第368話 少女、うんちと言う
あけましておめでとうございます。
年内最初の更新です。今年もよろしくお願いします。
「揃ったもんだねえ」
ディアナの門よりゼーラ高原に帰還したベラがそう呟いた。
その地の一角に並ぶはベラドンナ自治領、モーリアン王国、マザルガ聖王国、シンラ武国、エルシャ王国、傭兵国家ヘイロー、ルーイン王国、パロマ王国等等のローウェン帝国と対立する国々からやってきた軍隊。また各軍にはそれぞれの国の紋章旗と並んで蒼き竜の紋章旗も掲げられていた。それはベラドンナ同盟軍の象徴だ。
蒼竜はかつてイシュタリア大陸に訪れた竜王を示すもの。そして、かつて蒼竜王がイシュタリア大陸を訪れたのは、この地の竜の有り様に激怒したためであった。
ベラドンナ同盟軍はクィーン・ベラドンナの名の下に再びローウェン帝国を討つべく結成されたものだが、同時にこの蒼竜の紋章はこの大陸の指針である蒼竜協定に則り、ローウェン帝国が復活させた竜を不当に扱っていることに対し、蒼竜王に代わって罰を下す……という意味合いがあった。
無論ベラたちがすでに数百年姿を見せておらぬ蒼竜王と繋がりを持っている訳もない。が、ロックギーガをはじめとする竜の群れがベラに従う姿を見れば、兵たちに己らが正しい側にいるのだと示すには十分であった。
「ベラ将軍。早速一矢報いたそうじゃあないか」
「ハッ、手土産を手渡して少々お待ちくださいって言ってきただけさ」
「相変わらずお美しい」
「よしなよ。貴族趣味だと見られたら士気に関わるよ」
「そんでベラ将軍、連中はいつ来そうなんだ?」
「ゼック将軍かい。慌てんじゃないよ。よし全員揃ってるね」
ベラがゆっくりと豪奢な天幕の中を進み、上座の席へとポンと座る。
それを咎める者はここに存在しない。この場の誰もが出会った当初こそ狼狽えたし疑いの目を向けもしたが、その有り様を見て疑心など消し飛んでいる。少女が戦場で己の価値を示し続けたことを知っている。
それ故にこの場にいる全ての将たちはベラ・ヘイローという英雄に畏敬の念を抱いている。自身たちの頂点であると認めている。そして、少女はそれを受け入れ、この場にいた。
「さて。この場に全員集まってくれたことに感謝の言葉もない。パロマのも遠いところからよく来たね」
「いいえベラ将軍。かつての汚名を雪ぐ機会を与えてくれたこと、ありがたく思います」
パロマ王国はかつてローウェン帝国に唆されてルーイン王国へと侵略を行った。元よりパロマ王国とルーイン王国は犬猿の仲であるために嫌々侵略した……というわけではなかったが、軍の暴走により生まれた新生パロマ王国に侵略の責のすべてを押し付けたことで表向きの責任を逃れることに成功していた。
当然のことながらルーイン王国もただ水に流したというわけではない。傭兵国家ヘイローの後ろ盾もあり、表向きは新生パロマ王国を協力して討ち取ったことにしているが、戦後の条約の多くはルーイン王国優位で結ばれ、今回の参戦も踏み絵、或いは禊の意味が含まれていた。
「さぁて諸君。帝国がついにここを糞溜めにしようと糞を垂れ流し始めたよ。まったくゲテモノばかり溜め込んで腹に入れてるから食傷気味になっちまうのさ」
そこまで言ってからベラは肩をすくめて鼻で笑いながら周囲を見渡す。その場にいるのは歴戦の勇士たち。ローウェン帝国の接近を告げられても誰ひとりとして一歩も退いた様子がないことを確認してから言葉を続けていく。
「んでだ。すでに報告はそれぞれにも届いているとは思うが、糞どもは現在ディアナの門をブチ破って渓谷内に流れてきている」
シンっと静まり、
「あたしらの目論見通りにね」
次の瞬間には全員が獰猛な笑みを浮かべた。
すべては予定されていたこと。ローウェン帝国の側とてそうだろう。結局のところ、ここまでは細部の違いはあれど此度の戦は過去の焼き直しだ。
地勢的に正面からぶつかり合える場所は限られており、どちらも力でねじ伏せる戦いの舞台を望んだ。それがこのゼーラ高原であり、状況は今のところベラドンナ同盟軍に有利に動いているように見受けられた。そう感じている面々にベラが少しばかり申し訳なさそうな顔をして口を開く。
「ただ、少々不味いこともあってね」
「不味いと言いますと?」
「うちのリンローが粗相をした。つい調子に乗って八機将のひとりを討っちまった。おかげであたしはアンタらの取り分を奪っちまったことをどう詫びようかとビクビクしながらここに来たんだよ」
その言葉にドッと笑いが漏れる。
「それではリンローは一週間おやつを抜きにでもしてもらえますかねベラ将軍」
「なるほど、約束しようじゃあないか」
「ゼックにベラ将軍。あまりふざけないでもらおう。それに獲物はまだ残ってる。我らは我らでそれらを討ってみせればよろしい」
ニオーの言葉に各国の面々が頷く。その様子にベラが肩をすくめながら「そう言ってくれて助かるよ」と返した。
「少々減ったがまだまだ喰いごたえはある。ま、所詮は糞の塊だが人によっては黄金の価値になるだろうよ」
**********
同盟軍本部の天幕内でベラたちの話が進む中、周囲では兵たちがざわめいていた。それは合流した兵たちから今回のベラたちの戦果が急速に広まりつつあるためだった。
「ベラ将軍がまた八機将を討ち取ったらしいぞ」
「今回はあの方の配下の手によるものだそうだ」
紡がれるのは当然のごとく賞賛の嵐。ディアナの門を奪われることは問題にはならず、ローウェン帝国に対して徹底的に打撃を与えたことのみが過剰なニュアンスと共に伝達されていく。
「八機将といえど彼の方の敵ではないということだ。帝国が認めていないデイドンをはじめ、獣神アルマ・ゼダン、獣魔ドルガ・ゼダン、圧殺シャガ・ジャイロをベラ将軍は討ち倒している!」
「そして竜牙キリル・デンの首も今回で挙げた」
近年ではどうにか対抗できるようになったとはいえ、初期の獣機兵や竜機兵の鉄機兵を凌駕する暴力の嵐は彼らの心に深い傷跡を残していた。そもそも戦いになるのかという疑心が長年支配していた。けれどもそれをベラたちは塗り替えた。その活躍は彼らに勇気を与えていた。
「それにザラ王国も八閃ソーマ・カイオーを討ち取ったのだろう」
「刀神バル・マスカーが代わりについちまったが……勝てない相手じゃあないんだ」
或いはベラ・ヘイローではない者が成した事実の方が彼らの心には響いていたのかもしれない。特別ではない者に倒された特別はすでに特別とは言えない。八機将はもはや絶対者ではなくなっていた。
「それにだ。噂じゃあ国剣ネア・オーグ・サディアスは反乱で拿捕されたそうじゃあないか」
「銀光ウォート・ゼクロムもここ数年、戦場では見かけていないらしいぞ」
国剣は言わずもがな。ロイの護衛にいたウォートは前線にいないために、不明の八機将と呼ばれている。そのため、存在そのものが偽りであるとも言われていた。
「だとすれば残りは霊機ゾーン・タオラと刀神バル・マスカー」
「そして我らが英雄を騙るジェネラル・ベラドンナと帝国の首魁である皇帝ジーン」
「鷲獅子大戦とは違う。風は俺たちに吹いている」
兵たちの期待は高まる。
「この戦い、勝てるぞ!」
そして決戦はもう間もなく……
次回予告:『第369話 少女、鉢合わせる』
うんちうんちと口にする。少々お下品ですがベラちゃんの子供らしい一面が見れたのではないでしょうか。翻訳の問題で少々表現が変わっていますがお気になさらぬようお願いしますね。




