第355話 少女、昼寝をする
『気配は絶っていたはずなのだがジャダンの目はかいくぐれなかったか。俺もまだ甘い』
『なっ!?』
リンローの乗る『レオルフ』の前に立つ鉄機兵『ムサシ』からそんな声が漏れた。一方でこの戦いが始まってからこのかた、全く姿も気配もなかった男がいきなり目の前に現れたことにリンローは驚愕していた。
『ヒヒヒ、バルの旦那。アンタから目を離すなんて怖過ぎて。大体コソコソと鉄機兵に隠れてきてるの見てれば誰だって警戒しますわ』
対して『ヘッズ』の上に乗っている火精機『エクスプレシフ』の中にいるジャダンはチロチロと舌を出して笑いながらそう返し、その言葉を聞いてリンローがゾッとする。バルの行なったのは影渡りという技であった。単純に言えば己の気配を絶って味方に隠れて接近するというだけの技術であったが、バルはここまで全く注目されることなく辿り着くことに成功していた。それをジャダンは見ていて、リンローは見ていなかった。或いはジャダンがいなければ自分はすでに死んでいたかもしれないと理解したリンローの頰を冷たい汗が伝った。
『存外、そうでもないようだが……な』
『ヒヒヒ、それでどうするつもりなんすかねえバルの旦那? 数の上ではこっちが優勢ですが。ここで死ぬつもりですかい?』
強気のジャダンにバルが苦笑する。かつて……否、今現在も己と同じベラ・ヘイローの奴隷であるジャダンは単体で見ればそう強い部類の相手ではない。爆破型という特殊な火精機を用い、さらには機械製の義手を装備することで中距離攻撃も可能になったとはいえ、それでも戦闘能力は並の鉄機兵と同程度かそれ以下。今も『ヘッズ』の砲台以上の役回りではないのだろう。
けれどもジャダンという男の本質はその加虐的な性根にある。人間を燃やして殺すことに過度の興奮を覚え、相手の嫌がることを嗅ぎ分ける天才故に拷問などでも力を発揮する。女子供といえど容赦せぬどころか、積極的にいたぶることを是とする外道。敵だけではなく、味方からも疎まれるような人物ではあるものの、それでもここまで生き延びている。それは彼がただ『己が有能である』ことを示し続けた結果であった。
『主様が生きているのもお前が原因だったな……そこは感謝したいところだが』
そう言って『ムサシ』が前に踏み出す。口にした言葉とは裏腹に、バルの中にある戦士の本能はジャダンを殺せと訴えかけていた。『コレが』生きていると確実に遺恨を残すと。
『お前がいると歯車が狂う。ここで仕留めるか?』
『待てやバル・マスカー。テメエの相手は俺だろうが!』
しかし、ここまで無視されたリンローが一歩前に出る。その様子にバルはわずかに嘆息し、この状況ではジャダンを殺しきるのは難しいと理解する。同時に己の方も目をつけられたのだとも察していた。殺意には殺意を。ジャダンはきっと今回のことで、最後の最後で最悪の嫌がらせを行うだろうという確信がバルにはあった。
ともあれ、バルの意識はすぐさま目の前の男に移る。
『それに、トカゲ野郎の言う通りだぜ。テメエも軍勢もノコノコ出てきやがって。ディアナの門で守ってりゃあ、まだ勝負になったかもしれねえのによ』
『そちらにドラゴンがいる以上は籠城の効果は薄い。それにこちらの手勢は守りには向いていない。故に最大限に効果を発揮するように動いたまでのこと』
バルがそう口にし、その言葉の意味にリンローが眉をひそめると唐突に離れた場所から爆発音が響き渡った。
『なんだぁ!?』
『団長、倒したローウェンの鉄機兵が爆発しました!』
『ああ? そりゃあどういう……って、バル。まさかテメェ、自分の部下を自爆させてるのか!?』
『彼らはローウェンの兵ではあるが俺の部下ではないがその通りだ。ローウェンにも体裁がある。何もせずに明け渡すよりも……と彼らは快く受け入れてくれたよ』
『それだけで自爆なんぞできるか!?』
リンローもローウェン帝国軍に忠誠という言葉がないとは言わない。
むしろ獣機兵や竜機兵などというゲテモノが出てきたことで鉄機兵乗りたちの間での結束は強まっているとも耳にしていた。けれども、それでも倒されて即自爆……などというような殉教精神が彼らにあるかといえば否であろう。そして、その問いの答えをバルはあっさりと口にする。
『今のアレらは賢人の技術で精神を支配された傀儡兵となっている。俺にも詳しい事は分からぬし、限られた時間の中で集められる手勢はこれだけだったのでな』
『精神を支配だと!?』
『主様と戦うために露払いに使うつもりだったのだが……叶わぬのであれば本来の目的のために使うだけのこと』
バルの言葉に悪びれる様子はない。ただベラ・ヘイローと戦うために外道の所業とて躊躇はしないという意志を感じた。その有り様を不気味なものだと感じながらリンローは身構えた。
『チッ、こんなイカれ野郎を総団長に近づけるわけにゃあいかねええ。ザッハナイン、やるぞ!』
リンローの言葉に『ザッハナイン』もォォオオオンと鳴いて応えて『レオルフ』に並んだ。その姿をバルが目を細めて眺める。
『デュナンの忘れ形見……面影は確かにあるか。二対一で挑むと?』
『卑怯とは言うなよ?』
『戦場で寝言を口にするほど酔狂ではないつもりだ』
6メートル級二体と4メートル級一体の対峙である。はたから見れば大人二人と子供一人ほどの差はあるが、バルに動揺はない。
『じゃあ死ねやぁああ!』
そして混機兵『レオルフ』の棘鉄球メイスと混合魔獣『ザッハナイン』の巨大金棒が左右から振るわれ、それをバルの鉄機兵『ムサシ』がふた振りの刀で弾き返す。
『ただの鉄機兵で弾くだと? 怪力乱神すらも使っていないのにかよ!?』
リンローが驚愕しながらもさらに攻撃を加えていく。途中で『ザッハナイン』から炎の蛇腹大剣を吸収して得た刃の触手が射出されるもバルはそれを難なくかわすどころか『ムサシ』に踏ませることで『ザッハナイン』の体勢を崩し、そこに一刀を見舞った。
ォォオオオンッ
『ザッハナイン』から苦痛の声と赤い体液が噴き出す。混合魔獣故に簡単には死なぬが、深く刻まれた刃の跡はもはや戦闘が可能とは言えない状態だった。その様子にリンローは歯噛みしながら一歩前に出て攻撃を仕掛けることでバルの『ザッハナイン』への追撃を防ぐ。
『クソッ。ザッハナイン、退がれ』
もはや戦闘不可能と判断したリンローの指示に『ザッハナイン』が唸りながら退がり、『レオルフ』が単騎で挑む。
『ひとりでどれだけ保つかな?』
『うっせぇ。テメェなんぞ俺一人で十分なんだよ!』
リンローが勢いよくバルへと突撃するが、二対一でも危うかった戦いの均衡が崩れたことで『レオルフ』は一気に形勢が不利となっていく。そして、それを助ける者はいない。あまりにも戦いが白熱しすぎて近づくことすらできないのだ。
或いはゼックやガルドがそばにいれば手助けも出来たろうが、彼らは現在文字通りに命がけで迫る敵をさばくのに必死でリンローを助けるどころではなかった。
『団長。ドラゴンが一体、取り囲まれて討たれました』
『こいつら、まともじゃありませんよ。踏み潰しても踏み潰しても』
『被害多数。押し込まれて、ここで爆……グァア!?』
『クソッタレがぁ』
次々と耳に入る良くない報告にリンローは苦々しい顔で舌打ちをしながらも、言葉を返すこともできず必死にバルの斬撃を受け続ける。なんとか持ちこたえられているのは『レオルフ』の頑丈さ故か。けれどももはや装甲のいくつかは斬り飛ばされ、『レオルフ』の見た目は敗残者のソレであった。
(速ぇ!? 隙がねえぞ、この野郎)
そしてリンローは棘鉄球を外して速度重視のしなる鉄棒の形にして武器を振るうがそれでも『ムサシ』の機体にかすりもしない。手も足も出ないとはこのことか。何よりも鈍重な巨体では速さが足りない。
(強ぇえ。まるで歯が立たない。あの時と……いや、あの時よりも)
『バル、テメェ。以前のときは加減していたってのか?』
つくづく……とリンローは思う。目の前の男はまるで自分を相手にしていないのだと理解する。それがリンローを大きく苛立たせる。もっともだからといってバルが態度を改めることはなく、それを覆せるだけの力がリンローにはない。
『あの老婆の下にいる時にはアレを立てなければならないからな』
『そいつはジェネラルよりテメェの方が強いって言っているように聞こえるぜ?』
『言っているようにではなく』
そしてあざ笑うかのような口調でバルがそう口にすると
『そう言っているのだよリンロー・レオブラント!』
直後、『レオルフ』の右腕が宙を舞った。
次回予告:『第356話 少女、もうそろそろかなと思う』
サブタイトルとあとがきだけでベラちゃん成分を供給し続けるのは流石に無理があるのではないか……そんな想いにかられている今日この頃です。はい、ベラちゃんは今日も可愛いです。




