第37話 幼女、男を奪う
爆発の音が聞こえる。男達の悲鳴が聞こえる。鉄機兵の軋む響きが聞こえる。それらがジャダンの耳へと入り、焼け焦げた鉄機兵や赤黒く変色した人間の姿が視界に入るとジャダンの口元は激しくつり上がった。
目の前に広がる地獄を見ながらジャダンは多幸感に包まれ、声を上げて笑っていた。精霊機の中でなければその場で笑い転げていただろう。それほどにジャダンは歓喜し、絶頂を感じ、どうしようもなく狂っていた。
そして、ジャダンは次々と爆炎球を生み出しては投げつけていく。彼にとっての最高の娯楽が目の前に広がっていた。どこに投げれば、より相手を苦しめられるか、より痛みを与えられるかをジャダンは本能のようなもので察知していた。
ただ殺すだけでは楽しめない。どれだけギリギリ苦しむ人間を作れるかをジャダンは心の底から追求していた。死にきれずに蠢いてくれる方がなお喜ばしかった。吹き飛ぶ四肢を眺めるのも魅力的だが、その後の絶望感に苛みながら、逃げまどう姿がジャダンにとっては愛おしくて堪まらないのだ。思わず、精霊機を降りて抱きしめたくなるほどにジャダンは刹那の人間の輝きが好きだったのだ。彼は彼なりに人を激しく愛していた。
そんな人間であるジャダンという男の思考はすでに道を外れていた。趣味嗜好が人を如何に苦しめ殺すことなのだから、そのドラゴニュートは救いようがない存在だった。もっとも、そうした事実をジャダンは自覚している。
己という存在を考える度に、死ぬべきだと思い、であれば己の命を捨てながら己の嗜好を満足させられる戦場に行こうと思い立ち、今戦場にいた。それは決して自虐に走っているわけでも、己を恥じ入っているわけではない。至極当然に、合理的に己の命を捨てる場所を選択しただけに過ぎない。
『ヒヒッ、まったく面倒な』
そのジャダンが今は苛ついていた。
突然、彼の爆弾は誰も殺せなくなって、何も壊せなくなったのである。そして苛つきながらもジャダンは軽口をたたき続ける。
『ヒヒヒ、なんだかやり辛い相手ですねえ』
『やり辛いんじゃない。単純に強いと言うだけだ。バカが』
そのジャダンの言葉にバルが苛立ちながら返した。
さきほどから爆弾に弱い随伴の騎士たちは退かされて、騎士型鉄機兵が大盾を前に出して、ジャダンとその護衛の鉄機兵『ムサシ』を包囲しながら追いつめてきていた。
その盾を越えるようにジャダンも魔力で生み出した爆炎球を放る。だが、鉄機兵の首から背にかけて多少のダメージは与えてはいるようだが致命傷とはいかない。バルの『ムサシ』も2機ほどは切り崩せたようだが、今はジリジリと下がっていかざるを得ない状況だった。
『まったく、やる連中だ』
バルはそう嘯く。
そして、そのバルの認識は正しい。ふたりが戦っている相手はパロマの軍勢においては上位の実力を持つ雷竜騎士団ブルーメ隊。
現時点に置いて6機いる騎士型鉄機兵たちを相手に下がりながらもまだ撃破されていないのだからバルとジャダンの技量が高いのは間違いないが、無駄に命を散らすことを良しとせずに安全マージンをとりながら闘っているブルーメ隊の実力も侮ることは出来ないものがあった。
(左腕の反応がやはり鈍っているか)
バルは舌打ちする。
鉄機兵が未だに直ってないことは最初から分かってはいることだった。そして、それが今確実にバルの足を引っ張ってた。ジャダンの爆炎球の護りがなければ、既に殺されているとバルは感じていた。
『このままでは主様に顔向け出来ぬわ』
バルがカタナを振るうが、それを槍で受け止める騎士型鉄機兵がいた。
『大戦帰り。あの赤いのではなくコイツがそうか』
女の声だった。その言葉の意味をバルは理解できないが、しかし目の前の鉄機兵の実力は感じ取れている。さきほどからバルの機体に傷を付けているのは、そのほとんどが目の前の槍使いの鉄機兵からのものだった。
『訳の分からんことをッ』
バルはそう返しながらもカタナを振るうが、それを横から剣使いの鉄機兵が受け止める。
『マリーア、仕留めろッ』
『さすがブルーメッ。やるわねっ』
ブルーメという男の鉄機兵が剣で受け止めている間に、マリーアの乗る鉄機兵の槍がバルの『ムサシ』へと突き刺さる。
『ちぃっ!?』
バルが舌打ちをする。
刺されたのは、鉄機兵の右のわき腹だ。バルも僅かに反らしたが避けきることが出来なかった。避けた装甲から銀霧蒸気が吹き出し、計器のメーター針が下がることで右足の出力が落ちていくのがバルには確認できた。
(不味い。踏ん張りが利かなくては、いなすことも……)
バルは、直後の己の死を感じた。戦士としての勘が、戦場での経験がバルの未来を現実よりも一瞬早く紡ぎ出す。だが、未来はバルの予想を上回る結果となって現れる。
『あたしのものに何をしてるんだい。あんたらはッ!』
稲妻のごとき怒号と共に、唐突に空からウォーハンマーが降ってきたのだ。
『ブルーメッ!』
『チィッ!?』
マリーアの言葉にブルーメが退き、その一瞬で大地にウォーハンマーが突き刺さったかと思えば、赤い固まりが彼らを『抜けて』背後へと走っていった。
『ギャッ』『グブァッ』
そして、悲鳴がふたつ轟いた。続けてパロマの騎士型鉄機兵が2機崩れ落ちたのだ。
(一瞬で2機。あり得るのか、あんな……)
その光景をバルは視認していた。2機の鉄機兵に刺した剣を手放して、その背の回転歯剣に手をかけようとしているベラの鉄機兵『アイアンディーナ』がそこにはいた。
『アイアンディーナ』は完全に間隙を突いた形でバルやマリーアたちの機体の横を走り抜け、普段持っている小剣と、恐らくはどこぞで拾った剣で、バルたちと対峙していた残りの騎士型鉄機兵の胸部ハッチを貫き通していた。
バルもベラの『アイアンディーナ』が神経網と神造筋肉を増設して出力と反応速度が上昇したことは聞いていた。しかし、本来はそれをしたからといって目に見えて分かるほどに急激な向上があるわけではない。
(もう、以前とは別の機体のようじゃないか?)
その得体の知れなさにバルの背筋に冷たい何かが走った。だが、そんなバルの心情など関係なく戦場は動く。ベラがその場から走り出したのだ。
『こいつ、よくもオリゾンとフォーレを殺ったなぁあ』
『ダメ。下がってブルーメ』
ふたりの声にベラが『ハッ』と笑う。そして、後ろの腰に下げていた回転歯剣を手にとり刃を伸ばして起動させた。
『コイツ、ギミックウェポンをッ!?』
『ヒャッヒャッヒャッ』
ブルーメが盾を前に出して防御しようとするが、ベラはお構いなしにそれを切りつける。そして、すさまじい量の火花と共に盾が鉄機兵の左腕と共に切り裂かれた。
『ブルーメッ!』
『あー、手前がお留守ですよ』
不意に告げられた言葉と同時にマリーアの前で爆発が起きる。ジャダンが不意打ちで投げつけた爆炎球がマリーアの機体の正面で爆発したのだ。併せてバルが駆けだし、右手一本でマリーアの機体にカタナを振り下ろす。
『邪魔をするなっ』
『それはこちらの台詞だ』
そして槍の柄とカタナがぶつかり合い、その場で両者は押し合いとなり、そして……
『ウォォオオオッ!!』
『ヒャヒャ、いい声で鳴いておくれよ』
ブルーメの機体が『アイアンディーナ』に斬りかかる。しかし、振り下ろした剣は回転歯剣に接触した途端に折られてしまう。
『馬鹿なッ!?』
ブルーメが悲鳴を上げる。回転歯剣の歯とぶつかれば普通の剣程度では容易く折れてしまうのだ。続けて右手が粉砕されていく。そのまま流れるように胸部ハッチを切り裂き、奥へと回転歯剣が突き刺さっていく。その中からかき出されるように血飛沫が宙を舞う。悲鳴も聞こえない。回転歯剣の唸り声に全ての音はかき消されていた。
こうしてブルーメという男の残骸は今や回転歯剣の歯にこびりついた肉片だけとなったが、それも灼熱化した歯の前では焼け焦げて一瞬で炭化した。ブルーメという存在はこの世から完全に焼失したのである。
『ブルーメェッ!!』
そして、マリーアの悲しい悲鳴が戦場に響き渡った。
次回更新は5月5日(月)0:00。
次回予告:『第38話 幼女、女を奪う』
お兄さんは幼女に奪われました。女の戦いはいつも熾烈です。
そして、お姉さんはいなくなったお兄さんの代わりに幼女のお相手をつとめなければなりません。
はたして、お姉さんの初めてはこのまま幼女に奪われてしまうのでしょうか?




