第350話 少女、留守番をする
壊門の戦い。
のちの世にそう呼ばれることとなる防衛都市ナタルの戦いは都市内部にヘイロー軍のオルガン兵団が入り込んだのとほぼ同時に千鬼将軍ゾーンが降伏宣言を行ったことで終わりを迎えた。
主力を討ち破られ、ローウェン帝国軍には去られ、また都市すら奪われるのも秒読みであればもはや勝ち目などなく、無駄に血を流すだけであると考えて降伏を宣言したゾーンの判断は的確であるといえただろう。
いくつかの自治領軍の騎士団は首都ベラドールへと逃げていったが、首都の兵と合わせても防衛都市ナタルを崩すには至らない。
また今回、此度の戦いのほとんどの手柄をヘイロー軍に奪われた形となったマザルガ聖王国、ザラ王国、シンラ武国の友軍だが、彼らもここで首級をあげることこそできなかったものの道中の砦攻略の際には手柄をあげており、またベラドンナ自治領にまで攻め入ってこの防衛都市ナタルを落としたという事実そのものが実績としては破格で、国に対しての面目も立つというものだった。
加えて……実際に行ったのはヘイロー軍どころかベラひとりによるものではあったものの……彼らはローウェン帝国軍を武力で撃滅した軍の一角としての栄誉も得られていた。
そして肝心の勝利へと導いたヘイロー軍へのモーリアン王国からの報酬だが、これは『当初の予定通り』のものが与えられることとなった。
いや実際のところ、それは絵に描いた餅のようなものであるはずだった。
クィーン・ベラドンナの生まれ変わり。ベラがそう祭り上げられる意味は本来ジェネラル・ベラドンナに対抗するための御輿という以上の価値はない。モーリアン『王国』にとって王の血こそが尊きものであり、転生が事実だとしてもそれが国を継承する為の根拠にはなり得ない。それは他の国々にとっても同様のことだ。
けれども『ベラドンナ自治領』だけは違うのだ。
ベラドンナ自治領はクィーン・ベラドンナの信条を受け継ぐために生まれた国である。すなわち傭兵国家モーリアンを継承する、傭兵団の延長にある国だ。武力に優れ、統率力に優れ、戦士を導く強者こそが治めることを許される国。その考えを捨ててクィーンの子供を王にしたモーリアン王国を見限ってベラドンナ自治領を作った彼らにとって頂点とは絶対的強者なのだ。
けれども偉大すぎるクィーンの後を継ぐことを当時のゾーンやアーネストたちは良しとせず、結論を置いた形でリガル宰相が仮初めの国主として国を興した。その後に彼らはジェネラル・ベラドンナの存在を知ったことで、なおさらに新しき団長を立てることができなくはなったのだが。
ともあれモーリアン王国の当初の予定としてはベラ・ヘイローこそクィーンの生まれ変わりとして掲げることで自治領内部に不和を起こし、徐々に切り崩していくつもりであった。自治領内にも長き戦争に疲れた者や、単純に王国側に回りたい者、ローウェン帝国を嫌う者はいる。そんな者たちの裏切りの名目として用意されたのがクィーンの生まれ変わりだ。
もっともそれは絵に描いた餅に等しく、具体的にどのように動き、ベラという存在と生まれ変わりの立ち位置についてどう折り合いをつけるのかもまだ決まっていなかったのだが……
「なかなか見晴らしがいいじゃないか」
防衛都市ナタル内部にある城の中ではベラがほくそ笑みながら窓の外を見ていた。ナタルは山脈に囲まれた都市で石造りの建物が立ち並んだ質実剛健といった土地柄だ。その気風はベラにとっては好ましいものに映っていた。
「こいつがあたしのものになる。いいだろうガイガン、でもあげないよ」
「孫ほど歳の違う相手から取り上げるような意地の悪さは持ち合わせてはおりませんな」
後ろに控えていたガイガンの言葉に「そうかいそうかい」と口にしてベラが笑う。
そしてベラの言葉の通り、まだこの都市はベラのものではないにせよ、いずれはそうなるようにと画策を進めていた。戦時中のどさくさに紛れて……というヤツだが、モーリアン王国との決め事が確定していない今だからこそ自身の都合の良いようにベラは決めてしまう腹づもりだった。それもゼックとアーネストを取り込んだことでスムーズに進んでおり、ニオーも積極的ではないにせよ容認しているのだから現時点で失敗の要素は見えない。
「しかし、取り上げたいと思うだろうモーリアン王国としてはどう動くんでしょうかね?」
「王政を画策した連中はわめくだろうが問題はないだろうね。殴って言うことを聞かせる? そんな度量があればこんな状況にはなっていないさ」
モーリアン王国に取り込まれることを自治領軍は望まない。一時支配できたとしても国が興された経緯を考えれば内紛の可能性は大きく、ローウェン帝国軍を招き入れられればすぐさま元の木阿弥となるだろうことは想像に難くないのだ。
であればベラドンナ自治領は現状維持のままローウェン帝国と手を切り、緩衝地帯にする……という方が現状のモーリアン王国にとっては益のあることだった。
それに将来を見据えたこの計画はモーリアンの兵たちにとっても喜ばしいものだ。この遠征によってベラ・ヘイローの名も実もモーリアン王国軍内に浸透している。古参の兵はかつてのクィーンを思い起こし、若き兵は幼き頃より聞かされていたクィーンの時代の再来に湧いている。彼らはかつてのモーリアンに憧れている。ベラの提示したものはそれを可能とするものなのだ。その計画とは……
「あなたがこの自治領を治め、いずれはベリス王と契りを交わし……モーリアンを正しき形に戻す。それを信じて良いと?」
ベラとガイガンより少し離れた場所に立っていたゾーンがそう問うた。
周囲には竜撃隊の隊員による監視が付いているし、帯剣も許可はされていないが、現在のゾーンは捕虜ではなく客人の扱いとなっている。それは今後を見据えてのものだった。なお一度手に入れたものを手放す気はベラにはなく、アーネストは奴隷のままである。
「その頭はカボチャかい? 信じる信じないは自分で考えな。脳がない間抜けはいらないからね」
そう言って笑うベラにゾーンは言い返すことができない。それは反論できぬのではなく、ベラの今の言葉が彼の心を大きく揺さぶったからだ。
(何故だ。何故こうも……この娘はあまりにも)
目の前の少女はあまりにも彼のよく知る人物に似ていた。
人種も違う。歳も違う。けれども魂の形とでもいうべきものがあまりにも近しいのだ。それはゾーンが本人であると確信しているジェネラル・ベラドンナよりも近いものであると感じられ、自然とゾーンの目頭が熱くなった。
「が、ガイガン。なんでコイツ泣いてるんだい?」
「さて。戦が終われば一角の戦士とてただの人に戻るということなのでしょう」
「情緒が不安定なのかね。衝動的に死にたくなったりしなきゃあいいんだが」
妙なシンパシーを感じ取ったガイガンと、ただ不気味に感じるベラの認識は大きくズレていた。
「まあいいさ。あとは最後の仕上げだが、いざ自分でできないとなると歯痒いねぇ」
ベラが窓の外を見ながらそう口にする。
現在ベラがいるのは防衛都市ナタルだ。その理由はいくつかあるが、もっとも大きい理由は誰かが都市を占領しておく必要があったためだ。他国の将でも、モーリアンの将でも不安が残り、ゾーンが認めるのもまたベラのみだったということも大きい。また無理な再生を繰り返して動かなくなった『アイアンディーナ』の修理もあったために、ベラは結局ここで居残りとなっていた。
「リンローたちなら上手くやってくれますよ総団長」
そのガイガンの言葉に頷きながらもベラは窓の外をじっと見ていた。
実のところ、彼女の配下の多くは今この都市にはいない。すでに早朝には都市を離れ、西へと、ローウェン帝国の方へと向かっていた。
その先にあるのはオーガロ渓谷と呼ばれる地だ。そこはかつて鷲獅子大戦最後の戦場となったゼーラ高原の先にある、ローウェン帝国との国境門『ディアナの門』が置かれている谷である。
今回のベラドンナ自治領軍の大敗を受けてローウェン帝国軍が動き出す前に、その地を占拠する。それこそがこの遠征の最終目的であり、この国を手に入れるためには必要であった。
次回予告:『第351話 少女、みんなを想う』
ベラちゃんは今回お留守番ですが、リンローお兄さんたちはちゃんとお使いできるのでしょうか? ここは大人の力が試されるときですね。




