第359話 少女、老人と会う
「なるほどね。あらかた理解したよ。よくやった。早く戻って来いと伝えておくれ」
『すでに移動は開始している。数日中には戻れるだろう』
防衛都市ナタル。その領主の館の、とある一室でそのようなやりとりが交わされた後、館の窓から赤い鳥が翼を広げて飛び立っていった。そして部屋の中にはベラと従者のパラ、それから急ぎヘイローからやってきたマギノと、もうひとり老人が座っていた。
「ほっほぉ、今のは獣人の憑依術ですな。鳥があのように喋れるというのは興味深い」
「はは、あれはブックパロットと言うんだよリガル宰相。僕も一度調べてみたいとは思ってるんだけどねえ。ケフィンくんが許してくれないんだよ」
「ブックパロットは数が少ないんだ。あんたに渡したらバラしちまうだろ。鉄機兵と違って組み立て直せないんだから諦めな」
毒づくベラにマギノがはっはっはと笑った。
その彼らの様子を楽しそうに見ている者の名はリガル・トローペン、このベラドンナ自治領の宰相だ。降伏した千鬼将軍ゾーン・ドゥモローからの報告を受けた彼は事もあろうか、護衛のみを連れた形で首都ベラドールより直接ここまでやってきていたのである。
「オウムの声帯は人の言葉も扱えるものだとうかがっておりましたが、あのように伝令に使えるとは便利なものですな」
リガルが感心した顔で頷く。
魔獣使いは通常、軍に雇われる形で組み込まれることが多く、その用途は大体はマドル鳥による長距離間の伝令とローアダンウルフの偵察に限定される。それは魔獣使いが手の内を秘匿しているためでありこうした軍隊の伝令に使われることは珍しい。
「北の部族から仕入れたってケフィンが珍しく自慢してきたヤツだからね。それでマギノ、聞いてたね? リンローが機体と融合した」
「うん、そうだね。ここまで戻ってこれればいいんだけど」
「死んだカザンを喰らって安定はしたらしいが」
カザンはディアナの門に送り出したドラゴンの一体であった。
ケフィンの話では罠にはめられて落下した後に殺されたとのことだったが、死にかけたリンローと『レオルフ』の融合体に亡骸は吸収されたそうであった。
「竜の因子が強くなりすぎている気はするが……それならひとまずは安心かなぁ。早く連れ帰ってきて欲しいものだけれども」
それはリンローのことを心配をしているわけではなく、変異後の状態に興味を惹かれているが故の言葉であった。
「マギノ、このままあいつはロックギーガのようになっちまうかい?」
現在ドラゴンを取りまとめている槍鱗竜ロックギーガは元鉄機兵と融合した女槍使いであった。現在ロックギーガとその眷族の一部が槍のような形状となっているが、それは人間であった頃の名残だ。
とはいえ、現在のロックギーガに人間であった頃の名残は槍くらいである。であればリンローもというベラの懸念に対してマギノは首を横に振った。
「絶対とは言えないし、本人の意思次第ではあるけどね。あまり変わらないんじゃあないかな。『君の前』では……だけど」
その返しにベラが苦々しいという顔をする。
ベラの血を受けたリンローはドラゴンの種族に加わり、ベラの眷族となっている。それはある種の呪いに近く、リンローの意思を大きく削ぎ落としていた。
「最近じゃあマシになったと思っていたんだがね。それもお終いかい」
「ドラゴンってのは環境に応じて、必要に応じて『そうあれかし』と進化する。彼は君がそう望むからそうなった。健気じゃないか」
「チッ、糞食らえだね」
すべてはベラ・ヘイローのために。しかし、そこには本当にリンローの意思があるのか……強制的に歪められているのではないか……そんな思いが拭えない。
(まあ、なるようにしかならないか)
ベラもそう思うしかなかった。それからわずかにため息をつくとリガルが眉をひそめた。
「話の筋が読めませんが、問題が起きたということですかな?」
「アンタとあたしの共通の大きな問題は解決した。けど、個人的な問題はもう解決しない。ただそれだけのことさね。お互い、こんな生き方だ。いつものことだろ」
ベラがそう返す。いつものこと。けれども、それは何も感じないと言うことではない。そしてベラの想いを理解したのか、リガルが頷く。
「確かに……ワシは置いていかれてばかりですからな。ふふ、老人にはもう慣れたものですが。それでは話を戻しますか」
先程ケフィンからの報告を受けたベラだが、元々はリガルの会談の途中であった。そして、その内容は……
「竜撃隊、オルガン兵団などのヘイロー軍をベラドンナ自治領軍に編入させるということでよろしいのですな? ヘイローに組み込むわけではなく」
「さすがにそれはモーリアンも認めないし、飛び地にするには距離があり過ぎる。それにあたしらも客人より当人である方が気も楽でね」
「国の方は良いので?」
「あたしらがここにいる時点で問題がないのは分かってることだろう? 自立できるだけのことはしてきたつもりさ」
ベラがそう返す。
この地に根をおろすことはベラドンナ傭兵団の頃から決めていたことだった。
傭兵国家ヘイローを議会制にしコーザを議長に据え置いたのもこのときのためだった。自身を自由に動かせる立ち位置を維持してきた。想定した状況とは随分と変わったが、それでもこうなることは必然であったのだ。
ローウェン帝国と真正面から戦うために目の前を陣取る。彼女に付き従う者たちもすでにここにいる。ガイガンたち竜撃隊を中心としたラーサ族の戦士たちと、ヘイローを安住の国とできなかった半獣人の集まるオルガン兵団。ケフィンたち獣人の部族もベラに従っている。そしてベラの血縁上の祖父であるアイゼン・ドーマ率いるドーマ兵団もベラが国を抜けた後は合流する予定であった。傭兵国家ヘイローが国として維持できるギリギリの戦力を残し、打倒ローウェンを掲げて彼らはベラの元に集う。
「いずれは兄弟国として仲良くっていきたいもんだが、それもこの先の戦いが終わった後だろうねえ」
「ですな。北はずいぶんと帝国有利で動いておりますゆえ、モーリアンの王都に向かったニオー将軍からは色好い返事がいただけるでしょう。坊を夫にと言うのは少々物足りなくはありますが」
クィーンの息子ベリス。すでに妻も子供もいる身ではあるが、リガルにしてみれば未だ鼻垂れの小僧でしかないようだった。けれども現状の分かれたモーリアンを元に戻す落とし所を考えれば、利用できる材料ではある。
「話を聞く限りでは旦那にするには物足りなさそうだがね」
ベラが薄く笑う。今日この時を以って、このベラドンナ自治領はベラ・ヘイローを頂点に置かれることになる。それはクィーン・ベラドンナの掲げていた傭兵国家の有り様からすれば自然なことだ。そしてベリス王とベラが婚儀を結ぶことでモーリアン王国ともひとつとなり、モーリアンの地はひとつの国に戻る。強引ではあるが、ローウェン帝国という脅威を前にすればそれはできないことではない。
「ま、咥える価値があればミルアの門ぐらいは開けてやるさ。なければ飼い殺すだけさね」
話を聞く限り、どうにも甘えのある男のようだとベラも聞いてはいるが、未だ会ったこともないのだから評価するにはまだ早いと考えていた。それからベラはリガルへと視線を戻した。
「しかしアンタも協力的だね」
「我らはもはや敗者でありますが故に」
「そっちもだが、敵対していたとはいえ、あのババアの息子なんだろ? あたしは場合によってはそれに手をかけるかもしれないよ」
「構いませぬ」
「ジェネラルとか名乗ってるババアは確実に殺すだろう。アレを本物と考えていたから、アンタも手を組んだんだろう?」
「ワシは……」
そう口にしたリガルの目には暗い光があった。
「坊にも言いましたぞ、力を示せれば我らは従おうと」
従えぬのは王族の血筋だけで長となろうとしたから。かつてのクィーンの参謀、クィーンの狂信者であるリガルは流儀に沿って従えるのならば何も言うつもりはなかった。けれども、それは無視された。保身故か義理故かベリスは王族派についたのだ。
だからこそ国を割った。そしてジェネラル・ベラドンナの存在を知ったからローウェンとも手を組んだ。表向きはローウェン帝国と手を組んだ後にジェネラル・ベラドンナが現れたことになっているが実態は逆だ。リガルは『大戦後に回収されたクィーン・ベラドンナが蘇生された』ことをあらかじめ知っていた。だからこそローウェンの手を握った。けれども……
「あの方にも言いましたぞ。再び傭兵国家を、我らの国を築こうと」
そのリガルの想いは叶わなかった。ジェネラルは拒否したのだ。帝国に対しての不義理と考えたのか、別の事情があるのか。けれども協力はすると返してきた。かつての仲間に対する義理故に。
「しかし、彼らはそれを行わなかった。あなたは違う。ベラ・ヘイロー」
老人の瞳には暗い炎が燃えていた。彼が望んでいたのは血筋でもない。義理でもない。生き様であり、その魂の有り様だ。かつて彼女の炎を得るためにその横にいた様に、老人は新しい炎に魅せられていた。自身が灼かれようとも微塵も後悔せぬほどに焦がれていた。
「強者こそがルール。それこそが我ら戦士の唯一無二の法なれば」
そうするべきこそが正しいのだとリガルは口にしたのである。
次回予告:『第360話 少女、支配する』
お爺ちゃんは失望し続けていました。
強さを示せぬ敵にも味方にも、かつての主人さえも駄目駄目でした。
そんなお爺ちゃんにとってベラちゃんはあまりにも眩しい存在です。
つまりお爺ちゃんはベラちゃんの愛らしさにメロメロなのです。




