第339話 少女、ハメられる
『うぉぉおおおおお、空から鉄芯が?』
『なんだ、これは!?』
悲鳴のような叫びが戦場を響き渡り、次々と降り注ぐ鉄芯の雨に兵たちが串刺しとなって朽ちていく。
八機将シャガ・ジャイロ率いるローウェン帝国軍を前にしたモーリアン王国軍を襲ったのは上空から降り注ぐ鉄芯の雨であった。歩兵は言うに及ばず、鉄機兵とて防御が間に合わなければ無数の鉄芯に突き刺さって破壊されていた。
そして、それを成したのはシャガの乗る鉄機兵『ディザイン』の後方に並ぶオーガタイプ獣機兵たちだ。彼らの持つ、かつてベラたちも対峙したことのある巨獣機兵ヘッジホッグベアタイプから造り出した巨獣兵装が今一斉に放たれたのだ。
鉄芯はモーリアン王国軍の鉄機兵も歩兵もまとめて貫き、無数の鉄芯が並び立つその場はまるで墓標のようになっていた。
『なるほどねぇ。アレが対ドラゴン用の切り札ってわけかい』
『竜翼の翼膜は薄い。当たれば翼を傷つけ、落下する可能性は高いだろう』
ケフィンの言葉にベラが『確かにねぇ』と呟く。
ビヨング騎士団はマイケル以下の団幹部を確保されたことですでに戦線を離脱している。そして、その間に先行したモーリアン王国軍に追いつこうと動き出した矢先にケフィンから巨獣兵装使用の報告があった。広範囲に渡る鉄芯の雨は低空飛空でブレスを吐くドラゴンに対しても確かに通用する。仕留めるには至らないが、翼が傷つき地上に落ちたドラゴンはそれでも強力な巨獣には違いないが、刃は届くのだ。数で押せば倒すことは不可能ではない。
『しかし相手は手札を切ってしまいましたな。焦ったのでしょうか?』
そばにいたガイガンからの問いにベラは『どうだろうねぇ』と返す。
ローウェン帝国軍は現時点でモーリアン王国軍に追い詰められていた様子はなく、そうしなければならないほどの事態にあったわけではないはずだった。
『あたしらを近づけさせないための威嚇かもしれないね。確かにあの範囲で撃たれればドラゴンも無傷じゃ済まない。本来であれば慎重に攻めるところなんだが、あたしらはここを落とすのに時間もかけられない。こいつは少々面倒だね』
あの巨獣兵装の射程圏内で上空からのブレス攻撃を行うことは悪手。けれども、それもベラたちにとっては面倒……という程度の認識でしかない。ドラゴンを飛ばせぬのならば地上に下ろせばいいだけではあるのだ。翼ならいざ知らず、ドラゴンの鱗ならば鉄芯とてそう易々と貫くことはできないし、刃が届くだけでドラゴンが恐るべき巨獣であることには違いない。落下し孤立した状態で囲まれるならばともかく、竜撃隊と並んで戦う分にはただブレスを吐くよりも戦力としては強力だ。
『盾持ちを先行させますか?』
『チマチマとやるのは好みじゃないが仕方ないね。ようはヤツらのところにまで辿りつきゃあいいんだろ』
巨獣兵装にしても上空からの攻撃に備えて挑めばいいだけのこと。鉄機兵ならば盾で防御を固めれば対応できるし、歩兵にしても鉄機兵を盾にすれば対処はできる。
どの道、巨獣兵装があるならばある程度の犠牲はありきで挑まなければならないのは使用している己らが一番よく分かっていた。
そして巨獣兵装は強力すぎるが故に接近すれば味方との同士討ちを恐れて使えなくなるシロモノだ。ただの正攻法であるが、防御しながら突き進むことこそがもっとも確実な策だとベラもガイガンも考え、直進するように指示を出そうとすると、
『正面、ローウェンの獣機兵部隊だ』
ケフィンより通信が入ってきた。それにベラが舌打ちをする。
『まあ、相手も当然読んでるってわな』
『消耗品扱いとは。かつての敵とはいえ哀れなものですな』
『その哀れな連中と共倒れってのはゾッとしないね』
ガイガンの言葉の通り、迫ってきている獣機兵はかつて対峙した敵、エルシャ王国を蹂躙していた獣機兵軍団の生き残りであった。
一部はヘイロー軍に投降し奴隷部隊として現在は扱われている。一方でローウェン帝国へと逃れた彼らの扱いはさらに悪いようで、肉の壁同然の使い捨て部隊とされているのだとヘイロー軍にまで届いていた。
そんな彼らが先行して迫ってきているのだと分かれば、ローウェン帝国軍は彼らでヘイロー軍を足止めした上でもろとも巨獣兵装で仕留めるつもりだと考えているだろうことは容易だ。
『いかがいたしましょう総団長?』
『このまま突っ込むのは得策じゃあないね。それにだ。獣機兵どもの動きを見てみな。どうにも慌ただしいしまともに統率も取れちゃいない。牧羊犬に追い立てられてる羊のようじゃあないか』
『……確かに。となれば、引き付けて撃破……ですかな?』
『そうだね。巨獣兵装の射程圏外に誘い込んで仕留めようじゃないか』
ベラがそう返しながら正面を竜眼で観察する。
魔力の色を視て分かるのは彼らの焦燥だ。獣機兵たちは退くことも許されず、ただ戦うことを強いられている。先ほどの巨獣兵装の攻撃は彼らも見ている。であれば、己らの末路も分かっていることだろうし、彼らもベラたちの誘導に乗るしかない。ヘイロー軍と戦って勝てるかはともかく、それは味方に殺されるよりはマシな選択なのだから。
『ケフィン、巨獣兵装持ちのオーガタイプが動いたらすぐに教えな』
『承知した』
『我々はいかがいたしましょうベラ様?』
後方で槍鱗竜ロックギーガに乗っているリリエから声がかかった。
すでに敵のドラゴン対策は知れたのだ。相手にしてみれば確かに一方的に炙られることを回避する一手であることは間違いなく、それは正しく機能してはいるが、であれば他にやりようもある。
『敵の手札が割れた以上は遊ばせる意味はないね。まあ、あの巨獣兵装を受けたとしてもヘタなところに落ちなきゃ問題はないだろうし、ロックギーガたちも竜撃隊と並んで戦いな』
ベラの言葉に、長の指示を受けたロックギーガの歓喜の咆哮が戦場に響き渡った。それは迫る獣機兵たちの心胆をさらに冷やすこととなったが、ベラたちの思惑通りに彼らは動きを止めたヘイロー軍に対して突撃し、そのまま両者が激突する。
『しかし、こいつは確かに哀れだね。まるで痩せた犬っころの腹を蹴飛ばしているみたいだ』
『その例えはいかがかと思いますが確かに』
ベラが獣機兵たちを見た感想がそれだった。
かつての頃とは違い、獣機兵軍団の動きは精彩を欠いていた。並の鉄機兵と同程度の強さしかなく、ヘイロー軍の精強な獣機兵たちとはあまりにも違い過ぎた。
そんな相手にヘイロー軍が、竜撃隊が、ドラゴンたちが、ベラ・ヘイローが負けるはずもなく、当然のことながら戦いは一方的なものとなり、正しく蹂躙という形となっていく。
その様子をジッと見ている者がいたが、ベラたちは気づいていない。状況は完全にヘイロー軍の有利で進んでいるのだ。だからこそ彼らは気づかなかった。食いついた餌の中に鋭い釣り針が仕掛けられていることに。深く食い込むほど、彼らの口内に届いていることに。
『む、なんだい?』
その変化に最初に気づいたのはベラであった。
彼女の金色の瞳は竜の血を浴びたことで変異した竜眼。それは魔力を可視化し、その動きを追うことが可能な魔眼の一種だ。その眼が、とある異変を捉えたのだ。
『魔力の川からの魔力の流れが……これは、まさか!?』
ベラは気づいた。獣機兵たちの軍の中で、未だヘイロー軍と接触のない後方に上空の魔力の川から降りてくる魔力が流れているのが視えたのだ。
『不味い。全軍、退け。この場は良くない』
『総団長? しかし、獣機兵たちがいては』
ベラも正しく何が起きているのかを理解していたわけではない。ただ、これだけは分かっていた。鉄機兵乗りで何よりも気をつけなければならないのは周囲の魔力量だ。鉄機兵は魔力を自力生成はできないのだから魔力がなければ無力化してしまうのだ。だからこそ鉄機兵乗りは魔力メーターで状況を逐一把握する。
『どういうことだ?』
『メーターが減って……クソッ、総団長の言う通り離れるんだ』
『このままでは鉄機兵が動けなくなるぞ』
その魔力メーターの針が一気に落ちていくのをヘイロー軍はすぐさま察知した。獣機兵軍団の中で何体かの獣機兵たちに異変が起こって変異していくのが見え、その様子には敵味方双方より驚きの声があがった。どうやら獣機兵に乗っている半獣人たちも想定外の状況のようだった。
そしてその場に出現したのは巨獣機兵だ。
もっともソレは即席のデキソコナイ。戦闘能力も防御力も低く、己の制御もできぬただのデクだ。だが、それらはとあることには特化していた。
『クソッタレのローウェンめ。やってくれたね。あの連中!?』
ここしばらくの中でも久しくなかったベラの焦りの言葉が口から出て、巨獣機兵の周囲が徐々に沈黙していく。
鉄機兵は周囲の魔力がなければ、ただの巨大な人形でしかない。巨獣機兵が吸収することで急速に魔力が失われれば獣機兵も鉄機兵も動くことができず、次々と崩れ落ちるしかない。それはつまり鉄機兵の無力化だ。ドラゴンも竜の心臓があるから動けはするが、もはやブレスを吐くことも空を飛ぶこともできない。そして……
『それでは竜狩りといくか』
その動きに呼応して動き出した者たちがいた。それはシャガ率いるローウェン帝国軍の鉄機兵たちだ。彼らは予め用意していた魔力を貯めておいた『増槽』を背負って一斉に動き出したのである。
次回予告:『第340話 少女、抗う』
シャガおじさんの隙を生じぬ二段構えのサプライズにベラちゃんもビックリです。けど、このままシャガおじさんにヤラレっぱなし……というわけではないですよねベラちゃん?




