第379話 少女、迎え撃つ
『八機将の霊機ゾーン・タオラをニオー将軍たちが、国剣ネア・オーグ・サディアスをガルド将軍が仕留めた……か。それだけを切り取れば状況はこちらの優位に進んでいるように見える』
ベラ率いるベラドンナ自治領軍の中にいる竜撃隊隊長ガイガンは飛び交う通信によって戦場の現状の把握に努めていた。尤もアームグリップを振るう手自体は止まっていない。戦いは激化するばかりで、その手を止める隙を与えてはくれていなかった。
『帝国軍の主軸となる八機将は姿を見せぬウォート・ゼクロムを除く全員が倒され、今やその上位にある大将軍たるジェネラル・ベラドンナを残すのみ。しかし、これでは我が軍優勢とはいかんか』
目の前には雲霞の如く押し寄せるローウェン帝国軍の姿があった。それはつまり勝った戦いもあれば、負けた戦いもあるということだった。
『マザルガ聖王国の第二聖騎士団長ロールカ・ロー・ニースとザラ王国のアダン・ニスカ将軍が討ち取られた。広がった片翼が折れた結果がこれか』
同じベラドンナ同盟軍の中でも四天将ミロク将軍率いるシンラ武国軍はともあれ、マザルガ聖王国軍とザラ王国軍の兵たちは弱兵ではないものの強兵とも言い難い質であった。
そんな彼らの方からベラドンナ同盟軍の壁は打ち崩され、モーリアン王国軍もニオーこそ健在だがゼックが前線を離れ、ルーイン王国軍のガルドも機体の損耗状態から自ら戦うよりも指揮に注力し始めている。さらに先ほどの獣機兵たちとの戦闘でベラ・ヘイローの位置が知れた。
それらの結果としてベラ率いるヘイロー軍は集中的な攻撃を受け続けることとなった。
(敵はまだジェネラル・ベラドンナに、機械竜やドラゴンの軍勢に皇帝ジーンも控えている。だが、しかし……)
主だった武将たちが次々と消え、ここでベラドンナ同盟軍の象徴たるベラ・ヘイローが消えれば、勝敗の天秤が一気に傾きかねない。けれどもガイガンの瞳に宿る炎に陰りはない。
(勝つのはワシらだ)
ガイガンが愛機の中から視線を向けた先にはまるで鋼鉄の竜巻のような存在が暴れ狂っていた。
『ヒィヤッハー』
その赤い竜巻は迫る鉄機兵の軍勢を次々と蹴散らしていく。鉄球メイスを振るい、ウォーハンマーで叩き潰し、奪った剣で胸部ハッチを貫いた。その動きはまるで流れるように、けれども流麗というにはあまりにも荒々しく、獰猛に、苛烈に敵を破壊していった。
それこそがベラドンナ自治領軍の将軍であり、編入されたヘイロー軍の総団長であり、このベラドンナ同盟軍の総大将でもある少女の乗る機体『アイアンディーナ』が成している所業であった。
『総団長、完全に入っているな。抑えるように進言するか?』
『いや、このままでいいだろう。もうあの方は止まらんよ』
ドーマ兵団を率いるアイゼン・ドーマの言葉にガイガンが首を横に振ってそう返す。
ここまで抑えられていた反発か、先ほどの獣機兵の軍勢との戦闘以降、さらに言えばあの鉄球メイスを得てからベラは歯止めが利かなくなったかのように前線で戦い続けていた。
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『シィイイイイイイイイ!』
砕け散る鉄機兵から放たれる光を吸収しながら『アイアンディーナ』が暴れ狂う。すでに魂力が吸収しきれず、赤いボディからは光が漏れ出ている。それはここまでにベラと『アイアンディーナ』が数多くの敵を仕留め続けてきた結果であった。
『ハッ、イキがいい連中だねぇ』
鉄球メイスで胸部ハッチごと中身を潰しながらベラが笑う。
体に火がついているのが分かる。ここまでの戦いでベラは温存され続けていた。全ては決着の時のために。帝国の喉笛まで刃を届かせるために。
斯くして時は来た。そして弓から放たれた矢の如く、もはや彼女は止まらない。もっともそれは彼女が考えなしに突っ込んでいっていることを意味するものではなかった。
(マザルガとザラの穴が予想以上に大きい。抑え込むだけじゃあ足りないねぇ。押し返さないと勢いで負ける)
竜眼を持つベラには視えている。気勢と共に発せられる魔力の流れが水の流れのように動いている様を視ることができている。戦場の天秤はわずかに自分達に傾いてはいる……が、それはあっさりと均衡が崩れかねない危ういものだとベラは気づいていた。
(ドラゴンたちを出して穴を埋める? いいや、それは『その後の状況』で不利に転びかねないんだよねぇ)
未だにローウェン帝国軍はドラゴンや機械竜の戦力を戦場に投入していない。自由に戦場を動ける戦力は有用だが、相手も同様の手札を持っている以上、下手に出せば裏をかかれて殲滅させられる。
(けれどもこの状況。恐らくはそろそろ)
『総団長、ジェネラル・ベラドンナが動き出したとの報告です。進攻方向からしてこちらに向かってきているのではないかと』
『あいよ。まッ、そうなるよねぇ』
ベラの位置は割れてる。けれども雑魚では討てない。
それに再編成されたマザルガ聖王国軍とザラ王国軍が陣形の穴を塞ごうと現在も動いている状況だ。そうなれば数で押し続けることはできなくなるのだから、そうなる前の今この時に最強のカードを切ることがローウェン帝国にとっての最善であった。
『いかがしますか?』
そう問うガイガンの声には覇気が宿っていた。
問いかけはしつつも後退の意志はそこにはないようにベラには感じられた。
(ラーサ族の血が疼くってかい)
迫り来るは敵の最強であり、迎え撃つが戦の華。無論、ベラもそれは承知している。退く気など毛頭ない。決着をつけるならちょうど良い頃合いだ。
『ガイガン、アイゼン。ヤツはここで仕留める。クィーンの伝説をここで塗り替えてやるよ!』




