第360話 少女、卵を調べる
ケフィンからの連絡があった日から三日後、ヘイロー軍オルガン兵団のウルフタイプ部隊が防衛都市ナタルに帰還を果たした。
また異形となった『レオルフ』を鉄機兵用輸送車に乗せての強行軍であった彼らと共にロックギーガたち五体のドラゴンも姿を見せたことで都市はわずかに騒然となった。
もっともナタルの住人は先の敗戦時にもドラゴンの姿を見ていたし、ベラたちがヘイロー軍を抜けてベラドンナ自治領に編入したという話もあらかじめ市内に周知されていたために騒ぎはすぐ治ることとなる。
それから後続の軍がナタルに到着したのはさらに二日後のことだった。
なお、その中にゼック率いるモーリアン軍とマイケル率いるベラドンナ自治領軍の姿はなかった。彼らは壊滅したザナック将軍率いる自治領軍の代わりに門の護衛を行うために残留していたのである。
そして帰還したヘイロー軍の竜撃隊隊長兼総団長代行ガイガンとオルガン兵団副団長ビードは到着早々、休みを取る間も無くベラの前に出頭したのであった。
「申し訳ございません」
「我々が不甲斐ないばかりに」
用意された部屋の中でふたりの男が膝をつき、頭を床に擦り付けて謝罪をしている。片方は歴戦の老戦士、片方はオーガタイプの半獣人。どちらもが普段は見るものを威圧するだけの気配を纏わせていたが、今この時の彼らは叱られた子犬の如き有様だった。その様子にベラはため息をつきながら「顔を上げなふたりとも」と口にした。
「ただでさえ厳ついアンタらがそんな辛気臭いツラし続けてたらこっちが萎えちまうんだよ。シャキッとしな。あたしの軍に湿気った乾茸はいらないんだ」
「「ハッ」」
両者がベラの言葉に顔を上げる。もっともその表情に浮かんでいるのは悲壮。それはそれだけガイガンたちが今回の戦いの被害を重く見ているという証左であった。
「ったく、なんてツラしてんだい。あんたらがそうなるのも分からなくはないがね。多くの戦士を失った。カザンも死んだ。ここ最近じゃあ一番大きな痛手ではある」
ベラの言う通りにディアナの門を護っていたローウェン帝国軍との戦いは予想以上の被害を被る結果となった。何しろあちらの鉄機兵は勝ち目がないと悟るや否や自爆攻撃を仕掛けてくる。歩兵にしても相手を避けずに対鉄機兵兵装を放ってくるのだ。当然鉄機兵は無防備な歩兵を倒せはするが、対鉄機兵兵装も受けてしまう。
実際、歩兵ひとりの命を犠牲に鉄機兵の機動性を削げるのであれば、それは大きな戦果には繋がるのだ。普通であれば自らの命を投げ出してまで戦果を上げようという者がいないというだけで。
ともあれ、そうした事情を踏まえた上でも今回の失態はガイガンたちにとっては許し難いものだったのだろう。何しろ今回はベラが外れての軍事行動だ。ベラがナタルを離れられない事情があったにせよ、軍を自分たちに任せられたのは信頼あってこそのものだとガイガンたちは理解していた。だからこそ意気込んで挑んで結果がこの有様なのだから彼らの意気消沈ぶりは半端ではなかった。
(気持ちは分からんでもないけどね)
ベラは少しばかり嘆息してから「とはいえだ」と口にする。
「ディアナの門は奪ってきた。あんたらも生還した。どうやってか相手がこちらの動きを読んでいたことを考えれば、これはこれで悪くない戦果ではあったんだろうさ」
「し、しかし……リンロー団長は」
「ヤツはまだ生きてはいる。それで十分だよビード団長」
ベラの言葉にビードが肩をビクリと震わせた。
「俺が団長ですか?」
「他に誰がいるってんだい?」
「リンロー団長は……」
「死んではいないがアレはもう指揮はとれない」
ベラの言葉にビードが苦渋の表情を見せた。
ビードもそうなる可能性は考えていた。けれども突きつけられた事実は彼の心に氷柱を突き刺すが如き衝撃を与えた。オルガンとリンローという半獣人たちの精神的支柱が失われたこと、己が代わってそれを背負わなければならないことに震えていた。
「もうあいつらには頼れない。アンタが支えるしかない。分かるねビード? 時間も命も戻すことはできないんだ」
「は……はいっ」
ビードが深く頭を下げる。それは今日この時を持ってオルガン兵団の団長にオーガタイプの半獣人ビード・カルナックが就任することが確定した瞬間であった。そしてガイガンたちよりも早く戻ってきたリンローの様子だが……
**********
「ずいぶんと丸くなったじゃあないかリンロー」
ガイガン、ビードとの話を終えたベラが次に足を運んだのは都市内の隔離したガレージであった。
「やあやあベラちゃん。彼、なかなかに興味深いことになってるよ」
そこにはマギノとボルド、それに巨大な卵のような物体とそれを護るように立つロックギーガがいた。
「マギノ、余計なことすんじゃないよ。そいつはバラしたら元に戻んないんだ。あとボルドはサボってんじゃないよ」
「はいはいご主人様。けど、この状態じゃあ俺がやれることなんざ、ほとんどねえんだけどな」
「言い訳は聞きたくないね。ロックギーガもご苦労だったね。リンローを護ってくれているのかい?」
「グガァアア」
ベラの言葉にロックギーガがガッガッと笑い声をあげた。
己が眷属たる槍尾竜カザンが死んだのはロックギーガにとっても悲しむべきことではあったが、カザンの命を受け継ぎ、より『自分たち』の側に近付いた仲間が誕生するのは彼女にとって歓迎すべきことであった。
「様子はどうだい?」
「見ての通りだご主人様。アンタの相棒のときと同じだよ」
ボルドが殻をコンコンと叩く。それは鉄機兵が次代の鉄機兵を生む際に造り出す機誕卵と呼ばれるものだ。『アイアンディーナ』が現在の形に変わった時にも同様の状態となったが、そのサイズは『アイアンディーナ』の時よりも大きく、全長は10メートル近くもあった。
「鉄機兵用輸送車で運んでる途中でこうなったらしいんだが、まあ中の反応はあるから生きてはいるんだろうさ」
「バルくんと対峙した特に極めて短時間で進化したせいで随分と脆くなってたみたいだからねえ。今は再構築中ってところかな」
ボルドとマギノ、ふたりの言葉を聞きながらベラが機誕卵を観察する。わずかに淡い光が出て、内部に何かの影が見えるがそれが一体どういうものなのかまでは今のままでは分からない。ただ門での戦いでの状況からして大量の砲身を持ったモノになるのでは……という推測はされていた。
「再構築中ねえ。それでリンローはどうなったんだいマギノ?」
「そうだねぇ。最初に聞いた話だと大丈夫だとは思っていたんだけどね。ここまでデキあがっちゃうとちょぉーっと分かんないんだよねぇ」
マギノが苦笑しながら肩をすくめる。
「そいつはコレが目覚めた時にはリンローではなくなってるってことかい?」
「その認識は正しくないね。どのような形になったとしても彼は彼だ。けれども誰しもが自分ってもんを強く持っているわけじゃあないんだよ」
「何かの説教かい、それは? 大神教の稚児趣味の坊主にでも宗旨変えしたのかね?」
訝しげな表情を向けるベラにマギノが首を横に振りながら機誕卵を指差した。
「現実的なお話だよベラちゃん。ほら見てみてよ。彼は今、自分を変える機会を得た。変わりたい自分になれる選択を得てしまった。それはね。自分というものがない人間にとっては非常に危険なことなんだ」
「よく分かんないねえ」
「こうなりたい、ああなりたいなんて思うことがあっても確たるものがなければそれを正しく形造るのは難しいということさ。君のように意志の強い人間なら別なんだけどね。ま、リンローくんにはベラちゃんという寄る辺があるから形造れず霧散するってことはないだろうけど……ただ以前の彼と同一かは神のみぞ知るというところさ」
「ふーん、そういうもんかね」
ベラはそう返しながら機誕卵の前まで来てコンっと殻を叩く。
「ということなんだが、聞こえてるかい? 怒ったりはしないからさっさと起きるんだよ」
その言葉に機誕卵の発する光がわずかに揺らいだ。そこにリンローの意思を確かに感じたベラは笑って頷く。
「ふん、ちゃんといるじゃあないか。だったら目が覚めたら思う存分にこき使ってやる。それまでせいぜい羽根を休めておくんだねリンロー」
次回予告:『第361話 少女、時を感じる』
リンローお兄さんが情けない自分から生まれ変わろうとしています。
頑張れリンローお兄さん。ベラちゃんも応援していますよ!




