第351話 少女、お留守番を継続する
『おら、急ぐぞ。こっから先は時間の勝負だ』
先頭にいるリンローが全軍に檄を飛ばしながら進んでいく。
自治領軍に勝利した後に防衛都市ナタルより出立した部隊は高機動型の獣機兵や、それに牽かせた鉄機兵用輸送車、数は少ないが魔導輸送車、それらに乗せた鉄機兵たちで編成されていた。
ナタルに護衛として置いてきた一体を除いてロックギーガと四体のドラゴンも付き添い、混合魔獣『ザッハナイン』やマリアの駆る『ヘッズ』もおり、またモーディアス騎士団率いるガルドの『トールハンマー』も鉄機兵二体に牽かせて付いてきていて、モーリアン王国軍のゼック率いる銀光戦士団やマザルガ聖王国の鉄機獣乗りの騎士団も続いていた。そうそうたる顔ぶれではあるが、機動力を重視した編成で戦力としてはナタルの戦いの際の半数以下ではあった。
『間に合わせろよ。でないと総団長にドヤされるぞ』
リンローがそう言うが、軍隊の移動には兎角時間がかかる。
速度は遅い者に合わせねばならぬし、さすがに全速力で移動するわけにも一昼夜を走り通すわけにもいかない。
彼らの目的はオーガロ渓谷にあるローウェン帝国との国境門『ディアナの門』の占拠だ。ローウェン帝国軍が現在の自治領の情報を掴んで動く前にそれを成す必要があった。
そしてそんな彼らが現在進んでいるのはオーガロ渓谷の手前にあるゼーラ高原という土地だ。
「懐かしいな」
『ここがか?』
リンローは己の機体『レオルフ』の上に乗っているゼックの呟きに疑問の言葉を返した。ゼックの機体『ミステリア』は鉄機兵用輸送車に乗せられて移動中で、当人は道案内も兼ねてリンローの機体に乗っていたのである。
「ゼーラ高原。見ての通りの……戦場跡。ここが鷲獅子大戦の終焉の地だ」
そこは山脈並ぶモーリアンの土地柄、高度こそあるが非常にひらけている大地だった。けれども、その場には多くの白骨と武器や鉄機兵の残骸が散乱し、悲鳴のような風音が響き、空気もどこか澱んでいる。
『クィーンが皇帝ジーンに敗れ、けれども両軍の損害はほとんど変わらなかった。だからこそローウェン帝国軍は勝利した後もここの占拠を行わずに退き、戦後のどさくさにモーリアンは国が分かれて俺らはここに立ち入れなくなっちまった。いずれ仲間の亡骸は埋葬してやりたいが……この澱み方はすぐにどうこうするのは無理だな』
『アーネストの言葉じゃ、夜には人間どころか鉄機兵の亡霊も出るらしいぜ。夕方には抜けられるからここで夜営をするようなこたぁないけどよ』
戦場の怨嗟の声が今も耳に入って来るように感じるのは決して気のせいではない。胆力のない者が踏み入れれば発狂死することもあると言われ、夜になれば怨念の塊と化したモノが物理的に襲いかかってくる。それは戦いを生業としている者にとっては決して珍しい現象とはいえない。
魔力は人の意思に感応して指向性を持つもの。それは死者の意思であっても変わらず、ここは負の想念と感応した魔力の澱みが渦巻き過ぎて禁忌地域の扱いになっていた。
「ああ、ちょうどあの辺りだ。クィーンが殺られたのは。ま、クィーンとディアナは密かにローウェンに回収されたわけだが……いや、アレは偽物だったな。本物のクィーンの生まれ変わりはベラ総団長だ」
ゼックが自嘲気味にそう笑う。
ゼックの知る限り、ジェネラル・ベラドンナがクィーンその人であるというのは覆しようのない事実だ。戦場で遭遇した時、ジェネラルはゼックたちの間でしか知らぬことを語っていたし、死霊化しているわけでもないようだった。
もっとも彼らの立場からすればジェネラルはもはや偽者であると言うしかない。敵に寝返った英雄など認められないのだ。ジェネラルこそが間違いなく本人であると言うのに。
(だが……分からなくなった)
ベラ・ヘイローを見た後ではゼックの中でのジェネラルの存在はどこか色褪せていた。いや最初から同一視していなかったのでは……とすら今では思っている。そうでなければかつての主人に刃を向けようなど考えるのかと。
(やっぱりクィーンはあの時死んでいて……魂はベラ・ヘイローに、けど肉体も蘇ってジェネラルに……いや、何を言っているんだ俺は)
ゼックが馬鹿げた考えだと苦笑する。対してリンローは『生まれ変わりねえ』と返した。
『あんたらにとってクィーンがなんだったのかは分からねえ。だが俺にとっては総団長は総団長だ。生まれる前の過去なんざ知らねえよ。俺が付いていくのはただあの人があの人だからだ』
「はは、臆面もなくそう言えるお前らが羨ましいよ」
ゼックは思う。そこにいるのは過去の自分たちだと。かつてクィーンと共に駆けた戦場をリンローたちは今、ベラ・ヘイローの元で駆けている。無敵だと信じた過去がそこにあった。それが眩しく、悔しく、羨ましく
(だが、まだ……まだ俺たちも)
そして、或いは自分たちもあの頃に戻れるのではないかという期待がゼックの中にはあった。それは熱だ。ベラ・ヘイローという赤赤と燃えるような少女に当てられ、ゼックもまた大戦から失われていた己の内の熱を取り戻しつつあったのである。
なおゼーラ高原を移動中、多くの兵たちが正体不明の戦列を目撃していた。足音もなく、いつの間にか後ろにいて、その顔は澱んだ空気のせいか見えず、また彼らの掲げていた旗も思い返せばモーリアン王国の『王冠を冠る鷲』ではなく傭兵国家モーリアンの『王冠を啄ばむ鷲』の姿をしていたという。
それはゼーラ高原を出た後にいつの間にか消えており、不思議に思った兵が報告にあげたことで発覚していた。そしてその謎の一団の近くにいた者は口々にこんな言葉が漏れていたのだと申告していた。
『帰ってきた。帰ってきたぞ。我らが女王が帰ってきたぞ。皇帝の頭をカチ割るためにミルアの門より帰ってきたぞ』
次回予告:『第352話 少女、ゴロゴロする』
今日のベラちゃんは町のみんなとお食事をしました。
美味しいご飯を食べてベラちゃんはご機嫌です。




