第354話 少女、手紙を書く
『動き出しやがったな。リリエ、ドラゴンを出せ。尻に火をつけてやれ』
『全軍、ガンダル鳥の陣だ。数では上回っている。冷静に動けば負けることはないぞ!』
リンローとゼックがすぐさま指示を飛ばす。自軍と迫り来るローウェン帝国軍の兵数の差は五対三というところか。並んでいるのは鉄機兵ばかり。巨獣機兵どころか獣機兵も竜機兵も存在せず、バル・マスカーという例外はあるものの、数を質で補えるような相手はそうおらぬようで、通常であれば押し切れる相手のはずだった。
けれどもリンローは正面から突撃してくるローウェン帝国軍を見て眉を寄せ怪訝な顔をする。
『しかし、なんだありゃあ、薄気味悪ぃ』
ボソリと呟く言葉は本心から出たもの。
近づいてくるローウェン帝国軍があまりにも静か過ぎるのだ。
『殺気も闘気も感じない? 人間か、ありゃあ?』
リンローがそう考えるのも仕方のないことだった。
リンローもベラほどの精度はないものの竜眼持ちであるために大気中の魔力をおぼろげながら視ることはできる。けれども、その目で見通しても敵軍の周囲の魔力の流れがあまりにも静か過ぎた。
魔力は人の思考に反応をして動きを変えるエネルギーだ。戦さ場ではまるで陽炎のように魔力が動くものだが、今回はそれがない。まるで無人の鉄機兵が動いているかのようにも視えるが、並んでいる歩兵は人間だ。それなのにリンローには迫る彼らが意思ある人間である様には感じられなかった。それを不気味に思いながらもリンローは『ケッ、知ったことかよ』と口にする。
『一当てすりゃあ化けの皮も剥がれるさ。ザッハナイン、初手で削る。やるぞ!』
混合魔獣『ザッハナイン』がリンローの指示を正確に理解して咆哮で返し、そして射程距離に入ったところでリンローの『レオルフ』から巨獣兵装のフレイムボールが、『ザッハナイン』からは巨獣兵装のテンペストピラーが放たれる。巨大な火の玉と破壊の竜巻がそれぞれローウェン帝国軍に直撃し、何体もの鉄機兵と何十もの歩兵が焼かれ、斬り刻まれ、周囲の兵たちも吹き飛んでいった。
その巨獣兵装の威力の高さを目の当たりにしたモーリアン王国軍の兵たちが驚きの声をあげるが、対してローウェン帝国軍の側の反応は鈍い。
『おいおい。まともじゃねえぞ、あいつら』
仕掛けたリンローが口元を引きつらせながらそう声を荒げた。
リンローの瞳には、彼が放った炎をかき分けて近づいてくる敵兵の姿が映っていたのだ。恐怖の色もなく、ただ盲目的に進撃を続ける彼らの姿にリンローは全身の毛が逆立つのを感じた。
『巨獣兵装は混戦となれば撃てない。突き進め!』
驚愕するリンローの耳にバルの乗る『ムサシ』から的確な指示が届いた。それは確かにその通りだ。巨獣兵装は威力が高過ぎる故に混戦となれば味方をも巻き込む。それにフレイムボールもテンペストピラーも射程距離はそこまで長くはない。だから基本的には戦いに入る前にこうして最前面で撃つことが多かった。
だからさっさと接敵して戦闘に持ち込むことこそが巨獣兵装をこれ以上撃たせないための戦法のひとつであることは確かではあるのだが、だからと言ってその威力をまざまざと見せられてなお歩みを止めぬ者などそういるわけもない……はずだった。
『チッ、仕方ねえ。行くぞお前ら!』
巨獣兵装による次の攻撃を諦めたリンローが己の獣機兵の軍団と共に前に進み、そして物言わぬ軍団との戦端が開かれる。その様はまさしく動と静。次々と兵たちが相対していく中で、リンローも迫る敵を棘鉄球メイスで潰していく。
(こいつら、腕は並みだが妙に踏み込んできやがる)
迫る敵を前にリンローが眉間にしわを寄せる。
一機一機一人一人はそこまでの脅威ではない相手だ。まったく弱いというわけではないが、精鋭というほどの実力はない。けれども彼らの動きには迷いがない。攻撃を食らって怯むことがない。死ぬことを回避する気もない。それはまるで死兵の軍団だった。
そして、その異様さは味方の通信から次々と悲鳴の様な声が聞こえ始めたことでさらにはっきりとしてきた。
『潰しても潰しても近づいて……クソッ、鎖が絡まって』
『なんで倒れない? 死ぬのが怖くないのかこいつら!?』
『畜生。狂ってやがる。味方ごと串刺しだと?』
数においては優勢であるにも関わらず、彼らはローウェン帝国軍の攻撃に恐怖していた。中でも特に歩兵の持つ対鉄機兵兵装は普段の戦よりも脅威であった。糸や鎖、色水などの鉄機兵の動きを阻害する対鉄機兵兵装は歩兵が鉄機兵の動きを止めて打倒するためには必須の兵装だが、それを鉄機兵に当てるために生身で対峙せねばならぬのだから文字通りに命がけだ。けれどもこのローウェン帝国軍の兵たちは『自身の命』を護ろうとしない。死ぬことになろうとも構わず対鉄機兵兵装を使用して、己の命を代価に確実に鉄機兵の動きを削いでくる。
『クソったれ。リリエ、ドラゴンはまだか?』
『はい。今、見えてきましたよ。すぐに攻撃を仕掛けます』
『頼んだぜ。敵の尻にブレスをお見舞いしてやれ!』
リンローがそう叫んで笑みを浮かべる。ロックギーガと共にドラゴンを指揮する竜の巫女リリエが参戦すれば状況は変わると確信していたからだ。防衛都市ナタルでは魔喰茸の巨獣機兵にしてやられたが、ここにソレはない。そもそも獣機兵もいないし、相手も増槽を使っていない。だからこれまでと同様にドラゴンの空からの攻撃で戦況を一気に傾ける事が可能だと信じて……
『分かり……なんですって!?』
直後、通信からリリエの驚きの声が響き、そして降下して断崖絶壁の間に入ってきたドラゴンたちが次々と落ちていく様がリンローの視界に入った。
『な、何が起きた!?』
驚愕するリンローの前でロックギーガと続いていた四体のドラゴンがすべて落下し、落ちた先にいた味方の鉄機兵が弾き飛ばされて、その場が騒然としていく。
『嘘だろ、おい。リリエ、どうした!? 生きてるか?』
『い、生きてま……すが……これは鎖の網?』
ロックギーガに添えつけられたリリエ用の鞍はガッシリとその体を固定させるようにできていたためにリリエ自身へのダメージはそれほどでもないようだが、次に発せられた言葉はリンローをさらに驚愕させた。
『対鉄機兵兵装のような鎖が編まれて網になっていて……どうも、ローウェン帝国軍はそれを崖上から……落としてきたようです』
『マジかよ』
『確かに……上で見たときにはいなかったのに。恐らくは偽装していた?』
リリエが口惜しそうな声を出して己の予測を口にする。
そのリリエの言葉が真実か否かは分からないが、ともあれドラゴンは空中で絡めとられて落下し、それぞれが死んではいないものの苦痛の悲鳴を上げるほどのダメージを受けていた。故にローウェン帝国軍が仕込んでいたドラゴン封じは完璧に発動したと言わざるを得ず、同時にそれは敵の攻撃が届く距離にドラゴンを近づけたリンローたちの完全な失策とも言えた。
『総団長になんて言えばいいんだよ。クソッタレ』
『リンローの旦那、前ですぜ!』
『何?』
あまりにも無様と己に対して怒りを燃やすリンローの耳にジャダンからの警告の声が響いた。そしてリンローはとっさに動き出すと、直前まで『レオルフ』がいた場所にふたつの斬撃が走る。
『ジャダンの声で避けたか。あいも変わらず、危機に関しての探知能力は高い男だ』
『テッメェ、バル・マスカー!?』
リンローが叫んだ。
そして気がつけば彼の前に黒い鉄機兵が立っていた。
そこにいるのは無論八機将がひとり、刀神バル・マスカーの機体であり、リンローにとってはロイマス山脈の麓に続いてバルとは二度目の対峙であった。
次回予告:『第355話 少女、昼寝をする』
深刻なベラちゃんロスに悩まされている皆さま、あと一話か二話の辛抱です。頑張ってください。
それはそれとしてお留守番のベラちゃんですが、自治領の宰相さんとはお手紙でやり取りをする仲になりました。どちらも互いに好感触のようです。お友達百人計画は順調に進行中ですね。




