第377話 少女、友と再会する
ォォォオオオオオオオオオオオオオ……
双方の陣営より鬨の声が響き渡り続ける。
戦端の幕は切って落とされ、流血は小川から運河に変わらんばかりに流されていき、生と死が交錯していく。
八機将のひとりが早々に討ち倒された……という番狂わせが起きはしたもののそれは大勢に影響を及ぼさなかった。所詮は奴隷上がりの成り上がり。その実力が認められたとはいえ、一軍ではなく一部隊しか動かしていなかったのだからそれも当然といえば当然のこと。
そして戦いは続いている。最前線に配置された帝国の獣機兵たちは次第に数を減らしていった。もとより使い捨てと理解している彼らの士気が低いということもあったが、それ以上に対獣機兵への戦術が確立してきたという面が大きい。かつて鉄機兵を蹂躙していた彼らの凋落ぶりには物悲しさすら感じるものがあったが、戦いの場で情などかけられるわけもなく、ケダモノが混じった機械と人の屍は着々と積み上げられていった。一方でベラ・ヘイローの傘下の獣機兵は活躍しているのだから野良犬と軍用犬の差が如実に現れた結果なのだろうとも。
とはいえ、ここまではどちらにとっても折り込み済の結果だ。ジャンクフードのように容易に消費されていく前座の数も少なくなってきたのに合わせて大きな波が押し寄せてくる。
それはナレイン皇太子の指揮するローウェン帝国軍の本隊であった。
(ナイアルが出てきたか。けど、ありゃただの傀儡だ。ババァがまだ動いていないし、本命はさらに後ろだろうねぇ)
戦場の中、ベラは通信で戦況を耳にしながら敵陣の奥にいる存在を感じ取っていた。ソレはずっと視ていた。観察していた。表に出てくる様子はなく、何を考えているのかも分からない。皇帝ジーン。一体アレが何を狙っているのか……それはベラであっても不気味に思えていた。
(それにだ。存在が確認できていた機械竜もドラゴンも竜機兵もいまだに出てきていない。ま、戦力を投入していないのはウチも同じなんだがね)
竜の巫女リリエとロックギーガが率いているドラゴンの部隊は現状では後方に控えている。空を飛べる利点を生かし、より効果的に戦場に介入させることもできるが、それは相手も同じこと。故に対ドラゴン対策として現時点では温存する策に出ていた。
『ベラ総団長。右から獣機兵の部隊が来ておるぞ』
そしてベラが思案しているとベラの祖父にして竜撃隊と共に動いていたドーマ兵団の団長アイゼン・ドーマからそんな報告が届く。見れば右手の側が確かに騒がしい。
『防衛を抜けてここまで到達しただと!? 前にいる連中は何をしておったんだ?』
『そう言うなガイガン。遠目に見ている限りでも獣どもは、死に物狂いで近付いてきておる。使い捨てと理解して最後の賭けに出たのだろうよ』
それはなりふり構わずベラ・ヘイローの首を手に入れようということ。成せれば確かに獣機兵の価値も変わるだろう。欠番の八機将の座に再び返り咲くことも可能だろう。そのために獣機兵たちは誰も彼もが死ぬことも厭わず敵味方をかき分けて道を開き、ここまできたのであった。
『ま、いいさ。ちょうど体をあっためたかったんだ』
『総団長。アレらであれば総団長が出るまでもありませんぞ』
『黙りなガイガン。ここまできた相手を出迎えもせずに素気無く追い払うなんて品のない真似なんぞできるか。あたしゃぁ品行方正で通ってるんだよ』
ガイガンの言葉にベラは否と返す。そして獣機兵の部隊の先頭を走る犬型の機体がベラたちの前に躍り出た。
『赤い機体。ベラ・ヘイローの『アイアンディーナ』か!?』
『応さ。犬っころ。よくぞ来た。捨て石にしては元気がいいねぇ』
そう言ってベラは『アイアンディーナ』を一歩前に踏み出させた。
『抜かせクソが。全部テメェだ。何もかもテメェのせいでこうなった。獣神も獣魔も殺しやがって。テメェという疫病神のせいで、俺ら半獣人がこんな目に合わされてるんだよ!』
『そいつは最高の褒め言葉さ犬っころ。アンタらが苦しむほどにあたしらの仕事は楽になるわけだからね。それで、どうするんだい? 腹を見せて服従のポーズでもとるんなら飼ってやらなくもないよ。ウチの連中は従順すぎてね。駄犬なら調教しがいもあるだろうさ』
『黙れぇえ。テメェに下った腰抜けどもと一緒にするんじゃねぇ。そもそもだ。今この場でテメェを殺せば全部の帳尻も合うだろうよ。まさか逃げはしねえよな大将さんよぉ』
鉄球メイスを持った獣機兵から放たれる濃厚な殺意にベラの口元が吊り上がった。正直なところ、戦争が始まってからロクに動かない状況というのは年若い少女にとって実にストレスが溜まるものだったのだ。だからこそ、この挑戦はベラにとっては渡りに船というものであった。
『勿論さ。ここまで来た褒美だ。あたしが相手してやるさ犬っころ』
『ベラ・ヘイロー、覚悟ッ』
犬型獣機兵が駆け出す。
ベラが了承したことで、彼女の配下もその戦いには手を出さず、それを見守る形で陣形を変えていく。その様子に犬型獣機兵の中の半獣人が笑みを浮かべた。
『ハッ、受けやがったぜこの間抜けがッ』
そして未だ両者の間合いが重なる前の位置で犬型獣機兵が振り上げようとしたかに見えた鉄球メイスをスッと前に突き出すと、直後に棘付き鉄球が爆音と共に射出された。
『ヒャハッ』
その仕込みを見てベラが笑う。卑怯とは思わない。なるほどと感心し、正面から食い破ろうと『アイアンディーナ』の左腕を前に出し、仕込み杭打機を発動させると金属音が響き渡った。
『な……!?』
『面白いねぇ。これはあたしがもらおう』
ベラは棘付き鉄球を仕込み杭打機を発動させてぶつけ、威力を殺してから掴んだのだ。その様子に呆気に取られた犬型獣機兵の頭にベラはウォーハンマーを迷いなく振り下ろす。
『ヒャッヒャ、アクシデントにまともに反応できない犬っころだったね』
陥没した頭部によって操者の座は潰され、中にいた乗り手の血が胸部ハッチの隙間から噴き出るのを見ながらベラがめり込んだウォーハンマーを抜くと犬型獣機兵の全身から銀霧蒸気が噴き出して崩れ落ちた。
一方で獣機兵たちのトップであった犬型獣機兵の呆気ない終わりを目撃した他の半獣人たちは動揺で足を止め、その隙を狙って竜撃隊とドーマ兵団が一斉に動き出して攻撃を仕掛けていく。
『そいつはギミックウェポンですか?』
『ああ、あたし好みだったんでね。こいつはもらうよ。それにどこか懐かしい気もするねぇ?』
そう言ってベラは首を傾げながら鉄球メイスを眺める。遠い昔にどこかで見た気がして、それからふと昔に会った男の顔が浮かんだ。
─ へい、いずれまた戦場で。つってもあんたらとは絶対に敵としては当たりたくないですけどね ─
いつか聞いたその言葉をベラは脳内で反芻しながらクスリと笑う。
『ああ、そういうことかいゴリアス。アンタ、少々遅刻なんじゃあないかい?』
『ゴリ……なんです?』
『いや、こいつの名前さ』
ガイガンの問いにベラがそう返す。
『ふん。しかし、こういう再会とはね。ま、こんな上等な舞台に間に合ったんだ。あんたにしちゃぁ上出来かもしれないね』
そう言ってベラは鉄球メイスを『アイアンディーナ』の肩に担いだ。
ベラは彼らの末路を知っている。かつてルーイン王国で共に戦い、別れて、直後に全滅した傭兵団。その末路を知っている。もっともそれは戦場ではありふれた結末だ。傭兵たちにとってはいつもの日常だ。だからベラもこれで仇を討ったとは思わない。敵だから殺し、得物を奪ったに過ぎないと理解している。
『せいぜいこき使ってやるさゴリアス』
けれども、傭兵とて旧友との再会には喜びをもって接する。ベラは笑みを浮かべて『アイアンディーナ』を一歩前に踏み出させた。
次回予告:『第378話 少女、朗報を聞く』
何気ない日常で、しばらく会っていなかったお友達と再会する。そんな素敵な偶然もあるんですね。
※第59話参照




