第35話 幼女、狙われる
戦場に角笛の音が鳴り響いた。
時はパロマの兵たちによる奇襲の翌日の、その昼を越えた頃合い。
デイドン・ロブナールは前日に定めた予定の通りに、己が呼び寄せた手勢が到着したのと同時にその場のルーイン王国軍全体をまとめ上げて、パロマ王国軍の駐屯しているババール砦へと進軍を開始していたのである。
その角笛の突撃の合図に、兵たちは列をなして進軍していく。
ドロワ平原は遮蔽物の少ない土地柄であり、双方ともに相手の姿が見えるために戦いにごまかしが利かない。彼らは小細工もなく、そのまま進撃し目の前のパロマの軍勢と激突することとなる。
その進軍する中には、当然ベラたちベラドンナ傭兵団も加わっていた。そして、当然のようにベラドンナ傭兵団の先頭には赤い鉄機兵がいて先導していたのである。
『おお、わんさかいるねえ』
その、赤い鉄機兵『アイアンディーナ』の中にいるベラが、正面に隊列を組んで待ちかまえている騎士型鉄機兵たちを見ながら、笑みを浮かべた。
『やっぱり、貧乏クジ引いたみたいですねぇ。まあ、あんだけやらかしゃ当然でしょうが』
通信機からベラにそう告げたのはゴリアスだ。
現在、ベラドンナ傭兵団が相対するように指示されたのはアルカン騎士団というパロマ王国の騎士団である。如何にゴリアスが強面で通っていて、その武力もそれなりに高いとはいえ、この配置は正直に言ってよろしくないものだった。
ゴリアスは己の力量は騎士型鉄機兵の乗り手にも負けてはいないと自負しているし、それ自体は間違いでもない。しかし、傭兵団と騎士団とでは鉄機兵の集団としての連携の練度が違う。鉄機兵も人も、集団が一個の存在として機能すれば、個という存在をたやすく飲み込んでしまう。それをゴリアスは理解していた。
故に貧乏クジという言葉は、裏表のないゴリアスの率直な感情の吐露でもあり、ゴリアスは、その状況を呼び寄せたベラに恨み言のひとつでもぶつけたい気分になっていた。
そして、この配置を、ゴリアスはベラドンナ傭兵団がジョン・モーディアス直下の事実上の騎士団に該当するという理由を逆手に取った貴族たちの嫌がらせであると考えていた。
そして、その認識は事実ではある。加えて言えば、ベラはそれを喜々として受けていたし、指揮官であるデイドンも「であれば」と特に反対もしなかった……という事実も存在しているが、ゴリアスはそこまでは当然知らない。ただ、貴族たちの悪意はその肌で感じ取ってはいるようだった。
『自分たちを助けたあたしらが殺されて、その仇討ちをすりゃあ、連中の名誉は守られるらしいよ』
『単純で良いな』
並び立って進軍しているマイアーの言葉に、バルがそう返す。
『であれば、死ななきゃいいだけさね』
ベラの言葉にマイアーが苦笑する。それはそうだろうが……と。そのベラの言葉を今まで実行してきたからこそ、マイアーもここにいるわけだが、それがどれだけ難しいことなのかを長い間戦場を渡り歩いたマイアーには分かっている。
『まあ、うちにゃあ、ジャダンがいるからね。騎士様の隊列もそれほど怖くはないさ』
『ヒヒヒヒヒ、期待に添えるように頑張りまさぁ』
続けてのベラの言葉にジャダンがそう言って笑う。ジャダンが戦奴隷をしているのもそもそもはこういう機会を狙ってのものだ。以前の主であるロウア卿は、ジャダンの希少性から、積極的に前に出して使おうとはしなかった。だが、ベラは違う。有効な手札であれば、残さず使う。
『で、バルはジャダンを護ることを第一に動くんだ。手ぇ抜いたら承知しないよ』
『……了解した』
少し、トーンの落ちたバルの声が通信機から響く。
バルにしてみれば、先日に続いてのまともな戦だ。己の腕で敵をたたっ斬りたいという欲求が湧き上がって仕方がないのだが前回の失態のツケがここで回ってきた。
人間に比べれば付きは早いが、未だに左肩の接続については本調子とは行かない。神経網の物質化が解かれて魔力体として崩壊すれば、その左肩は再び機能停止する恐れもあるということである。
また、ボルドが調整による徹夜明けということもあり、後ろでジョンを護る役目に付いてしまっているため、ジャダンを護る者も必要だった。
『分かってるね。無様な真似はすんじゃないよ』
『ああ、了解だ』
ベラの釘を差す言葉にバルは苦々しくではあるが素直に頷いた。そして、視線をバルの『ムサシ』から、正面の騎士団に戻したベラだが『あん?』と違和感を感じて声を上げた。
何かが後ろで動いているように見えたのだ。そして、その動きを見てベラはニヤリと笑う。
『ヒャッヒャ、なるほどね。目の前のに紛れ込んで、悪さしようってのがいるねえ』
もう一部隊、仕込まれている。ベラはそれをすぐさま看破した。
『主様、後ろの様子だが』
『分かってる』
そして、バルもその状況に気がついたようだった。そして、ベラはそのバルに言葉を続ける。
『あんたの役割は代えない。だが無茶は許す。腕が千切れるくらいは許可するから、せいぜい気をつけて動くんだよ』
そのベラの言葉にバルの顔は鉄機兵の中にいるので当然見えないが、おそらくは喜色満面の顔であるのは疑いようがなかった。
その指示にマイアーたちは首を傾げていたが、しかし、敵が近づくに連れて、その意味することが理解でき始めた。目の前の騎士団の数が、最初に想定していたモノの倍はあったのだから、それは当然のことだろう。
それはもはや、マイアーたちにとっては致命傷ともいえる数の差だった。
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「へぇ。あれが将軍の言っていた鉄機兵だね」
ベラたちが進軍する一方で、その対称となるパロマの陣営の中では、赤髪の女が槍を持つ騎士型鉄機兵の上でドロワ平野からババール砦へと向かってくるその集団を眺めていた。
まっすぐ正面には、戦場ではあり得ないくらいに目立つ赤の鉄機兵が自分たちに向かって進んでいるのが見えていた。
『マリーア。いい加減、鉄機兵に乗り込んでおけ。連中ともうすぐ接触するぞ』
その赤髪の女の鉄機兵の横にいる、斧を装備した鉄機兵から音声拡大器に乗せて声が響いてくる。
「ねえ、ブルーメ。あれが大戦帰りの鉄機兵なの?」
『知らねえよ。つーか、隊長をつけろよ。ここではな』
そう窘めるブルーメと呼ばれた男にマリーアが「はーい」と返事を返す。
コージン将軍の率いる雷竜騎士団、その中のブルーメ隊にこのマリーアは在籍している騎士である。
女であろうとも、鉄機兵の操縦技術が高ければ認められるのが鉄機兵乗りというものだ。少なくともパロマという国はそのようであったのだ。
そして、マリーアはそうした女性鉄機兵乗りの中でも特に優秀な乗り手である。その分、好き勝手を許されていたこともあって、マリーアは隊の中であっても随分と奔放な性格で、周囲を騒がせていた。それにはブルーメも公私ともに振り回されてばかりでもある。
『領主様はそうお考えらしい。だがコージン将軍の間諜の話ではベラドンナ傭兵団の団長は若い女だそうだから、違うとは思うがな』
そのブルーメの言葉に、マリーアはさらに赤い鉄機兵に視線を向ける。
(どちらかといえば、その周囲の鉄機兵の方が強そうだけどね)
そして、マリーアはそう思う。特に黒い鉄機兵はパロマの騎士型に似ていて、強そうだと感じられた。
「とはいえ、あのデュナン・オルドソードを倒したほどの相手だ。傭兵団でかこんで倒したとしてもやはりやる連中ではあるのだろう」
「デュナンねえ。あの貴族崩れか。まあ、それなりにやる男ではあったと思うけどさ」
そのマリーアの言葉にブルーメは苦笑する。その、それなりにやる男であるデュナンとは、ブルーメは模擬戦で負け越している。
『ま、数で圧倒するのが騎士の仕事だ。相手取って楽しめると思うなよマリーア』
「分かってるわよ」
そしてブルーメの言葉に軽く返事をして、マリーアは己の騎士型鉄機兵『ソリティア』に乗り込んだ。
『俺たちの狙いはあくまであの赤いのを倒すことだ。将軍から直々の指令だからな、忘れるんじゃねえぞ』
音声拡大器からのブルーメの声にはマリーア以外の隊の鉄機兵からの返事が返ってくる。
そして、マリーアは鉄機兵の操者の座の中で、水晶眼を通して、その赤い鉄機兵に視線を向ける。
今回、ブルーメ隊が指示されたのは、領主の懸念する赤い鉄機兵の排除のみである。それだけのために、ブルーメ隊の10機の鉄機兵が動き出すということには、さすがのマリーアも大げさなとは思ったが、ともあれ、その渦中の人物ともいよいよご対面である。
マリーアは、一切の油断なく、その槍を握りしめる。大戦帰りが大げさであるにしても、そう言われるだけのモノを持っているのは間違いないのだろう。
であれば、久方ぶりに自分も全力を出せるのではないかと思い、マリーアは舌なめずりをしたのであった。
次回更新は4月28日(月)0:00。
次回予告:『第36話 幼女、相対する』
お隣のおうちではお姉さんとお兄さんがお出迎えをしてくれるようです。
ベラちゃんは失礼のないように対応出来るのでしょうか。




