第357話 少女、待ちわびる
その場に咆哮が木霊し、『レオルフ』であった異形が恐るべき速度で再構築されていく。それは何かしら意味ある形に変わったかと思えば、すぐさま砕けて、さらに何かへと変化していく。身につけていた巨獣兵装も増殖する肉塊に取り込まれて内に沈んでいった。そうしてどう『生まれ変わろうか』と迷うかのように変異を繰り返して蠕動する姿はまるで原始的な生物であるかのようにも見えた。
また内部のリンローであった肉塊はすでに操者の座内から姿を消していた。まるで熟しきった果実の如くズクリと崩れた肉体は操者の座であったものを外殻とした竜の心臓を含む内臓器官へと変わっていた。もはや人間としてのリンローは完全に消失し、『レオルフ』と融合して一個の生命として昇華されていく。
『もうお前はそこにいないようだなリンロー?』
その様子をバルは目を細めて見ているが、あまり関心があるようではなかった。目の前の奇怪な何かがバルに対抗するために生まれ変わろうとしているのは理解できたが、バルは獣の本能で動く存在に面白みは感じない。人の業に至らないものに興味はない。とはいえそれは己の趣向の話だ。
『あの老人ならば喜んでいただろうが、面倒になる前に潰しておくか』
生まれ出るものが脅威となるだろうとバルは感じている。故にあっけに取られて、その場に踏み止まっている周囲が動く前に最速で、最大の力で一気にケリをつけようとして……
『チッ』
直後に『ムサシ』とソレの間に何かが放り込まれ、バルの舌打ちとともに爆発が起きた。そして、それを成した人物が誰かをバルは当然理解している。
『ジャダンか!?』
『そうっすよ。あっしですわ。やりなマリア』
『言われるまでもない。グルッォォォオオオ!』
爆発により広がった煙の中から亜種竜機兵『ヘッズ』が飛び出て『ムサシ』へと鋭い爪を振り下ろした。その一撃をカタナをクロスして防いだバルが眉をひそめた。
『お前に仲間を守る気概があるとはな』
『ああ、そういうんじゃないんすよバルの旦那』
ジャダンがそう言いながら『ヘッズ』の上に乗っている火精機『エクスプレシフ』の右腕の砲から爆炎球を放って『ヘッズ』もろともにその場で爆発を起こした。
『クッ』
流石に堪らぬと『ムサシ』が跳び下がったが、『ヘッズ』と『エクスプレシフ』は健在であった。元よりどちらも熱と爆発には強い機体だ。自滅覚悟で挑まれれば『ムサシ』としても手傷を負わされるだろう。
『やるこたぁ、やっとかないとご主人様に叱られちゃうでしょ?』
そう言いながらジャダンが『エクスプレシフ』の右腕を上空に向けると空砲をその場で撃ち放った。それは戦場内に響き渡り、状況不明で戸惑っていた者たちの心を動かしていく。
『それにあっしはただの時間稼ぎっすわ。命張るのはあっしじゃなくてもいいんすよねぇ?』
『『『オオォォォォオオオオオオオオオオオ!!』』』
そしてオルガン兵団の兵たちがようやく動き出して『ムサシ』に向かって突撃し始めた。その様子にバルはわずかに笑みを浮かべながらふた振りのカタナを構えて一歩を踏み出し、近づいてきた獣機兵を次々と斬り裂いていく。
『せっかくあの男が守ろうとした命を自ら捨てるか』
咆哮と悲鳴が重なる。獣機兵の攻撃は当たらず、『ムサシ』の斬撃はすべてが獣機兵たちを斬り刻んでいた。それは一体如何なる理由によるものか。ただの技量の違いというにはあまりにも圧倒的な差がそこにはあった。しかし、そこに別のファクターが組み合わさることで結果はわずかにだが変動する。
『死人が出ない戦争なんて不健全でさぁな。それこそ茶番ってもんだ。どちらさんも仲良く灼かれてくださいよ』
ジャダンがそうい言うと不意に爆炎球が『ムサシ』の前に放られ、その場で爆発が起こった。
『あのトカゲ、こんな距離で爆発させやがった』
『こっちにも当たっちゃいねえんだ。構うな。バル・マスカーも余裕がなくなってる』
『一発でも当たりゃぁ、出力で勝る獣機兵が負けるはずねえんだよ、クソが!』
突然の不意打ちにわずかに戸惑った『ムサシ』に対して獣機兵たちが次々と攻撃を繰り出す……が、それはやはり当たらない。けれども爆炎球を警戒して、『ムサシ』の獣機兵への攻撃も先ほどよりも精彩を欠いているようだった。
『やはりお前は邪魔だなジャダン』
バルがわずかに苛立ちの混じった声でそう口にすると、正面の獣機兵を斬り裂いて一気に囲みを抜け『ヘッズ』と『エクスプレシフ』へと直線に進んでいく。
『ヒヒヒ、間抜け』
ジャダンの嬉しそうな言葉とともに真下から爆発が起き、地面に転げていた獣機兵の残骸が『ムサシ』にぶつかった。
『爆発だと!?』
それはあらかじめ仕込んでおいた遅延型の爆炎球によるものだ。時間の経過によって起きたその攻撃にはそもそもがバルを狙うという意志が存在していない。素直な獣機兵の殺意になれた今のバルに意志のない攻撃を見抜くのは難しかった。
『小賢しいなジャダン!』
『ヒヒ、褒められちゃったよっと』
ジャダンがそう返すと『エクスプレシフ』の腰に並べて付けていた爆炎球をまとめて投げつけ、同時に『ヘッズ』がブレスを浴びせて『ムサシ』の周囲に誘爆を起こしていく。
『その程度!』
確かに鬱陶しくはある。けれども爆炎球は元々は対人用。鉄機兵相手では直撃でも倒せはしないし、その役割は牽制に限定される。さらに言えば『ムサシ』のカタナは炎を喰らう黒鬼鋼製だ。爆炎球から生じた熱を吸収して灼熱化した刃でジャダンを殺そうとバルはさらに踏み込もうとしたが、直後に『エクスプレシフ』の背後で巨大な影が立ち上がった姿が目に映った。
『ヒヒヒ、だから時間稼ぎと言ったでしょうバルの旦那。マリア退がれ!』
『分かっているわよ』
バサリと翼をばたつかせた『ヘッズ』が飛び下がると、入れ替わりで巨大な影が銀霧蒸気にも似た赤い煙を噴き上げさせながら前に出てきた。
『レオ……ルフなのか、アレは?』
バルからはわずかに戸惑いの声が漏れる。
対峙している怪物の姿は想像以上に奇怪であった。機械と内臓を混ぜ込んで人の形をしたような姿をしていて、両手や肩、胸部などから筒のようなものが飛び出ていて、背には同じような筒が羽根のように並んだ翼が生えていた。
『ォォォオオオオオオオオオオオン!』
そして『レオルフ』だった怪物が全身の筒という筒を『ムサシ』へと向けると、咆哮とともに筒の中から無数の豪炎の矢を放ったのであった。
次回予告:『第358話 少女、我慢する』
春の陽気のせいでしょうか。ロ……ゼンタール……ケ……ニッヒモンスタ……そんな言葉が頭に浮かぶのは今日この頃です。
ベラちゃんは二話後に合流する予定です。今度こそ本当ですよ。大丈夫ですから安心してねベラちゃん?




