第341話 少女、骨を纏う
『降りなデイドン!』
巨獣兵装の発動を魔力を視る竜眼でいち早く察知したベラが指示を出すとデイドンがオォォオオオオンと咆哮のような稼働音を発しながら降下していく。そして低空飛行であったためにそう距離はなかった地面へとすぐさま着地した『アイアンディーナ』の中でベラは放物線を描いてその場に落ちてくるのを確認すると、降り立ったデイドンを庇う形で回り込み左腕の竜骨の盾を持ち上げた。
(さて、ここからは運試しだねえ)
典型的な円形盾の形で整えられている竜骨の盾の面積はそう広くなく、それだけでは受けきれぬためにウォーハンマーと竜尾も高速で振るいながら落ちてくる鉄芯を弾いていく。火花が散り、装甲の欠片が弾け飛び、すべてが落ち切った時にその場は針の山という様相となったが……舞った土煙の中にいる『アイアンディーナ』はまだ健在であった。
『ふぅ、なかなかにスリリングだったじゃあないか。まったく容赦ない』
ベラが感応石を通して機体の状態を確認しながらそう呟いた。
装甲がいくつか吹っ飛んではいるが、動きに支障をきたすほどの損害はなく、このまま動くのには支障はない。一方でデイドンの方の損害は無視できぬものであった。
『で、あんたは翼がやられたのかい。まあ、デカいからねソレ』
ベラが後ろにいるデイドンを見てそう口にする。『アイアンディーナ』が盾となったことで本体へのダメージはほとんどないデイドンではあったが、広がった翼を畳むのには間に合わず、両翼共に鉄芯が突き刺さって今戦闘はもう使用不可能な状態になっていた。
『しっかし、相手の狙い通りにやられたわけだ。ドラゴン相手にあの巨獣兵装はそこそこ厄介だね』
この結果がローウェン帝国に届けば次からも同じ手で責められるのは目に見えているし、ここまで必勝であった上空からのブレス攻撃を相手が対処可能となった事実は大きい。
(とはいえだ。対策を練られるのは時間の問題だった。ここぞという時に使われなくて助かったと思うべきだろうねぇ)
そうベラは考えたが、ローウェン帝国にしてみれば『今この時こそ』が『ここぞという時』であったはずだ。
けれどもベラに言わせれば、獣機兵たちを突っ込ませた上で悪喰茸の巨獣機兵化など、対処する時間を与えてくれと言わんばかりの愚行でしかなかった。
自ら激突したのと同時に発動させたのであればヘイロー軍も立て直す間も無く大打撃を受けていただろう。効果の確認と自分たちの安全の確保を優先した結果、ヘイロー軍に反撃の機会を許し、こうしてベラは敵陣のすぐそばにまで到達できていた。
とはいえ多勢に無勢には変わりなく、普通に考えれば絶体絶命の危機のままではあるのだが。
『ドラグコートは……この魔力濃度じゃあ動きが鈍くなるだけだね。となればだデイドン。装甲を切り離してあたしに巻きついてくれるかい?』
ベラの言葉にデイドンがォォンンと鳴くとその身がバラバラと崩れていく。もちろんそれは自壊しているわけではない。機械竜であるデイドンは鉄機兵と同じく、各部位を分離させることが可能だ。魔力量がほとんどない現状で合体しドラグコートを動かすのは難しいが、装甲などのデッドウェイトを外して、ただ竜の心臓を『アイアンディーナ』の出力機関として増設するだけならば話は別だ。
装甲部位や翼、足などをパージし、骨のようなフレームとなったデイドンが『アイアンディーナ』に巻きついていく。そうしてデイドンを絡めたことで竜の心臓を咥えた竜頭が肩部に置かれ、骨を組み合わせたかのような装甲を身につけた今までにない『アイアンディーナ』の姿がそこに誕生していた。
マギノがのちに『アイアンディーナ・ドラゴンボーン』と名付けることとなるその形態は通常であればあまり意味のあるものではない。それは現在の『アイアンディーナ・フルフロンタル』のままでデイドンの成長した竜の心臓をプラスしては負荷が大きすぎるためだ。
けれども現在は悪喰茸の影響で魔力の川より魔力を吸収することができない。だから竜の心臓の出力のみであれば八分程度、そこに増槽を加えることでほぼ十全に『アイアンディーナ』は活動することが可能となった。
『とはいえ、多勢に無勢というのは変わらないが……けど、連中はこの状況で『いつも通りに』動けるのかねえ?』
土煙が消え、気がつけば『アイアンディーナ・ドラゴンボーン』の周囲をローウェン帝国軍が取り囲んでいる。けれども、果たして『本当に追い込まれた』のはどちらなのか、この場にいる兵たちは数刻と経たずに知ることとなる。己の命を代償として。
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『対ドラゴンと対鉄機兵。この状況を造りあげる技術と発想。あの老人はまことに天才ではあるのだろうな』
イシュタリアの賢人を名乗るロイ博士のことを思いながら、シャガ・ジャイロがそう呟いた。
状況はおおむね順調に進んでいる。この戦場においてもっとも厄介であったヘイロー軍の戦力は今や半減以下であろう。悪喰茸の巨獣機兵化と増槽とヘッジホッグベアの巨獣兵装の組み合わせはまことに凶悪なものだ。
その性質を考えれば対ドラゴンというよりも対鉄機兵としての性質の方が大きく、発動してしまえば鉄機兵であろうと獣機兵であろうと完全に機体を無力化されてしまう。
ドラゴンに対しては竜の心臓という魔力を自己生成する器官があるために動きを封じ切れるわけではないがそれでも飛行能力とブレスを封じることは可能だ。
そしてこれまでドラゴンと対峙する際にもっとも問題だったのは攻撃をどうやって届かせるか……という至極単純故に根本的なものだった。
刃さえ届けば殺せるが、近づけもしないのではそもそも勝負にすらならない。どれだけ剣を振るおうとも空を切るだけでは意味がないのだ。だからこそドラゴンを地に落とすこの手段には価値があった。
『しかし恐ろしいものですな。アレは下手をすると今の戦争を過去のものに戻しかねない』
シャガの愛機『ディザイン』の横に並ぶ副官ライアスの鉄機兵鉄『マルドゥク』からそんな言葉が響いてきた。
約六百年前に鉄機兵という機械の巨人が広まってからというもの、このイシュタリア大陸の戦場は大きく変容を遂げていった。
人と人との争いは鉄の巨人同士の戦いとなり、戦場の花形であった精霊機は追いやられ、現在のヴェーゼン地域内では鉄機兵の調整が可能な四大精霊機以外の姿を見ることもなくなっていた。
しかしイシュタリアの賢人ロイという稀代の怪物によって獣機兵と竜機兵が生み出され、それらが広まる過程で巨獣機兵、巨獣兵装なるものまで出現し、さらに昨今においては鋼機兵なる鉄機兵の上位機までもが帝国内で開発されつつある。時代は今、着実に進みつつあった。
しかし、それらすべてを台無しにしかねないのが悪喰茸の巨獣機兵の存在だ。今や希少な存在となった魔術師すらも意味をなさなくなり、生身で剣と剣とで斬り合う原始の戦いにまで戻りかねないとライアスは考えていた。
『それはそれで面白いとは思うが……アレは巨獣の獣血剤ではなく株分けで巨獣機兵化ができることにある。扱いに注意せねば、自軍への影響も馬鹿にはできぬのは確かだ』
高い繁殖能力を有する悪喰茸を元に生まれた巨獣機兵の固有の兵装は株分けによる獣機兵の強制的な巨獣機兵化であった。今回は六体の獣機兵を戦闘前に感染させ、四体が発症に至った。発症は確実ではないものの、六割以上の確率であれば作戦に支障はない。
けれども、こんなものが戦場に出てきては、誰も彼もが鋼鉄の巨人を降りて戦わなければならなくなる。動けるのは竜機兵か増槽持ちくらいなもので、ローウェン帝国内でも竜機兵の数は少なく、ギミックウェポンの増槽もすべての機体分を揃えられるわけではない。
(こんなものが常態化すればいずれは鉄機兵の時代は終わり、戦いは人の手に戻る。まあ、それも良いのだろうが……)
未来よりも今だ。そしてシャガが今見ているものは、ただひとりであった。
『それでライアン、ベラ・ヘイローは予定通りに来ているようだな』
『想定外ではありますがね』
『つまりは予定通りということだろうよ』
シャガがニタリと笑う。
ここまでの自分たちが動かした仕掛けを考えれば、ヘイロー軍はドラゴンを除けば烏合の衆と成り果てたはずだった。増槽持ちがいたとしても多勢に無勢。正面からやり合えば負けることはないはずだった。
しかしベラ・ヘイローはそうした状況を食い破ってやってきた。すでに『アイアンディーナ』が機械竜と共にローウェン帝国軍の軍勢の一歩手前まで来ていることは確認が取れている。そしてそれは彼らの想定にはないことで、だからこそシャガにとっては予定通りのものだった。
『あの老害を打ち破れる相手がその程度できなければ興ざめも良いところだ。それでこそ、我の相手に相応しい』
シャガは信じていた。
どれだけの手を尽くそうと、どれだけの策を練ろうと、ひと握りの強者にとってソレらは何ら意味をなさないものでしかないと。戦略を個人がひっくり返し、軍勢をただの一機が打ち砕き、すべての困難を乗り越えて立ち続ける存在。己がそうであり、ジェネラル・ベラドンナがそうであり、ベラ・ヘイローがそうであると。そうした相手を自らの手で殺すことにこそ価値があるとシャガは考えていた。
そして通信機からベラが戦闘を開始したことを告げる阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえ始めると、シャガが目を輝かせて口を開く。
『ライアス。兵たちにベラ・ヘイローをこちらに誘導するに留め、あまり踏み込み過ぎるなと伝えておけ。どうせ勝てぬ。無駄死にを増やすだけだ』
『では、やはり直接やり合うおつもりで?』
『当然であろうよ。アレを止められるのは我ぐらいなものだ』
シャガがそう口にしてフットペダルを踏むと鉄機兵『ディザイン』がまた一歩前へと進み出す。
最後のふるい分けは終了し、シャガはベラ・ヘイローを強者と確信した。そして強者と戦えることはシャガにとって何にも勝る喜びであり、ジェネラル・ベラドンナを退けた八機将殺しベラ・ヘイローは今この時、シャガにとって己の欲を満たしてくれる極上の相手として認められたのであった。
次回予告:『第342話 少女、暴れる』
シャガおじさんはベラちゃんを信じていますが、悲しいことにその想いは一方通行です。片思いって辛いですよね。もしかするとシャガおじさんはショックで死んじゃうかもしれませんね。




