第385話 少女、進撃する
アイアンディーナ・メタルクリムゾン:
元より魂力を大量に使用して性能強化を行なっていた『アイアンディーナ』が鋼機兵化しており、全ての面において強化された同サイズ帯では最強とも言える機体。
出力ではドラグーンコートを下回るが総合力では上回っている。またそれ以上に搭乗者であるベラ・ヘイローとの親和性が増したことで、彼女の反応速度にほぼ100%追従することが可能となった点が大きく、並の鉄機兵では彼女の姿を捉えることすらできないだろう。
なお『アイアンディーナ』は鋼機兵化された際にロイ博士によって植え付けられていたバックドアを解析し、害と見做して除去している。これはベラの無意識下でのロイへの嫌悪が反映されたことが原因であると見られる。
この情報は魔力の川を通して全体へと広がり、魂力との引き換えによるアップデートの際に他の鋼機兵にも適応されていくだろう。
実のところ、同様の現象は鉄機兵でも過去に発生しており、イシュタリアの賢人ロイが鉄機兵にアクセスして魂力を収集できなかった理由も過去の賢人のバックドアを解析できなかったのではなく、既に対策がなされているが故であった。
自身の行動が結果として鉄機兵という新たな竜族の進化に利用されていただけだという事実にロイが気づけるのは数百年後のこととなる。
「ギュォォオオオオオ」
『うるさいねえ』
翼を広げた『アイアンディーナ』が戦場を飛び交い、迫るドラゴンヘッドをすれ違い様に回転歯剣で斬り裂いた。そこからすぐさま錨投擲機を放って別のドラゴンヘッドの眼球を突き刺すと、そのまま鎖を戻しながら接近してウォーハンマーと棘鉄球メイスで頭部を攻撃して地面へと叩き落とす。
『落としたぞ。仕留めなお前ら!』
『『『『ッォオオオオオオオオオオ!!!』』』』
大地に倒れたドラゴンヘッドに対して鉄機兵や兵たちが一斉に攻撃を仕掛けていく。ある程度の損傷を受けると地中に潜って逃げるために様子見などと言ってはいられない。けれども近づき過ぎれば炎のブレスを浴び、噛みつかれれば鉄機兵でも砕かれる。そんな中でベラは声を張り上げながら闘争を続けていく。
『さあアンタたち、家族が連中の腹に納められたくなければ剣を取るんだ。奴らは増えている。ここを抜ければ次はモーリアンさ。そして広がっていく。誰の国も例外なくヤツらに喰い尽くされていくだろうさ。だが今ならまだ殺せない相手じゃない。数が増える前に害獣どもを駆逐しな。アンタたち自身の為に!』
ベラの声は広域通信型風精機を通して全軍へと伝わり、それはローウェン帝国軍へも流されていく。逃げ出す兵は当然いる。死にゆく兵も数えきれない。けれども次々と現れるドラゴンヘッドの姿に、ベラの言葉が真実であると彼らは信じざるを得なかった。
魔獣や巨獣の脅威に常に脅かされるこの世界において、自身らが退いた場合にどうなってしまうのかを彼らはよく知っていた。滅びた村や町を何度も見てきた。
それはローウェン帝国軍の兵たちにすら伝わっていて、皇帝ナレインの指示を無視して決死の覚悟でドラゴンヘッドと戦い続ける部隊も多かった。
被害は当然少なくはない。屍は積み上がり、ドラゴンヘッドはそれを喰らっていく。けれどもドラゴンヘッドは空を飛ぶのではなく、地より生えている怪物だ。無数の犠牲を許容するならば殺せぬ相手ではなかった。
そうしている間にも『アイアンディーナ』は暴れ狂い、地中より飛び出るドラゴンヘッドを仕留め、リンローとザッハナインはタッグを組んでドラゴンヘッドへと当たり、ロックギーガは配下のドラゴンと共に複数のドラゴンヘッドを相手どっていた。
そしてこの場の者たちが最も脅威であると察して正面より飛び出たビッグドラゴンヘッドに対し『アイアンディーナ』が
『喰らうのはあたしの方だよ蜥蜴頭がァァアアア!』
仕込み杭打機を額に打ち抜き、一撃で仕留めることに成功した。
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『……またやられたのか』
地上が地獄と化している中、地中に潜って力を蓄えている男がそう呟いた。
皇帝ジーンと呼ばれたその男は皇帝の玉座を降りて、人の枠を捨てて、竜としての本能と、己が欲望のために動いていた。もはや彼に人間であった頃の面影はない。巨大な怪物と成り果てていた。
『予想以上にアレらも粘る。我先に逃げるものとばかり思っていたが。存外に我が国も捨てたものではなかったかも知れぬな。今となってはどうでも良いが』
そう口にできるほどにジーンはローウェン帝国に対しての未練はなかった。
当初は人の枠のままで統べることを是としていたジーンであったが、それはこの戦場に来て否となった。戦いの中に見えた『あの存在』がジーンを狂わせた。いや、彼の本当の望みを認識させたというべきか。
悠久よりも刹那を。今を逃せば次の機会があるかは分からない。柩に篭ってなどいられないと彼は衝動のままに飛び出していた。
そうして竜人を超えて覚醒したジーンは、自らの陣営のドラゴンや機械竜を取り込み、戦場に打ち捨てられた命の力を喰らい、戦うための力を増やしていった。
『もっとも……其方がいるのだ。こうなるのも当然ではあろうな』
自身の一部が死んだのが分かる。増やしたドラゴンヘッドよりも殺される数の方が多いのだ。
戦場は思ったほど自分の思い通りには動かなかった。彼らは当初こそ恐れ慄いたものの、あるときを境に闘う意志を取り戻した。特にモーリアンの軍勢は魔獣討伐に特化しており、ドラゴンヘッドを相手取ったとしても善戦しているようだった。
逆にローウェン帝国軍は怯えた様子が目立ったが、それもやむを得ないことだろう。何しろ忠誠を誓った皇帝が自分達を喰らおうと襲い掛かって来たのだから。
一方で新しく皇帝を名乗ったナレインは彼らに逃げろと言ったが、次第にローウェンの兵たちも逃走よりも闘争をこそ選ぶものが増えていった。特にジェネラル・ベラドンナが率いていた軍勢が中心となってドラゴンヘッドに抗している。
そうした流れの中心にいる人物をジーンは理解している。彼らが闘う意志を取り戻した時、ジーンも何が変わったのか、誰によって変えられたのかを感じとっていた。
『クィーン……ああ、やはり其方こそが……』
飲み込んだ。取り込んだ。呆気なく。そう思っていた。けれども、それで閉じ込めておけるほど彼女はお淑やかではなかったということだ。
『其方だけが我が望みなのだ』
そして千の首を持つ巨竜が地上に向かって動き出した。




