第380話 少女、老婆とぶつかる
『グァアアアッ』
斬られた鉄の腕が地面に落ちて転がり、直後に胸部へと仕込み杭打機が突き刺さると乗り手を失った機体が崩れ落ちた。
『ふぅ』
仕込み杭打機を抜きながら少女がひと息吐く。
攻めてくる敵軍の数は減って来た。指揮官を討ち取られたマザルガ聖王国軍とザラ王国軍だが、ようやく彼らも立て直し、戦線を立て直したようである。
(しっかし、景気良く八機将を倒したは良いが)
ベラが目を細めて竜眼を用いて戦場の気配を探る。
(ウチは烏合の衆だからねぇ。戦況は若干厳しいかい)
通信機からの報告と自ら視た魔力の流れ、双方からの情報を総合すれば、ベラドンナ同盟軍が現在優勢なのは確かだが、勢い自体は収まりつつあるようだと理解できていた。
八機将を失ったローウェン帝国軍の損害も大きいが、ベラドンナ同盟軍も相応の代償を払っている。突出した戦力が減ったことで地力の差が出始めたのだ。このまま膠着してベラドンナ同盟軍の勢いが薄れていくにつれ、ローウェン帝国軍の有利となっていく未来がベラには想像できていた。
(だからこそこそ今は引かずに仕掛けていくしかないわけだが)
その状況でジェネラル・ベラドンナが投入された。
ベラドンナ同盟軍でジェネラル・ベラドンナを相手取れる者は限られており、彼女を止められなければ戦況は早々に逆転してしまうだろう。
(そういう状況も見据えて、あっちはあたしを前に出すために仕掛けてきているわけだよね。あたしの首をとれば、流れは即座に変わる。けどねぇ)
ベラが舌舐めずりをしながら笑う。
「狙ってんならそれはそれで良い。来たら潰しゃあいいだけさ」
そう嘯いて、ベラは迫る鉄機兵たちを仕留めていく。その赤い機体はただ正面へと突き進み、何者に対しても揺らぐことなく、鮮血の道を築き上げていく。
そうして、さらに無数の鉄機兵や兵たちをベラと『アイアンディーナ』が率いる軍勢が倒し続けていくと、不意に敵の動きが止まり、周囲がシンッと静まった。
『へぇ、思ったよりは早かったね』
それからまるで海をかき分けるように敵陣が左右に分かれ、機械の馬にまたがった黄金の鉄巨人の姿が見えた。
『年寄りが無理をし過ぎてるんじゃないかい?』
『ガキを寝かしつけろとうるさくてね』
双方から親しげに言葉が飛び合う。
けれども、まるで示し合わせたようにどちらの兵も両者の間の空間の中へ入ろうとすることはなかった。
何しろ、この場にいるのは歴戦の猛者たち。その者たちがハッキリと感じとっている。両者の間で何もない空間が潰れてしまうのではないかと思うほどの圧力がぶつかり合っているということを。そこより先には確実な死が待っていると察している。
そしてベラ・ヘイローの『アイアンディーナ』の左右にはガイガンの『ダーティズム』とアイゼンの『ミョウオー』が並び、後方には竜撃隊とリンロー、ザッハナイン、ドーマ兵団やヘイロー軍が続き、機械竜デイドンもベラの気勢を感じて、この場にやってきていた。
対するは鉄機馬バイコン『ヴァルドル』にまたがった『ゴールデンディアナ』率いる鋼鉄の軍団。大戦帰りを含む帝国の強兵をジェネラル・ベラドンナ自らがさらに鍛え上げた最精鋭。
また彼らの乗る機体は鉄機兵ではなく、イシュタリアの賢人ロイが新たに生み出した鋼機兵であった。
(機体のフレームに魔力の光のライン。魔力の伝導率が高くなってそうだが……以前のゴールデンディアナにはなかった。これが完成形なのか、以前は偽装でもしていたのかね)
ベラが目を細めて相手を観察する。
鋼機兵。それは獣機兵に近い高い出力でありながら安定した性能を持ち、また乗り手の精神が魔獣の因子に引っ張られたりもすることはない。完全なる鉄機兵の上位機種だとベラは報告書で知らされていた。
現物こそ手に入らなかったが、すでに部隊で運用されている以上、情報を得ることは難しくはない。実際に鋼機兵の配備が帝国内で進み続ければ、こちらの勝ち目はなくなる……と予測したからこそ、ベラドンナ同盟軍は今、動き出すことにしていた。
(ま、どんだけ着飾ろうとうちのディーナには負けるんだけどね)
けれども自身が鍛え上げた機体が高々多少強くなっただけの敵に屈することなどあり得ないとベラは確信している。だからこそ一歩を踏み出す。
対して『ゴールデンディアナ』も一歩進み、両者が睨み合った。
『ベラ・ヘイロー』
『ジェネラル・ベラドンナ』
互いが名を呼び、両者の闘気がぶつかり合うと、それは物理的な現象となって暴風となって吹き荒れる。一触即発。そう誰もが考えた時、赤と金の機体が動き出した。
『じゃあ始めようかい。ローウェン帝国軍大将軍ジェネラル・ベラドンナ、いざ参る!』
『ベラドンナ同盟軍総大将ベラ・ヘイロー、ここで伝説を塗り替える。老害の時代は終わりだよクィーン!』
次の瞬間、双方の軍より爆発したかのような咆哮が発せられ、時が戻ったかのようにすべての兵たちが同時に駆け出して激突していった。




