第346話 少女、玉を得る
ライアス・ネテロコープ。
それが金剛軍団を率いる八機将シャガ・ジャイロの副官の名であった。
なお金剛軍団を実質的に率いているのは彼であり、それは八機将が軍を率いるというローウェン帝国に代々伝わる慣習に従っているが故の関係性であり、軍略に長けておらぬ者が八機将になった場合にはその点に秀でた武官を軍が副官として付けることがあるのだ。
そしてシャガは基本的にたったひとつのことを除けば指揮のほぼ全権をライアスに委ねており、そのひとつのことというのが強者と闘う際に手出しはさせぬというものであった。
シャガ・ジャイロはかつて闘技場で闘う剣闘士のひとりであり、己の身ひとつで成り上がって八機将にまで昇り詰めた男だ。
その気質は闘技場にいた頃から変わらず、またここまで彼が携わった戦争においてもその有り様を変えるような苦戦を強いられたこともなかった。ライアスという優秀な副官がついてからはなおさらだ。
このベラドンナ領にきてから陰りはあったが、それは反ローウェンであるアーネスト将軍による嫌がらせが発端だが、いずれこの地に戻ってくるであろうジェネラル・ベラドンナの繋ぎとしての役割で兵を損耗させたくないライアスの意向も合致していたために起きていた状況だった。
しかし、ここに来て彼らは大きくつまずいてしまった。
原因はベラ・ヘイローだ。
任命されて間もなく倒されたために記録から抹消された八機将デイドンを破り、ドラゴンを従えてムハルド王国を奪い、八機将ふたりを倒してエルシャ王国を奪還し、ここ最近ではジェネラル・ベラドンナをも退かせたという怪物。当然の如くシャガは彼女を強者と見込んで挑んだ挙句に敗北した。
こうなると八機将の半分を仕留めた八機将殺し、ローウェン帝国の天敵としてのベラの名は不動のものとなる。もはやかつてのクィーン・ベラドンナ以上に捨て置けぬ。だからこそライアスはシャガを犠牲にしてでもベラを確実に仕留める道を選んだ。
そのことをシャガも察し、己の敗北の責任を取ろうとしたのか、巨獣兵装の一斉射撃からベラを逃さぬよう足止めを自ら請け負った。そうして一体の鉄機兵に対してあまりに過剰な集中砲火が起きたのだが『彼女を殺す』には至らなかった。それどころかベラは意気揚々と宣戦布告をしてきた。
『必ずあたしが殺してやる』
一瞬、ライアスの喉の奥から悲鳴がでかかる。言葉だけで殺されるのではないかと心底感じてしまった。けれどもライアスとてローウェンの軍人だ。心胆寒からしめる事態と対面しても退くようなことはせず、その場に留まった。
(落ち着け。どう見てもアレの機体はもう動かない。状況は揺るがない。であれば我々が……!?)
負けるはずがない……と心の中で呟こうとしたライアスの認識は目の前の光によって遮られる。それは鉄機兵乗りならば誰もが知っている魂力の光だ。
『魂力だと!? まさか修復を?』
魂力とは鉄機兵が魔獣や同じ鉄機兵などを倒した際に抽出される魂の力だと言われている。そして鉄機兵は手に入れた魂力を用いて機体の修復や強化、またギミックウェポンを生み出すことすらもある。
とはいえだ。鉄機兵が魂力を使用して機体を修復したとしても直した箇所の安定化には時間がかかる。戦場で修復を行うなど正気の沙汰ではなく、闘うまでもなく一歩歩くだけで修復した箇所は炙られた血ゼリーのように崩れ落ちるはずなのだ。
『なんだい。左の玉は潰れてんのかい。仕方ないねぇ。おっと、この鉈も面白そうだ』
そう、動けるはずがない。しかし『アイアンディーナ』に突き刺さった鉄芯はボロボロと抜けて地面に落下し、穴の空いた装甲の内側から損傷箇所が塞がっていくのをライアスは見た。さらにはあろうことかハリネズミとなったシャガの『ディザイン』の右肩部から竜の心臓を抜き取り、握られていた超重鉈をも奪い取って立ち上がったのである。
『馬鹿な!?』
『ハァン? 驚くほどのことかい。この機体は竜機兵ではないけどね。竜の血を浴びて魂力による修復を瞬時に行えるようになってるんだ。アンタんところの諜報はそんなことも調べられてないのかい?』
『限度があるだろう。いくら竜機兵であってもその損傷をすぐさま直すことなどさすがに』
『ま、そうだけどね。確かにできてすぐはバネが緩いが、そこはそれ。うちの子はデイドンのフレームで補強されてる。それに竜の心臓がもうひとつありゃあ、いつも通りに動くのには支障ないさね』
そういっている間に『アイアンディーナ』の姿は徐々に元の形に戻りつつあった。
ベラの言葉が偽りでないこともその動きから明らかだ。ドクドクとライアスの心臓が高鳴りを覚える。震えでガチガチと歯と歯がぶつかり合う。己の死がそこにあると、本能が恐怖を呼び起こしている。
『ふざけるなよ。ここまでやって全部がひっくり返されて堪るものか。完全に回復させる前に殺すんだ。でなければシャガ将軍の死が無駄になるぞ!』
『バーカ、テメェで殺したんだろうが』
ベラがそうあざ笑いながら近づいてきたローウェン帝国軍の鉄機兵に突撃していく。
『ヒュッ』
そして超重鉈が振るわれ、鉄機兵が吹き飛んだ。
『おう。こっちの負荷もなしに弾けるのかい。シャガも良いモン持っていたじゃあじゃないか』
『将軍の武器をよくも!? 対鉄機兵兵装を使って動きを止めろ』
『ヒャッヒャ、させるわきゃないだろ。デイドン、燃やせ』
肩に乗っていたデイドンの頭部が開き、内部の竜の心臓が赤く輝いて炎が吐き出される。それは真横に流されて対鉄機兵兵装を使おうとした歩兵たちを燃やし、悲鳴をその場に響かせた。
『ブレスが使えるだと!?』
『竜の心臓がひとつ手に入ったんだよ。さっきよりもやれることが増えてるのは当然だろうに』
『しかしシャガ将軍のようにあの宝玉は燃えるオーラを出してはいない。であればまだ使いこなせては』
『馬鹿かい。お漏らししてるヤツァ三流だったってだけの話だ。あたしらの話を聞いていたのかね?』
その言葉の通り、シャガの機体から漏れ出ていたオーラは、生み出された魔力を運用しきれずに外に逃がされていた結果に過ぎない。その点『アイアンディーナ』は取り込んですぐであるにもかかわらず、ほぼ完全に竜の心臓の力を引き出していた。
そもそもがデイドンハートよりもふた回り小さな竜の心臓だ。出力も格も低いシロモノを『アイアンディーナ』に扱えないわけがなかった。そしてふたつの竜の心臓を得た時点で出力は『アイアンディーナ・フルフロンタル』時を超えている。
対してローウェン帝国軍は、悪喰茸の巨獣機兵により周辺の魔力濃度が薄くなっているために増槽を装備したところで通常の八割程度の機動力で動いている状態だ。
『じゃあ、やるかい!』
そしてベラの笑みとともに『アイアンディーナ・ドラゴンボーン』が動き出し、ここで狩る者と狩られる者の立場は完全に入れ替わった。吹き荒ぶ鋼鉄の嵐はローウェンの兵の悲鳴と血と鋼鉄を撒き散らし、その場を指揮していたライアスが見るに耐えぬほどに無残な形で討ち取られたのはそれよりわずかな未来のことであった。
次回予告:『第347話 少女、水を得た魚のようになる』
皆様、予想できていたとは思いますがマルドゥクなどという強そうな名前の愛機に乗る人だからと言って当然のように強いわけではありません。そしてライアスおじさんも残念でしたが、ベラちゃんは今日も可愛いです。




