第340話 少女、キノコを見る
ベラがギリギリと歯ぎしりをしながら正面を睨みつける。
その視線の先にいるのは獣機兵が変異した巨獣機兵だ。その周囲の獣機兵はすでにほとんどが崩れ落ちており、その周囲にはもう魔力がほとんど存在していないだろうことは見て取れた。
実のところ、その巨獣機兵の姿にベラは覚えがあった。
それはベラだけではなく鉄機兵乗りならば誰もが知っている『鉄機兵では決して勝てぬ』巨獣の姿に似ていた。
『まさか悪喰茸かい。ありゃあ?』
その名を悪喰茸という、巨獣の中でも珍しい巨大キノコの巨獣だ。
キノコなのに巨獣というのは奇妙な話ではあるが、虫であろうと植物であろうと菌糸であろうと該当すれば巨獣、或いは魔獣と分類されるため、悪喰茸も巨獣と定義されている。そして、この悪喰茸は直接的な攻撃手段を持たないが繁殖力が高く、出現すると周辺が悪喰茸で覆い尽くされていくという厄介な存在であった。
周囲の魔力を喰らい尽くすために、これが繁殖した地域は魔力の川が流れぬ魔力のない土地のような状態になり、魔獣も巨獣も近寄らず、鉄機兵も動かぬから討伐ができず、生物の魔力も吸って衰弱させるためにそこは人間が住むこともできなくなる。そのため、最終的に悪喰茸を討伐するには火で燃やし尽くすしかないのだ。
そしてベラが見る限り、獣機兵の中で出現した四体の巨獣機兵は茸の姿をしているようだった。
(ああ、クソ。やってくれるね。まさか『魔力を奪うだけ』の巨獣機兵とは。さすがに繁殖まではしてないようだが……こりゃあキツい)
ベラが眉間にしわを寄せながら針が下がっていく魔力メーターに注視する。
ただ魔力を喰らうだけの巨獣機兵。それはあまりにも単純だが効果は劇的であった。百戦錬磨のヘイロー軍とて鉄機兵が動かなければ戦力は大きく落ちてしまう。今はまだ稼働するが、そう遠くないうちに金属でできた無敵の兵隊たちはただの木偶と化すだろう。
とはいえ敵対している獣機兵たちもそれは同様で、半獣人たちが機体から出て攻撃を仕掛けてきたとしてもラーサ族の戦士が遅れを取るわけがないとベラは確信している。
だから問題はその背後から近づいてきている者たちだ。
ローウェン帝国軍の八機将である『圧殺』シャガ・ジャイロ率いる金剛軍団と先ほどの『ヘッジホッグベア』の巨獣兵装を有する獣機兵たち。彼らがこの場に向かってまっすぐに向かってきているところをみれば、当然のことながらこの魔力が枯渇した場所で活動できる手段を有しているのは間違いないだろう。
『ま、こうなっちまったならしゃーないね』
そう口にするとベラの表情から険しさが消えていく。
状況は最悪に近いが、だからと言って苛立ち続けたところで改善するわけではないのだ。その切り替えの早さこそが、ベラがここまで勝ち続けてきた一因でもあった。
『ジャダン、増槽のひとつをガイガンに渡しな』
ベラが魔力不足で不安定な通信機を通じてジャダンに声をかける。
増槽とは魔力を溜めて使用するギミックウェポンだ。ベラドンナ傭兵団の頃から活用しており、現在は爆炎球を連射するのに多量の魔力を必要とするジャダンの火精機にふたつ搭載されていた。
『あいよ。それでご主人様、お渡しするのは一個だけでよろしいんで?』
『駄目に決まってるだろ。もう一個はあたしに寄越しな。あんたは火精機を解除してヘッズにでもしがみついてるんだね』
『ヒデェ』
ジャダンがそう愚痴りながら『アイアンディーナ』に増槽を渡すが、現状において魔力消費の激しく燃費の悪い火精機『エクスプレシフ』を攻撃に使うのは無謀に過ぎるというものだ。さらに火精機などの精霊機 は召喚によって魔力で構成された機体であるため、現時点ですでに装甲の構成も崩れ始めていた。
『分かりやしたよ。マリア、お手柔らかに頼むぜ』
『さて、総団長。トカゲがそう言ってますがどうします?』
『トカゲは張り付くのが得意だからね。遠慮せずにぶん回してやりな。この状況でまともに動ける機体は少ない。存分に暴れてもらう』
そのベラの言葉にマリアがニタリと笑う。
竜の心臓を持つ亜種竜機兵の『ヘッズ』は十全とはいかないがこの状態でも戦闘を行い続けることが可能だ。ブレスや飛行は難しくとも普通に戦う分にはそれほどの支障もないのである。
また、それはドラゴンであるロックギーガたちも同様であり、今は地上に降下してヘイロー軍の戦列に並んでいた。その様子を見ながらベラは続いてガイガンへと通信を繋げる。
『ガイガン。あんたはこの増槽で機体を維持しながら半獣人たちの掃討を指揮するんだ。他の連中は鉄機兵から降りて戦わなきゃあならないが……問題はないね?』
『はははは、ベラ総団長。ラーサ族は武器さえあれば生身でも鉄機兵程度ならば相手取れますぞ』
ガイガンの返しに、周囲の兵たちからも同意の声が上がる。
その様子にベラが満足げに頷いた。彼らの勇猛果敢さはここまでの戦いでベラもよく理解できている。鉄機兵に乗れば無敗の怪物と化すベラも生身では彼らには敵わない。この場をガイガンたちに任せることになんの不安もなかった。
『結構だ。であれば、ドラゴンたちと連携して半獣人どもを殲滅。可能であれば巨獣機兵の対処も進めるんだ』
『承知しました。しかし総団長。ローウェンの手勢も迫ってきております。後方にいる巨獣兵装持ちも』
『分かってるさ。まあ、あたしゃか弱いから鉄機兵なしじゃあまともに戦えないしね。貧乏くじだと思ってアレだけはあたしが止めておくよ』
そう口にしたベラの視線の先にあるのは巨獣兵装を持つオーガタイプの獣機兵たちだ。ヘッジホッグベアの巨獣兵装から打ち出される無数の鉄芯は高高度から魔力の有無など関係なく落下して歩兵も無防備な鉄機兵も貫く危険な兵器だ。現状の鉄機兵の盾が使えないヘイロー軍では最悪壊滅しかねない。
『しかし、ここからあそこまでを通るには』
『問題ない。来たねデイドン!』
ベラが頭上を見上げると上空より降下してきた機械竜『デイドン』の姿が目に入った。ベラが何も告げずともデイドンは己の為すべきことを理解していた。ベラの望みを察していち早く動いていたのである。
そしてデイドンは『アイアンディーナ』の肩部を掴むと一気に飛び上がる。悪喰茸の影響範囲外からの急降下により未だ魔力が十分にあるため、デイドンは『アイアンディーナ』を掴んだまま低空飛行で移動していく。
『総団長、お気をつけて!』
そのガイガンの声にベラはウォーハンマーを持ち上げることで返事を返しながら、増槽を持つもう片方の手をデイドンに近づけた。
『デイドン、こいつで食い繋ぎな』
ベラから渡された増槽をデイドンはひと飲みするとさらに翼を広げて加速していく。やはり魔力不足で高度が取れず、悪喰茸の影響範囲から逃れることはできないが、行きの駄賃には足りるだろうと見込んでベラはそのままデイドンを飛ばしていく。それからもうまもなくローウェン帝国軍の列にまで届こう……という時点でベラの目が見開かれた。
『まあ、そう来るだろうねぇ』
ベラがそう呟いた。
それは当然といえば当然の話だろう。元々彼らはドラゴンという空からの脅威を排除するためにソレを用意していたのだろうから。
そして、ローウェン帝国軍の後方にいるオーガタイプの持つ巨獣兵装から無数の鉄芯が放たれると『アイアンディーナ』とデイドンに対して鉄の雨が降り注いだ。
次回予告:『第341話 少女、抗う』
キノコ狩りの季節ですが、ベラちゃんはちょっとOHANASHIをしに行っているので参加できません。残念でしたね。




