第342話 少女、前へ進む
『総団長たちと連絡が繋がらないだと?』
防衛都市ナタルの眼前で開始された戦いの中、モーリアン王国軍が展開した鬼角牛の陣の頭部、つまりはUの字に展開された陣形の中心にいるリンローがたった今通信で受けた報告に対してそう問い返した。
それは右角に配置されていたベラ率いるヘイロー軍がベラドンナ自治領軍のビヨング騎士団を打ち破ったという報告の後、すぐさまパラから届いたものだった。
『はい、リンロー団長。状況から推測するに、ヘイロー軍が進軍していた一帯の魔力濃度が急速に低下して鉄機兵が動けなくなっているようです』
そう口にするパラの声もどこか落ち着かないものだった。一定距離の間でも通話が可能な通信機も魔力がなければ通じない。鉄機兵ではなく生身の兵が伝達を進めているだろうが、詳細な情報が来るまでにはまだわずかに時間を必要としていた。
『詳しい報告はまたすぐにでも送りますが、視認されただけでも複数の巨獣機兵が獣機兵たちの中から出現し、両陣営ともに乗り手も機体を降りて歩兵とともに戦闘を継続しているようです』
『そうかい。とりあえず新しい報告があったら教えてくれ』
リンローがそう返してから通信を切り、それから苦い顔をしてベラたちのいる方へと視線を向ける。
リンローはベラの眷属となって以来、離れていてもベラの存在をある程度は感知できる。そして少なくとも現時点でベラに何かしらの問題が生じているようには感じなかったし、リンローの正直な気持ちでいえばベラならばこの状況であっても特に問題はないだろうと考えていた。己の主人が『この程度』でどうにかなるなど微塵も思っていなかったし、『アイアンディーナ』と共にいるのならばどうあれ、しのぐだろうとも。
しかし竜撃隊や他の兵たちに関していえば話は別だ。そして今この状況でヘイロー軍の戦力が落ちるのはいささか以上に不味かった。そのリンローの焦りを感じたのか、リンローの護衛として配置されていたモーディアス騎士団のガルドが通信を繋いでくる。
『リンロー団長、話はこちらも聞いた。どうする?』
その言葉にリンローがわずかに唸った。リンローの乗る『レオルフ』はドラゴンの因子が交わった混機兵であり、竜の心臓を有しているために今ヘイロー軍に起きている状況にも対応はできる。けれどもリンローは首を横に振りながら前を見た。
『ガルド将軍……このまま進みます。俺に与えられた役割は門を破壊することだ。で、それをやれるのは俺だけだからそこから背を背けるこたぁ、できねえよ』
『そうか。であれば、何も言うまいよ』
ガルドはあっさりとそう返して引き下がる。自分がベラの元に向かうと口にすれば苦言を呈されていたのだろうな……とリンローは考えて苦笑しながら、再び前へと集中する。自分で口にした通りに、リンローに望まれているのは防衛都市ナタルの城門まで到達しソレを破壊することだ。
(総団長、まあ……あの人なら万が一もないだろうが、しかしこの状況がローウェンの仕掛けたことだとすれば厄介ではあるか)
鉄機兵を稼働不能にする仕掛けなどリンローには見当もつかぬが、鉄機兵という兵器によって成り立つ今の戦場においては非常に大きな意味を持つ。加えてそれは対ドラゴンとして有用であることもリンローは察していた。ともあれ今は己の役割を準ずるべきとリンローは動き出し、その一方で彼の主人であるベラ・ヘイローは……
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『ヒャッハァアアアア』
大きくウォーハンマーを振り下ろしてローウェン帝国軍の鉄機兵の頭部を粉砕する。
『ギド隊長!? このッ』
『待て。一対一では勝てん。取り囲んで』
『ヒャッヒャ、どっちだって同じだよ。この『ノロマ』どもが!』
ベラが笑い声をあげながらウォーハンマーを、小剣を、竜尾を、竜爪を、盾を、敵から奪った槍を、拾い上げた鉈剣を一瞬たりとて止まることなく振るい続けていく。それはもはや嵐の如く。
『クッ、止まらない。なんなんだ、あれは!?』
『駄目です。こちらの攻撃が当たらない。動きがまったく追い付けない』
『クッ、巨獣機兵のせいでこちらの挙動も鈍くなっている』
『なのに、なんでアイツは変わらないんだよ!?』
ローウェン帝国軍金剛軍団の兵たちが驚きを露わにしながら迫る敵に圧倒されていた。彼らの機体はそれぞれがギミックウェポンの増槽を積んでいたのだが、機体数の問題もあり、支給されたのは一機に対して一個のみだった。残念ながらその程度では鉄機兵をいつも通りに操作するには魔力が足りない。例えるなら今の彼らは機体の両手足に鉛の重しをつけているかのようなものであり、慣熟訓練こそおこなってはいたもののいつもと同じ動きをする……と言う風には当然行かなかった。
対してベラの『アイアンディーナ・ドラゴンボーン』は増槽と竜の心臓のふたつを保有している。ブレスや回転歯剣などと言った魔力消費の激しい攻撃は難しいものの、いつも通りの動きをすることは可能であった。
そのために両者の差は広がり『アイアンディーナ』がローウェン帝国軍を蹂躙すると言う構図が成立していたのであった。
(自分たちの仕掛けた罠にかかってりゃあ世話ないね。とはいえ、誘導されてる感は否めないか。目的地は変わらないからいいけどさ)
ベラがわずかに目を細めて周囲を見回しながら、心の中でそう呟いた。
確かに敵を圧倒こそしているが、どうにも戦いの流れに恣意的なものをベラは感じていたのだ。けれども、目標は決まっているのだからその流れに逆らうという選択肢もベラにはない。
この防衛都市ナタルを落とすことは絶対としても己の兵をここでムダに死なせることはできないのだ。この地からヘイローの国は遠い。ドラゴンで空輸できるにせよそれは限られた物資で、増援を要請しても数ヶ月の時を要するし、そもそも外に回せる戦力が今の傭兵国家ヘイローにそれほど残されているわけではなかった。
つまりは現状の戦力を維持できなければヘイロー軍はこのモーリアンの地を去るしかなく、だから歩兵も、無防備な無人の鉄機兵もまとめて破壊できるヘッジホッグベアの巨獣兵装の使用は絶対に阻止せねばならなかった。
『ま、やるべきことをやるだけさ』
そう嘯きながらウォーハンマーを振るって敵を退け、鋼鉄の竜巻となってベラはローウェン帝国軍をかき分けて突き進む。
対鉄機兵兵装の数も多いが、それらをさばくのもベラにとっては手馴れたものだ。地面スレスレにウォーハンマーを横薙ぎに振って歩兵たちを吹き飛ばしながら、背後を取ろうとしたローウェン帝国軍の鉄機兵の足を竜尾で絡めて転ばし、そのままウォーハンマーのピックを落として胸部ハッチを貫いた。その後すぐにその場を跳んで続く敵鉄機兵の槍の突きを避けると籠手から伸ばした竜爪で頭部を斬り飛ばした。
そうしてまるで猿の如く、敵兵の列を抜けた『アイアンディーナ』の前に出てきたのは、まるで闘技場の如く周囲を鉄機兵を壁にして円状に囲んだ場所だった。それは鉄機兵の模擬試合でよく観られるものだった。
そして、中央には黄土色をした装甲の厚い 鉄機兵が一機で立っていた。全長は5メートルとやや大型で、特徴的なのは手に持つ巨大な鉈剣だ。
(アレが超重鉈かい)
その武器を、機体をベラは知っていた。
重量級の騎士型鉄機兵『ディザイン』。それは八機将シャガ・ジャイロの愛機である。シャガ・ジャイロは自ら戦場に出ることが多いために、機体の特徴もその戦い方は敵味方問わず、多くが知っている。シャガも特に隠すことなく、それを見せつけているのだからなおさらで。
強さにしか興味はなく、強者を見れば戦おうとせずにはいられぬ戦闘狂。それがシャガ・ジャイロという男だった。
とはいえ、この状況下でこう仕上げてくるかとはベラも苦笑せざるを得ない。
『ようこそ、ベラ・ヘイロー。我らが決闘の場に。この場に来たということがお前が我と戦うに値する証左となった。そうであろう、皆のもの』
鉄機兵『ディザイン』の中から聞こえてくるシャガのものであろう者の声に周囲の兵たちから『オォォォオオオオ』という歓声が湧き上がる。どうやら念入りに準備をしていたらしいと理解したベラが眉をひそめながら口を開いた。
『妙な動きをしているかと思えば、こんな余興のためだったとはね』
『余興ではない。ナタルが奪われようが、ベラドンナ自治領が失われようが我にとってはどうでもいいこと。我の望みはジェネラルを退けたお前の力だ』
その言葉にベラが眉をひそめる。
(話に聞いていた通りに酔狂な男だね。分かりやすいお膳立てだが……あたしにとっても都合がいいことは確かか。となれば)
『ま、どうであれ、あんたの遊びには付き合ってやるさ。あたしのするこたぁ変わらないしね』
『いつまで遊びで通せるか……それも楽しみにしておこうか。さあ我こそはローウェン帝国軍八機将『圧殺』のシャガ・ジャイロ。我が愛機『ディザイン』と共に汝を討ち亡ぼすなり』
『ヘイロー軍総団長ベラ・ヘイロー。あたしのかわいい『アイアンディーナ』と共にあんたの首をいただこうかい!』
そして両者が口上を終えたと同時に動き出すとベラとシャガの戦いが始まり、互いの武器がぶつかって戦場にけたたましい金属音が響き渡った。
次回予告:『第343話 少女、暴れる』
シャガおじさんは自分に酔って周りが見えていない可哀想なおじさんなのでした。それに嫌な顔もせず付き合ってあげるベラちゃんはまるで聖女のような慈愛に満ちていますよね。




