第371話 少女、想う
『ハァ、まったくババアの真似事なんぞするもんじゃないね』
『は、ははは。本物が乗り移ったものかと思いましたぞ』
『ヒャッヒャ、んなわけあるかい』
『ですな』
全軍が動き出す中、ガイガンは『いつも通りの』ベラとのやり取りに心の中で安堵していた。
本物が乗り移ったと思った……というガイガンの言葉に偽りはなかったのだ。先ほどのアレはベラ・ヘイローの言葉のはずなのに、いつの間にか見知らぬ老婆がそこにいるように感じられていた。もしくはベラ・ヘイローはクィーン・ベラドンナに取り憑かれて乗っ取られたのではないかとも。それはかつてのクィーン・ベラドンナを知っている者たちからすればまた違う感想を抱いただろうが、クィーンのひととなりを外聞でしか知らぬガイガンには分からない。
ともあれ、だからいつも通りのベラの言葉を聞いてガイガンは心底安堵していた。けれどもガイガンは先ほどの宣言を思い返してふと疑問に思う。
あの発言はなんだったのか……と。
それは先ほどのベラの言葉の中にあった『クィーンが矢に射られて死んだ』というものだった。そんな『騙り』が一体どこから出たものなのかをガイガンは知らない。かつての鷲獅子大戦での最後の戦いについてガイガンが知る情報は『皇帝ジーンが激戦の末にクィーン・ベラドンナを討ちとった』というだけだ。
当然のことながら鉄機兵同士の死闘をしていたはずのクィーン・ベラドンナが矢を射られて殺された……なんて与太話を聞いたことがない。
或いはクィーンとジーンの決闘にケチをつける意図でもあるのかとも考えたが、続くベラの言葉に思考が切り替わる。
『けど、そうだね。皇帝のドタマをカチ割りたいって気持ちだけは嘘じゃぁないけどね』
『なるほど。それは……今度こそ合っていれば良いですな』
『まったくだよ』
そう返す言葉がベラの本心だとガイガンは理解している。
何しろ、それこそが彼女の原点なのだ。生まれ落ちて今に至るまで、落ちないシミのようにずっと彼女の心に燻り続けてきた想いがソレだ。それは決して彼女のすべてではないが、けれども両親に奴隷として売られ、鉄機兵を得て戦い続けてきた原動力のひとつであることをベラに近い人間は誰もが知っていた。
ドタマをカチ割りたい。
それだけを聞けばただの狂人の戯言でしかない。それが幼女の言葉であれば、疑うのは正気ではなく、言葉の意味を知っているか否かであろう。その想いがどこから生まれたのかはベラも知らないという。けれども何故? の問いに答えられずとも、誰の? という疑問についてはもはや答えが出ている。潰すべきは皇帝ジーンのドタマだと、あの男の頭を潰すことがベラ・ヘイローのすべきことなのだと公言している。
『本当にね。まったく、どうしてそう思っちまうんだろうね』
ベラが人ごとのように呟く。しかし、その想いの源泉は分からないが、それでもベラはその行為こそがケジメになるのだと理解していた。或いは断ち切るべき未練だとも。ベラは笑う。それが女々しい思考だとも分かっている。けれども切り離せぬ大事なものだとも感じるが故にベラはその想いを抱いてここまで歩き続けてきて、それはあと一歩で届こうとしている。
(ま、ともあれだ。問題はあの頭にどう近づくかだが……)
現在、戦場は生き物のように動いていた。
勢いよく飛び出したベラたちの隊は他に比べて次第に歩みを緩め、全体から見れば後方へと下がる形で動いていく。それはもとより決まっていた行動であったが、ベラにとっては面白くないものだ。
『あたしゃ、とっとと暴れたいんだがねえ』
『勘弁してください。巨獣機兵や巨獣兵装がどこにいるか分からんのです。大将は後ろでデンと構えていてください』
ベラの愚痴にガイガンは苦笑しながらそう返す。
戦場に新たに増えた因子である巨獣機兵と巨獣兵装。数は多くないがそれらが放つ広域攻撃は脅威そのものだ。
けれども巨獣機兵と巨獣兵装の攻撃は範囲が広すぎて敵味方が乱戦している場所には落とし辛いし、大盾持ちならば防げる攻撃も多い。また投擲距離もそれほど長いものではないので、場所が割れれば一気に攻め込んで潰すこともできる。
その上に巨獣機兵は鉄機兵以上の魔力喰らいだ。当然戦列の配置もそれに応じた形で運用されているはずで、ケフィンたち獣人部隊が使役する魔鳥の索敵ですぐに発見できるだろうと思われた。
一方で巨獣兵装は適性のある獣機兵のみが使用可能なもので発動するまでは発見されにくいのだが、現状のローウェン帝国軍内の獣機兵の数は多くはなく予測自体は付けやすい。ベラドンナ同盟軍はまず一当てして懸念材料を炙り出して潰そうと動いていたのである。
『ま、最初は様子見かい』
ベラはそううそぶき、『アイアンディーナ』の中で、まるで獲物を探す肉食獣のように戦場を睨み続けていた。
次回予告:『第372話 老婆、別れる』
心の内に秘めた乙女の想い。ベラちゃんの愛らしい一面がまたひとつ見れたのではないでしょうか。その一途さにまた惚れ直してしまいますよね。




