第365話 少女、ガッカリする
その日、ディアナの門では戦の音が鳴り響いていた。
モーリアン王国軍が防衛都市ナタルを落としてディアナの門まで侵攻してからすでに半年。その間、幾度となく進軍してきたローウェン帝国軍の攻撃を退けた堅牢なる要塞であったディアナの門ではあったが、けれども今日、新たなる戦いの形によってついにその守りが崩されることとなる。
「竜騎士たちが入り口を開けたぞ。このまま中を占拠し門を奪うのだ」
「今日より、これは我らが盾、我らが護りとなる」
「傭兵あがりの女の手先に使わせるものではないと知れ」
ディアナの門への入り口は開けられ、ローウェン帝国軍が次々と入っていく。それをこの場を守っているベラドンナ自治領軍には止められない。
『くっく、最初は冷や汗をかかされたが……杞憂であったな』
その言葉が出たのは、ディアナの門の上部に立っている竜機兵の操者からだった。彼の名はキリル・デン。ローウェン帝国が誇る八機将のひとりにして竜牙の二つ名を持つ男だ。
キリルは敵の鉄機兵が近づけぬ高み、ディアナの門の屋上にて仲間の竜機兵と共に並び立っていた。そして眼下には慌てふためくベラドンナ自治領軍とそれを追い詰めているローウェン帝国軍の姿があった。
彼らの作戦は簡単だ。竜牙キリル・デンを中心とした 竜機兵部隊『竜の爪』が空からディアナの門に強襲を仕掛けて屋上から兵を送り込む……というものだ。どれだけ強固であろうと守りの弱い場所を攻められればどうしようもない。無論、この地を護るベラドンナ自治領軍とて何も準備をしていなかったわけではない。自軍にも空を飛べる戦力がある以上は、相手も同じように動く可能性があると考え対策も行っていた。
だからこそ放射系の巨獣兵装持ちの獣機兵三機が空からの攻撃に対して屋上に配備されていたのだが、竜機兵の機動はその砲撃を容易に避け、彼らを撤退に追い込んだ。屋上から一気に滑り落ちる仕掛けがあったことにはキリルたちも驚いたが、重すぎる巨獣兵装は放置されたために作戦に支障をきたすことはない。キリルたちにとって重要なのは逃げる敵ではなくこのディアナの門だ。
そうして屋上を瞬く間に奪い取った彼らによって運び込まれた兵たちが城塞の如きディアナの門内を上から順に占拠していき、ついには門を開くことに成功したのが今だった。
『皇帝陛下も此度の成果にはご満足なさるだろう。そして空を飛ぶ部隊の運用にかけては、もはや連中に後れを取ることはないと理解してくださるはずだ』
キリルが満足げな顔でディアナの門を見下ろす。
実のところ、竜機兵部隊は獣機兵に勝る性能を持つために戦場でも大きく活躍はしていたものの、空を飛ぶことを生かしての作戦を組むことは少なかった。
そもそも空を飛ぶということは常に死と隣り合わせの行為だ。高空からの落下は竜機兵の装甲でも耐えきれるものではないし、獣機兵よりも強くて変異が難しく稀少な竜機兵を無意味に散らせぬようにと軍が判断するのは当然のことではあった。
そもそもベラ・ヘイローのように単機で敵の陣地に空より強襲して壊滅させるなど本来であれば英雄願望を通り越してただの自殺行為に近い。故に戦場の花形たる彼らにソレは求められることはなく、飛行能力はもっぱら急ぎの移動手段としてのみ使用されてきた。
無論、従来の進軍速度を大幅に上回るエース部隊の存在は確かに有用だ。けれども一方で己らと同じ能力を持つ相手が敵にいて、それが彼らにとってあまりにも理想的に戦場の空を飛んで活躍している様を聞けば穏やかでいられるはずもない。
(巨獣兵装を門の上に置いたことには驚いたが、こちらの評価を誤ったな。貴様にできることが我らにできないと思ったか?)
キリルが鋭い視線をディアナの門の外、ベラドンナ自治領のある方へと向ける。キリルたちが飛行訓練に明け暮れている頃、ベラは竜機兵もどきの機体で次々と戦果を挙げてきた。戦場に空という概念を運び込み、ローウェン帝国軍を恐怖に陥れてきた。
本来であればその恐怖は自分たちが敵国に送るものだったはずなのだ。だからこそ自分たちは後れを取り続けたと、奪われたとキリルは感じていた。
(見ていろベラ・ヘイロー。紛い物ではない、本物の竜機兵を、俺が貴様に味わわせてやる!)
けれども、今回より彼らは戦場を飛び立つことを許された。ディアナの門という難攻不落の城塞を落とすためにやむなくではあったが、これを機に竜機兵の飛行能力の有用性を軍内に広め、ベラ・ヘイローの名で染められた空を取り戻す……と彼らは望んでいた。そして今日、その第一歩は成った。
鉄機兵の届かぬ頂き、ディアナの門の上に並び立つ竜機兵たちのなんと精悍なことか。しかし……
『おいおい、気でも狂ったのかね連中? テッペンで仁王立ち? ただのカカシじゃないよねぇ?』
唐突に彼らの通信機から声が聞こえた。それは所属を問わぬ全周囲に向けられた回線からの声。それは愚か者を嘲笑うかのような少女の声だった。
『おっと、こっちを向いたね。カカシじゃなくて安心したよ。じゃあリンロー、撃っていいよ』
そして渓谷の上にキリルたちが視線を向けると赤い光が発せられ、次の瞬間に炎の矢の雨がディアナの門の上へと降り注いだ。
『は?』
キリルの顔が唖然としたものに変わり、一斉に放たれた計二十三発の炎の矢が竜機兵たちを襲う。ある者は直撃し、ある者は転げて落ちて、ある者は飛んで逃げようとして制御できずに落下して自軍を巻き込んで死んだ。さらに再度放たれた炎の矢によってディアナの門の屋上は火の海となった。
『ヒャッハァ、燃えてるねぇ』
そんな中を機械竜デイドンに運ばれた鉄機兵『アイアンディーナ・フルフロンタル』が飛んで突撃していく。
けれどもベラがディアナの門に近づくと眉をひそめた。
『チッ、こいつはしくじったね』
ベラが溜息を吐き、苦く笑う。
そうしたベラの反応はかなり珍しいものではあったが、戦場とは常、何が起こるか分からぬものだ。ベラの想像を超える事態が発生したとしても不思議ではない。良し悪しにかかわらず。
『あたしが八機将撃破記録を伸ばそうとしたのに、リンロー……アンタが殺っちまってどうするんだよ?』
大袈裟なリアクションを行いながら嘆いたベラの言葉に渓谷の上からォォオンという咆哮が響いた。渓谷の上、鉄機兵ですらも登れぬ険しいその場所にいたのは、たった今攻撃を放った機械竜『リンロー』と、彼と『アイアンディーナ』を光学迷彩で隠していた混合魔獣『ザッハナイン』であった。
そしてベラの言葉の通りにキリル・デンはすでに死んでいた。さすがに相手は八機将。リンローの初弾で死ぬとはベラも思っていなかったのだが、運悪く操者の座を護る胸部ハッチごと炎の矢が突き刺さって即死したようだった。
『バルならカタナで斬り裂くぐらいはしたんだろうが……なんだか浮かれていたようだったし、油断でもしたのかもねえ。ま、ともあれだ』
不満はあれど戦果は満点だ。誰もいなくなったディアナの門の屋上で『アイアンディーナ』にウォーハンマーを掲げさせながらベラが口を開く。
『八機将のキリル・デンはリンロー・レオブラントが討ち取った。敵航空部隊も壊滅し、目標も達成した。もはや止まる意味はない。全員、即座にディアナの門を放棄して退却しな!』
その指示にディアナの門内で抵抗を続けていたベラドンナ自治領軍の全兵がこれまでの苦戦が嘘のように規律正しく動き出した。
傷付いた者もいただろう。戦死者も出ただろう。けれども彼らは己の囮としての役割を見事に全うしていた。そして戸惑うローウェン帝国軍を牽制しながら彼らはディアナの門を出て、殿を務める『アイアンディーナ』に護られながらゼーラ高原の方へと退却し始める。
「逃げたぞ、追え!」
「キリル様の仇討ちを!」
「空を飛んだ。奴が本物のベラだ!!」
八機将のキリル・デンが討たれ、竜機兵部隊『竜の爪』も壊滅した。ローウェン帝国軍の目の前にはそれを成したベラ・ヘイローがいる。幾人もの八機将を葬ってきたその赤い機体を討ち取れば、キリル・デンが倒されたことを帳消しにできるどころか、倒した者は新たな八機将に任命される可能性すらもある。餌としては最上級のもので、ローウェン帝国軍も状況の不確かさに戸惑いつつも追うしかなかった。
しかし美味い話というのはそう簡単に転がっているものではない。
『浮き足立ちすぎじゃあないっすかねぇ。まあいいっすけど』
ローウェン帝国軍が『アイアンディーナ』に近づき、移動速度の差で隊列が伸び切ってきた……その時である。
『岩を崩しても面白みはないが……潰れていく人間の出す悲鳴はまあまあ嫌いじゃぁない。せいぜい泣いてくだせぇよ旦那がた』
突如として渓谷の右上部が爆破され、砕けた岩が雪崩れ込んでローウェン帝国軍を分断していく。それを成したのがひとりのドラゴニュートであることを知っているのはベラたちを含めたごく一部だ。
『よくやったよジャダン。さあ生き残りをぶっ殺してとっととトンズラするかい』
ベラの言葉に兵たちが呼応してUターンをすると、分断されて孤立したローウェン帝国軍へと襲い掛かる。そしてベラドンナ自治領軍は先行していたローウェン帝国軍を壊滅させると、瓦礫の裏で叫んでいる後続のローウェン帝国軍を放置して再びゼーラ高原の方へと退却していったのである。
一方でローウェン帝国軍は崩された岩に邪魔されてそれ以上は進めない。いや、仮に動けたとしても再び同じことを繰り返されれば全滅もあり得る状況だ。彼らはディアナの門に退却し、本隊と合流する以外のすべがなかった。
こうしてローウェン帝国軍はディアナの門を奪うことは成功したものの多くの戦力を奪われ、また今後の進軍に大きな遅れを出すこととなる。
そして、その戦いがベラドンナ自治領に本格的な侵攻を開始したローウェン帝国と、ベラドンナ自治領軍、モーリアン王国軍などを含むベラドンナ同盟の最初の激突となった。
かつて鷲獅子大戦と呼ばれる戦争があった。
侵略を開始したローウェン帝国と、それに対抗するために生まれたドーバー連盟。
ドーバーの名は最初に帝国に侵略された小国の名だ。生き残った王族の要請を受けて国々が立ち上がったというストーリーによって作られたその国家連合はローウェン帝国に敗北したものの、疲弊した彼らを引かせることには成功した。
そしてその大戦から十年以上が経過した今、再び戦いの炎が決戦の地に灯される。やがては第二次鷲獅子大戦と呼ばれるローウェン帝国と周辺国との戦争の、その最終局面がいよいよ始まろうとしていたのである。
次回予告:『第366話 少女、待ち合わせをする』
さて、少しだけ時間が経ちましたがベラちゃんたちも遊んでいたわけではなく、お客様をお招きするための準備をしていました。やってきたお客様に満足してもらえるように、せいいっぱい派手なパーティを開催するといたしましょう。




