第348話 少女、門が砕けるのを見る
『ハァッ』
ゾーンの駆る『アルハンドラ』の一撃が『トールハンマー』のハルバードを弾き飛ばした。それは超振動の槍と呼ばれるギミックウェポンによるものだった。それはヘイロー軍の鉄機獣『ハチコー』に装備されている超振動の大盾と同系統の武装であり、超振動によって一度の攻撃で細かい斬撃を数百と繰り返して装甲を削り、またその際の衝撃によって相手の武器も弾き飛ばされる。
捻れ角の槍などのように比較的出回っている数の多いギミックウェポンで、ガルドも何度か相対したことがある。で、あるにもかかわらずその力で自らの武器を弾かれたのは使い手たるゾーンの技量がガルドの想像を上回っていたからに他ならない。けれども
『なるほど、モーリアンの千鬼将軍の名は伊達ではないか』
『クッ、オォォオオオオオオ』
次の瞬間にその場で跳び下がったのはゾーンの『アルハンドラ』の方であった。そして『アルハンドラ』の立っていた場所には鎖で繋がれた巨大な鋼鉄の右拳が突き刺さっていた。
『ハハハハハ、そう簡単にはいかせてはくれぬか』
『拳骨嵐のガルド。今でこそ聞かなくはなったが、大戦時にはその名を轟かせた者の拳を警戒せぬわけがない』
ガルドの大型鉄機兵『トールハンマー』。
ルーイン王国の武の名家であるモーディアス家が長年鍛え続けて生まれた6メートルの巨大な機体は鷲獅子大戦をガルドと共に生き抜き、勇名を馳せた。当然のことながらクィーン・ベラドンナの側近であったゾーンが英雄のひとりであるガルドを知らぬはずはない。その実力も、戦い方についてもだ。
拳骨嵐とは当時のガルドが己の本来の武装である鉄拳飛弾を縦横無尽に振り回して暴れまわっていた際につけられた名であった。
『なるほど……なぁっ』
『チッ、私以外は退がれ!』
ガルドが左腕の鉄拳飛弾を放つとゾーンが避け、後方で戦っていたドゥモロー騎士団の鉄機兵の一機が弾き飛んだ。直後に右の鉄拳飛弾も動き出し、その場で左右の巨大な鉄拳が生き物のように動き出し、ゾーンを襲う。
『速い。だが捌けられぬというほどではないな』
超振動の槍を弾いて鉄拳飛弾の軌道を変えながら、ゾーンが言う。
『捉えきれぬのならば、それで良し。我は貴様を止められればそれで良いのだからな』
『なんだと? む!?』
ゾーンは気付いた。ガルドたちモーディアス騎士団の後方より一気に飛び出た者たちがいることを。
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『一気に突破する。俺に続けぇぇえええ!』
凄まじい速度で『トールハンマー』の後ろから四足歩行の機体が飛び出し、さらには獣機兵たちが一斉に突き進んでいく。
その様子にガルドと対峙しているゾーンが目を見開かせる。
『巨大な鉄機獣系統の機体だと!? あれは『レオルフ』か』
『ハッ、俺も多少は名が知れているみたいだな』
リンローが満足そうな顔でそう返すが、当然のことながらリンローと『レオルフ』が無名なはずがない。何しろ巨獣兵装の有用性をこの世界でもっとも最初に示し、今も知らしめているのはこの『レオルフ』だ。特にその戦術的価値はローウェン帝国では本人の技量に寄るところが大きいベラよりも高いと見られており、その情報は ゾーンたちも共有はされていた。
『ま、これからもっと知ってくれよ。お前らの敗北を決定づけた男のことをよ』
リンローがそう言ってさらに加速し鉄機兵たちを弾き飛ばしながら突進していく。それに続いてザッハナインが近づく兵たちを蹴散らし、さらには速度に勝るウルフタイプが続いて、オーガタイプを中心とした獣機兵たちが最後に雪崩れ込んでいく。そして瞬く間もなく防衛都市ナタルの西門までの道ができた。
『なんという突破力だ。将軍、城門前に取り憑かれました』
さらにはザッハナインの持つ巨獣兵装テンペストピラーが『レオルフ』に立ち塞がる障害を纏めて吹き飛ばす。城門上には鉄機兵にも通用する弩弓が設置されていたが、それらも纏めて薙ぎ払われていった。
『ぉぉおお、竜巻が門に向かって……クソッ、弩弓が破壊された』
『アレは巨獣兵装だ。続けて撃たせるなよ。それに所詮は勢いだけだ。門は開かん。取り囲んで己らの選択の愚かさを理解させるのだ!』
ガルドとの戦いに身を置きながらもゾーンがそう指示を飛ばす。
普通に考えればその命令は適切ではあった。確かに『レオルフ』の突進力は脅威だが、リンローは自ら敵陣のただ中へと無謀にも突っ込んできた。城門も鉄機兵どころか巨獣も通さぬ強固な鋼鉄製。対して『レオルフ』の巨獣兵装であるフレイムボールは強力な攻撃だが、木造ではないこのナタルの門を容易に破壊できるほどではないはずだった。ドラゴンが共に来て工作を仕掛ける事も想定し、対空を想定して用意した弩弓は破壊されたが、ドラゴンはこの場にはいないのだから内側から仕掛けられる事もない。
だからこそゾーンはリンローたちの行動を無謀と断じた。もっとも彼らの意図を理解したとしても出せる命令にそう違いはなかっただろうが。
『開かん……か。フッ』
『何がおかしい拳骨嵐?』
対峙するガルドの余裕にゾーンが訝しげな視線を向ける。
『そうだな。実際に見た方が早かろうよ。行けるなリンロー殿?』
『あいよぉっ』
そう返したリンローの『レオルフ』の背にはいつもの壺状の巨獣兵装フレイムボールではなく、全長よりも大きく、先が尖らず平面となっていて、そこに紋様と棘のようなものが付いている柱のようなものが設置されていた。
そして『レオルフ』が門の前にまで来て柱を接触させると、柱から地面にいくつもの針が飛び出して地面に突き刺さり、柱本体が回転を始めた。
その異様さにゾーンが眉をひそめる。
『なんだ、あれは?』
『あれはエルシャ王国戦で帝国軍のクラッシュワームタイプの巨獣機兵から鹵獲したものだそうだ』
ガルドがそう口にするとゾーンの表情が強張った。何が起きているのかは分からない。けれどもヘイロー軍が何をしようとしているのかは理解できた。
『あれも巨獣…… 兵装だと!?』
『はははは、将の首ひとつ取れてねえのは情けないが役割だけはこなさないとな』
リンローの笑い声と共にゴリゴリと門が奇怪な音を上げ始めた。それは明らかに破壊音。巨大な鋼鉄の扉の悲鳴であった。
『不味い。アレを止めろ』
『無理です。周りが強固に固められていて』
大盾持ちのオーガタイプたちがリンローの『レオルフ』を二重に守り、ザッハナインたちが迎撃している。故に止めることは不可能。そして、
『じゃあ、これで終わりだ』
次の瞬間、ドアノッカーと名付けられた巨獣兵装がグルリと回転するとけたたましい金属音と共に西門の扉が砕けたのであった。
次回予告:『第349話 少女、都市を占領する』
ちなみにガルドおじちゃんは拳骨嵐の名はあまり好きではないので、戦後はあまり拳骨を見せなくなったそうです。ガルドおじちゃんの可愛い一面が見れる、ちょっと微笑ましいお話ですね。




