全身のほとんどの皮膚が焼けただれているのだ。ドワーフにはその状態で何故生きているのかが分からなかった。であれば、説明をするにしても実際に見てもらうしかない。


「これは見ていただいた方がよろしいかと」


 そう言ってドワーフが、マリーアの元に向かう。その後を追うコージンは近付くに連れて、その負傷者の状態の凄惨さに顔を歪めていった。


(これが……マリーアか?)


 その姿はあまりにもコージンの知っているマリーアとは違っていた。全身がただれた、少なくともコージンの知っている部下のマリーアとはまったくの別の何かに見えていた。或いはそう思いたかっただけかもしれないが。


「酷い状態じゃないか。なぜ、ここに置いたままなのだ?」

「運べんのです。マリーア様の胸を見てください」


 ドワーフの言葉を聞いてコージンがマリーアの胸の方を見る。


「竜心石が……くっついている?」


 その胸には、鉄機兵マキーニのコアである竜心石が埋め込まれていた。


操者の座コクピットから下ろしたときには、もう埋め込まれていたのですよ。それもこの場から……というよりもあの鉄機兵マキーニと離すと激しく痛みを訴えるのです。魔術師ではないので私には分かりませんが、恐らく魔力的なパスが繋がってるとしか思えません。それにあの機体ですが」


 ドワーフの視線がマリーアの機体に向けられる。


神造筋肉マッスルクレイが別の何かに変換されつつあるようです。脈打つ姿はまるで巨獣です。それに破壊されたらしき肩などもほとんど修復されておるのです。完全に物質固定されてもいる。とても信じられません」


 魂力プラーナを使った生成は、物質の状態が不安定になるため、しばらくの間は脆いというのが鉄機兵マキーニを知る者の常識だが、それが覆される現象が目の前で起きていた。そのドワーフの言葉にコージンの目が細まる。


「原因はアレか?」

「恐らく……」


 苦々しく尋ねたコージンに、ドワーフが頷いた。視線はマリーアの胸の『竜心石』にはめられた金属製のリングに向けられていた。

 それは鉄機兵マキーニの力を増幅する強心器と呼ばれる帝国製の兵器である。このたびの遠征でコージンに与えられていたものだが、コージンはそれを緊急対策用の増幅器としてしか聞いておらず、複数の乗り手に『もしもの時』の為のものとして所持させていた。

 また、コージンも大戦には参加してないとはいえ帝国製の強心器のことは知っていた。鉄機兵マキーニに多大な負荷を追わせるが短時間ならばその出力を最大限以上に発揮させる鉄機兵マキーニ用魔法具。

 しかし、それは大戦期の記録の中でも鉄機兵マキーニを過負荷で大破させることはあっても、コージンの目の前で起きているような状況を引き起こすシロモノではなかったはずだった。


「他に強心器を持たせた者たちのことも気になるが、今はまずはマリーアを運ぶしかあるまいな」

「運ぶとは、どちらへ?」


 ドワーフの言葉にコージンが苦笑する。そして、ドワーフも気付いたのだ。戦場にいるはずのコージンが何故今ここにいるのかを。


「あの、赤い鉄機兵マキーニに圧されたのをキッカケに砦周辺が囲まれておるのよ。損耗こそそれほどの差はないが、あちらには勢いがある。一度鉱山街に退かねば危うい」


 コージン将軍が眉間にしわを寄せながら、そう口にした。やむを得ないとその顔が言っていた。


「了解いたしました」

「ああ、それとだ。お前の部下を王都に走らせろ。カドモス大臣を経由して良い。アレを渡した鉄機兵マキーニ技師を調べ上げろ」


 その言葉にドワーフは目を見開き、そして頷いた。

 コージンは、その場からドワーフが駆けていくのを見た後に再びマリーアの鉄機兵マキーニに視線を戻した。ドクン……と鼓動が聞こえるかのように脈打っている。確かにソレは生きているようだった。いずれは鉄機兵マキーニから巨獣になるのではないかとコージンが懸念するほどに。


「ブルーメ……」


 その思案するコージンの横で、誰にも聞こえぬほどの小さな声がマリーアの口からこぼれた。そして、瞳から一筋の涙が流れ落ちた。



  **********



 ルーイン王国軍が砦を取り囲む中、全く以て見事としか言いようがないほどに、パロマ王国軍はモルド鉱山街へと迅速に引き揚げていった。そして、ババール砦を巡る戦いはルーイン王国軍の勝利となったのであった。

 とはいえ目標は山中にあるモルド鉱山街であり、この砦の占拠は足がかりに過ぎない。それでもこうも順調に勝利したのは久方ぶりであったため、砦を占拠したルーイン王国の騎士団も傭兵団もみな勝利の熱気に包まれていた。

 一方では、その熱狂とは対照的にベラドンナ傭兵団の陣地では文字通り血反吐を吐いて倒れているトカゲ男がひとりいて、それに水をかけて意識を戻し、さらに怒りの声をあげながら鞭で叩き続ける男がいた。


「いいのか、あれ?」


 それをボルドが見ながら尋ねた。ジャダンに対してバルが鞭を打っている。それもずいぶんとバルが怒りを露わにしているようだった。


「まあ、罰は罰だからね。それにこれから組ませる相手だ。ああいうコミュニケーションも必要だろうさ」


 ベラは肩をすくめて、そう言った。つまるところ、目の前で行われているのはジャダンの独断専行の罰則としての鞭打ち刑である。

 もっとも、ジャダンの無茶に乗せられて、機体を相当に壊してしまったバルの心情を考えればバルの鞭打ちに力が入るのも無理はない。動かなくなった左腕をまたつなぎ直さなければならないのは勿論だが、槍使いによる胴体部の破損や、それ以外にも多数の傷を負ったバルの鉄機兵マキーニ『ムサシ』の損傷は相当に大きかったのである。


(まあ、喜んで共に突っ込んだのはバルもなんだがね)


 ベラはそうも思うが、バルの行動はベラの指示の範囲内のものでもある。また、実際にジャダンだけで敵陣に向かっていたら、その死は確実だっただろうから間違った判断ではなかった。

 そう考えるベラに、ボルドが疑問の言葉を口にする。


「ん? 組ませるってあのふたりをか?」


 元々、ジャダンとはボルドが組むはずであったのだ。しかし、先の戦いを見てベラの考えは変わっていた。


「ああ、あのアホトカゲを抑えるのはあんたじゃ無理だからね。ま、アレで上下関係が上手くいきゃいいんだけどね」


 ベラは鞭打ち刑から視線を自分の鉄機兵マキーニに移して、ボルドに尋ねる。


「それで、あたしのディーナはどうなんだい?」

「ああ、周囲の傷はまあ大したことはねえんだけどな。各フレームが歪んでやがるからそっちの修復が必要だ。関節部の疲労も馬鹿に出来ねえ。いってぇどんな馬鹿力とやりあったんだか知らねえが、無茶させすぎだぜ」


 ボルドの苦みのある言葉にベラの眉間にしわが寄る。


「ディーナには悪いことをしたと思ってるさ。かといって、無茶せずにどうにかなる相手じゃあなかったんだけどね」

「それが分かんねえな。岩石猿みてえな巨獣でも相手したのかよ?」

「いや、巨獣使いは炭坑街にいるらしくてね。今回の戦闘では出てこなかったらしいね。そういうんじゃないさ。強心器だよ」


 ベラの言葉にボルドが目を丸くする。


「あれを使ったヤツがいたのかよ」

「アンタは詳しいのかい?」


 ベラの問いにボルドが首を横に振る。


「俺も大戦では帝国の鉄機兵マキーニ整備士だったが、実物を一回見たことはあるけどよ。詳しくは知らねえな。なるほどな、大戦のブツを持ってるヤツがいたってわけか」


 ボルドもベラの言葉を聞いて今回の『アイアンディーナ』のダメージに納得がいったようだった。もっとも、ボルドとは違いベラはそれで納得出来たわけではない。


(少なくとも『大戦で使用されていた』強心器じゃあなかったね。あれよりも上の、というよりも別の何かだ)


 異常な再生力と巨獣に近い生物的な動きを生み出す『何か』。そんなものをベラは『知らない』。そして同時にこうも考える。


(その大戦期ってのを『知っている』あたしは……『誰』なんだい?)


 村を出て数ヶ月。ベラは己の常識が少しずつ剥がれ落ちてきていることに気が付いていた。少なくとも普通の六歳児は鉄機兵マキーニを操って傭兵をしていないということを理解するくらいにはベラも世の中が分かり始めていたのである。

次回更新は5月12日(月)0:00。


次回予告:『第40話 幼女、相談する』


自分はいったい誰なのか。哲学的な問題ですね。

思春期にはありがちな悩みです。

ベラちゃんもそういう時期に近付いてきたということでしょうか。

こういう時には誰かに相談すると良いかもしれません。

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