第370話 少女、演説をする
黒々とした雲の切れ目から差す太陽光はまるで並び立つ光の柱を連想させ、その光景はまるで神話の一幕のようであった。そしてそんな神々しき空を天空の草原と例えるなら、地上は瘴獄の谷の如く、忌み地の雨の混じった泥だらけの高原には東西に鬼と見間違わんばかりに戦意を滾らせた兵たちが列を成している。
『これをベラ将軍が率いるという……なんともまた、長生きはするものだな』
愛機『ダーティズム』に乗って列の先頭に仁王立ちしているガイガン・カイゼルがそう呟いた。真正面に見えるのはローウェン帝国軍。大陸全土を支配せんと戦い続けた大国の主力。
かつて鷲獅子大戦でドーバー連盟軍の首魁クィーン・ベラドンナを討ち取ったもののその後に行動を起こせぬほどに疲弊したため退いた彼らは、イシュタリア文明の技術を持つロイの手を借りてかつての頃以上の力を得た。
現時点での総大将が皇帝であるジーンではなくナレイン皇太子であろうと、勇名を馳せた八機将がすでに半減していようと、獣機兵と竜機兵、巨獣機兵に機械竜といった強力無比な力を持ち、何よりももはや本物か否かではなく、ただの純然たる実力でその地位を確立したジェネラル・ベラドンナがそこにはいるのだ。
(間違いなく今のローウェンは強い。しかし、我らにはあの方がいる。大戦の残り滓ではない、新たなる英雄が)
彼の前には主人であるベラ・ヘイローの乗る『アイアンディーナ』が立っており、自身の左右にはオルガン兵団の兵団長ビード・カルナックが乗る獣機兵『ジャダム』と傭兵国家ヘイローより到着したドーマ兵団の兵団長アイゼン・ドーマが乗る鉄機兵『アイゼン』が挟んで並び、背には竜撃隊や機械竜となった『リンロー』、混合魔獣『ザッハナイン』、さらに後方にはヘイロー軍と槍鱗竜ロックギーガ従える四体の竜と獣人部隊であるケフィン隊がいた。
ガイガンの生涯において最も充実しているのは今であった。かつての鷲獅子大戦にガイガンを含むラーサ族の多くは参戦していない。それはこの世の地獄とも称される魔大陸フィロンよりの侵略軍との戦争があったためであったが、戦いを司るラーサ族としてこの大陸の最大の舞台となった大戦に参戦できていなかったという事実は彼らの中ではシコリとして存在していた。けれども今は違う。すでにラーサの血を残す役目は息子のカールに譲っており、己はただの戦士としてこの場で命を燃やすことができる。ベラというラーサの英雄と共に戦場を駆けることができる。それはガイガンにとって何よりも栄誉なことであった。
(それにこちらもかつての大戦に劣らぬ力が揃っている)
ルーイン王国のガルド将軍率いるモーディアス騎士団とルーイン王国軍、金剛将軍ニオーと銀光将軍ゼック率いるモーリアン王国軍、千鬼将軍ゾーンと未だベラの奴隷のままのアーネストたちが率いるベラドンナ自治領軍、マザルガ聖王国軍、シンラ武国軍、エルシャ王国軍、パロマ王国軍も列を並べている。
これらこそがベラドンナ同盟軍。無論、各国から集められた戦力といえど、モーリアン王国軍とベラドンナ自治領軍以外は総戦力とはいかぬがそれでも錚々たる面々だ。今日のためにあらゆる手段を用いてかき集めたのだ。この先にガイガンたちがこれほどの規模の軍を揃えることは恐らくできないだろう。
逆にローウェン帝国は鋼機兵の配備と軍の増強を進めており、この先がある。時間はガイガンたちにではなく、潜在的な成長力を持つローウェン帝国にこそ微笑んでいる。故にローウェン帝国軍を止められる機会はこれより未来には無い。だからこそ、どうにか間に合ったという想いがガイガンを含めて同盟軍の中では強い。そして、それを主導したのが……
『さて、ガン首揃ったようだね』
ベラ・ヘイロー。そう呼ばれる少女の声が鉄機兵の通信機から響いてきた。戦いはもう間も無く。彼女に属している全ての者がその声に耳を傾ける。何ひとつ聞きこぼすことがないように。
『この地ではかつて戦いがあった。殺して、殺されて、死体の山と血の海を築き、怨念は今も地を這いずり、怨嗟の声が響いてくるほどにね』
パラをはじめとした広域通信型風精機たちがベラドンナ同盟軍の全軍に繋いだ通信網を通してその声は流れている。それはまだ性が未分化の、幼子の声だ。竜の血を浴びて成長が鈍化したベラの姿は未だ童のもの。男でも女でもない、本来であれば遊び盛りの子供の年頃のはずだ。けれども彼女を侮るものは敵にも味方にもいない。敵は侮った幾千の同胞の末路を知るが故、味方は幼きその背に導かれてここまで来たが故。
『そして最後は驕ったクソババアが討たれて負けて終わった。この場の全員が知っての通りにね』
その言葉にどこか自嘲したものを感じたのは気のせいではないだろう。
『ローウェンは退いた? 痛み分けだった? ハッ、その後のことなんざぁ知ったこっちゃない。何せ『アンタらは知ってる』はずだ。英雄なんぞに祭り上げられて、国々の礎になるなんてことが本当にあのババアの望みだったのかってことをね。負けは負け。くたばったババァなんぞ糞以下のゴミだ。そんなゴミをあんたらは飾り立てて英雄に仕立て上げた。だがね』
その言い様にガイガンは苦笑いする。ベラ・ヘイローがクィーン・ベラドンナを嫌いだというのは彼女の仲間内では有名な話だが、さすがにこうした場での発言ではなかった。それがこうもはっきりと言われては戦いが始まる前に士気が下がるのではという懸念があったが、不思議と不満の声は上がらない。反発は古き世代にこそなかった。彼らは知っているのだ。クィーンであればそう口にするだろうということを。自分たちが奉った英雄の姿は偽物だと理解しているのだ。
『『あたしゃ、帰ってきたよ』』
声が陣の中に響いた。その場にいる全員がその声が幼き者ではなく、しゃがれた老婆のもののように聞こえた気がした。
『ま、英雄なんざ死んでから初めて使えるもんだ。気に食わないが、理解はしてやる。あたしでもそうする。嬉々としてゴミを飾り立てて指を差して笑ってやっただろうさ。そんでそれがあたしの可愛い部下どもの慰めになったってんなら、まあそれはそれだ。そうせざるを得なかったアンタらを否定しやしないさ』
懐かしき声に老兵の目から涙がこぼれ落ちる。もう二度と聞けぬ声が彼らの脳裏に届いている。同時に全身から力が溢れてくるのが分かった。かつての戦争の頃を彷彿とさせるような意志の炎がその身に灯った。かつての負け戦を取り戻すのだと。言い訳に塗れて心の奥底に封じ込めたはずの敗残兵たちが目を覚まして立ち上がろうともがき始めた。
『だからあたしが戻ってきた理由はそうじゃない。あんたらの知っているあたしなら理解できるだろう? 負けっぱなしじゃあどうにも性に合わない。死んでも死に切れない。あたしを殺した奴が生きてる。それだけで未練たらたらで蘇るくらいにあたしが意地汚いってこたぁみんな知ってるはずだ』
新兵は地の底から己の内へと何かが宿るのに気付いた。それは黒い情念だ。それは呪いだ。その地に宿る禍々しき古強兵たちの魂が再び戦うために若き肉体に憑こうとしていた。それを新兵たちは抵抗なく受け入れる。なぜならば宿るのは古き友だと彼らは理解できていたからだ。力を、意志を、この一戦のためにすべてを注ごうというのであれば古き戦友たちの手を払う必要などどこにもなかった。共に戦い、殺して死のうと笑みを浮かべた。
『最後の戦い。あたしの目には上等なド頭が見えた。皇帝ジーンのだ。そいつにカブりつこうとはしゃいだところに矢を撃たれて死んじまった間抜けがあたしってわけだ。あんたらもそうだろう? ここにいるのはみんな負け犬どもだ。死んでないだけで死んでいたのも同然の連中だ。あんたらもそうだろう? この十三年ずっと考えていたはずだ。頭にこびりついた糞を削ぐ方法を、餓えた怒りの矛先を、萎えたガーメをおっ勃てる手段を、牙を研ぎながらずっと考えていたはずだ。あたしがそうだったんだ。あんたらもそうであるはずだ。そうであるべきだ!』
そう言ってベラは『アイアンディーナ』にウォーハンマーを掲げさせる。
雌伏の時はここに至ったと、それを皆に告げるために。
『さあ、見ろ。目の前にあるのはすべてお前たちの腹を満たすための餌だ。この日のためにブクブク太らせた最高級の豚どもだ。そして我らは狼だ。獰猛で、粗野で、獅子すらも噛み殺す狼だ。であれば、分かるな狼ども!』
そう言ってベラは『アイアンディーナ』を一歩踏み出させながら咆哮する。
『存分に駆けていけ。唸り声をあげながら近付いて咆哮しながら飛び掛かれ。牙を突き立て、断末魔の悲鳴に心はずませながら存分に噛み砕き、連中のすべてを喰らい尽くせ。全軍突撃! 今日この日でローウェンを終わらせるんだよ!』
そして鬨の声をあげながら全軍が動き出した。
次回予告:『第371話 少女、照れる』
みんなが一致団結してひとつの目標に向かって突き進む。まさしく物語の王道ですね。そして、まるでお婆ちゃんが乗り移ったかのようなベラちゃんの演技にみなさん心を打たれたようです。演技派ベラちゃん。将来はたくさんの男たちを哭かせる悪女になってしまうかもしれません。




