第338話 少女、差を見せる
『さて、息子の方の味はどんなもんだろうねぇ』
ベラが舌なめずりをしながら接近してくる鉄機兵を見て、フットペダルを踏んで『アイアンディーナ』を進めていく。
対するマイケルの鉄機兵『イグナイト』は機動性重視の騎士型鉄機兵で通常の鉄機兵をはるかに凌ぐ速度で移動していた。そして、それを可能としているのは脚部に装着された車輪脚と呼ばれる車輪を回転させた移動を行うギミックウェポンによるものだ。
マイケルたちビヨング騎士団第三隊はこのギミックウェポンでの高速移動で敵を翻弄する戦法を得意としているとベラはアーネストより聞いていたが……
『確かに速い。まるで小煩いハエのようだ』
『侮りの言葉だけは立派だなベラ・ヘイロー。けれどもついてこられなければ滑稽なだけだ』
『まあ、口だけのやつが滑稽なのは確かだが』
『もらった!』
背後に回った『イグナイト』が一撃を喰らわそうとランスを一気に突き出すが、それに『アイアンディーナ』は振り向きもせず尾で払うだけで軌道を外し、
『なっ!?』
『コバエは叩くに限るね』
そのまま『イグナイト』が体勢を崩して不用意に近づいたところを竜骨の盾で打ちつけた。そしてマイケルの悲鳴のような声を漏らしながら『イグナイト』が土煙をあげて転げていく。
『その機動力を高めるギミックウェポンはすぐに止まれやしないし、軌道も読みやすいからね。速いだけじゃあ雑兵しか殺せやしないのさ』
『今のはマグレ……ではないな。父を倒したのは確かだということか』
すぐさま意識を取り戻したマイケルが、小器用に車輪脚を操作して、転げた己の機体を立ち上がらせた。
『へぇ。立ち上がりの早さはなかなかのものだ。基本はできているじゃあないか坊ちゃん』
ベラがわずかに感心した顔を見せた。
車輪脚の弱点を理解した上で転げた際の訓練もしっかりと行なっているようだと理解する。
(まあ、そもそもがアレで編隊を組んでいたなら騎馬戦と同様、ランスチャージによる一撃離脱が基本だろう。であれば一対一を選んだ時点で戦術としては下策ではあるんだがね)
もっとも、ベラを相手に多対一で挑んだ時点で『加減』ができなくなり被害は拡大していたであろうから、実際にはそう間違った選択をマイケルはしたわけではない。結果的にではあるが。
また一撃離脱の戦術も相手次第では有効とは言えない。重装甲の鉄機兵などが大盾で待ち構えていたりでもしたら、とてもではないが突破することなど不可能だ。対してヘイロー軍の鉄機兵は騎士型と呼ばれるものに近いが、元々は各部族が組み上げてきた機体で、見た目は軽装か中装といったところであった。であれば……と、ビヨング騎士団はその外見で戦術を見誤っていた。
『クッ、倒れぬ……だと?』
『馬鹿な。巨獣でもあるまいし、鉄機兵一機でなぜ止められる!?』
『そちらの団長代行さんのいう通り、うちらはラーサの蛮族だぞ』
『我らは軽装甲の機動力と重装甲の防御力を兼ね備えていると知るがいい』
車輪脚を用いたビヨング騎士団第三隊が並走して行うランスチャージ『千葉樹』。それがガイガン率いる竜撃隊の鉄機兵たちの構えた盾によって止められていたのだ。
何しろ竜撃隊は戦闘民族であるラーサ族の中でも選りすぐりの戦士たちであり、ベラ・ヘイローに直接鍛え上げられた最精鋭だ。ただ速いだけの相手を押さえることなど造作もない。そしてビヨング騎士団第三隊はマイケル率いる若手を中心とした隊であり、古株の戦巧者がそう多くはない。セオリーから外れた状況に動揺が走り、一気に戦況はひっくり返されていく。
またそんな彼らとベラたちの戦場の間でも別の戦いが展開されていた。
『アーネスト団長、どうして!?』
マイケルの親衛隊たちが『イグナイト』の援護に回ろうとしたところを、アーネストの『ラハトゥ』やジャダンとマリアのコンビによって止められていたのだ。
『お前たちの団長代行は我がご主人様との一騎打ちにて決着をつけてもらう』
『あなたの息子ですぞ!』
『私はもはやご主人様の奴隷に過ぎん』
『それは魂まで売り渡したというのですか?』
かつての部下の問いに、アーネストは刃を振り下ろしながら頷いた。
『そう考えてもらって結構だ。モーリアンの未来のためならば私は魂すらも売り渡そう』
『言葉と行動が一致していませんな』
『見えているものが違うだけだ。そもそも我が国にローウェンなど組み入れるべきではなかったのだ。そして私はご主人様に未来の光を見た。お前たちもこの戦いを生き残ることができれば、それを知るだろう』
そう返しながらもアーネストの『ラハトゥ』は、複数の親衛隊の鉄機兵を相手取って圧倒し続ける。それは決して通れぬ分厚い壁のようであった。
『ヒヒヒ、アーネストの旦那。かつての仲間をいたぶりながら遊んでやるとか、なかなかの鬼畜っすねぇ』
『殺さずに済まそうという判断なのでしょうね。私には関係ないですが』
そんな言葉を交わしながらジャダンとマリアはいつも通りに戦っていた。亜種竜機兵『ヘッズ』とそれに乗る火精機『エクスプレシフ』で敵陣を駆け回り、攻めてくる鉄機兵を『エクスプレシフ』の爆炎球で牽制しながら『ヘッズ』が両腕の爪で斬り裂いていく。戦後のことを意識したベラやアーネストとは違い、彼らは殺すことに躊躇はしない。そんな獣に近い彼らの動きに親衛隊の面々は翻弄されていた。
そして戦いながらマイケルはその状況に気づき、苦い顔を浮かべる。
『我らがビヨング騎士団がこうも手玉にとられるのか』
『ヒャッヒャ、機動力を生かした戦術。そいつは確かに有用だ。けれどもそれが常に必勝とは限らないさ。相手を見て戦わないとね』
『ベラ・ヘイロー、しかし、ここでお前を仕留めれば……』
マイケルがベラの攻撃を退け、一度距離をとってから再び突撃する。今度はランスではなく、ショートソードを抜いて横薙ぎに斬りつけようと動いていた。
『甘いねえ』
マイケルの動きは先ほどのランスの一点攻撃を竜尾で弾かれたことへの反省を踏まえたものではあったが、ベラはまったく焦ることなくウォーハンマーを振り上げると迫る刃に直接当てることで刀身を一撃で砕いた。
『なんだと!?』
マイケルが驚愕の表情を浮かべながら距離を取る。
高速移動からの一撃。例え受け止めたとしても勢いで押し通すつもりで突進したが、しかし『アイアンディーナ』はそれを受け止めるのでもなく、避けるのでもなく、力を一点に集中させることでショートソードの刃を砕いた。その技量の高さを察してマイケルの心に戦慄が走る。
けれども彼をさらに驚愕させるモノが空を飛んでいたのがその目に映った。
「グォォオオオオオオン」
『今度は……ど、ドラゴンか!?』
視界をよぎる二体の巨大なドラゴンがヘイロー軍と戦っているビヨング騎士団の列に上空からブレスを吐いているのが見えた。
『そうか。陣形を広げていたのはこのためか。クソッ』
戦列を伸ばしたヘイロー軍とぶつかり合うビヨング騎士団の列は現在、綺麗に直線に並んでおり、そこにドラゴンが上空から一直線にブレスを吐きかけていた。ビヨング騎士団はそれを避けようにもヘイロー軍と戦っているために動けず、盾で防御はできてもドラゴンにダメージを与えられる手段はなく、また鉄機兵は一瞬炙られる程度ならばどうにか耐えられるが共にいる歩兵は別だ。火だるまとなった兵が悲鳴をあげながら地面を転げて死んでいく姿にマイケルの顔が歪む。
そして炎を浴びて弱体化した彼らを打ち倒していくことなど精強なヘイロー軍ならば容易いこと。
『このビヨング騎士団が。ベラドンナ自治領軍でも最強の一角である我らの騎士団が……これほどまでに、これほどまでに脆いのか?』
ビヨング騎士団はもはや完全に劣勢に立たされていた。
そのあまりにも圧倒的なる差にマイケルは総毛立つ。
果たして、これを討ち倒すのにどれほどの戦力を必要とするのだろうか。ドラゴンへの対策か、或いは犠牲をかえりみず、数で押して消耗戦に持ち込むか。いずれにせよ、今のビヨング騎士団にはそうした戦法も戦力も持ち合わせておらず、勝つための道筋はまったく見えない。
『足りない。力が……ドラゴンの有無、ラーサの戦士、そしてベラ・ヘイロー……これほどか』
そしてマイケルが目の前の相手を見た。
赤い魔女、竜使い、ローウェンの天敵、八機将殺し。
理解するには遅過ぎた。けれどもマイケルは父が目の前の相手に何を見出したのかは分かった気がした。
『ま、あんたらの今までの戦いでこんな相手に戦ったことはないだろうからね。戸惑うのは仕方ないがこれが現実さ。とはいえだ』
『クッ!?』
さらに急速に『アイアンディーナ』の攻撃が加速していく。マイケルはアームグリップを握りランスで受け止めるが完全に防戦一方となっていく。このレベルのやり取りでは一瞬の隙が己を殺す 。車輪脚があっても攻撃を受け続けていては距離を取ることなどできはしない。
『あんたがやられるのは』
ついに受けきれなくなった『イグナイト』の右腕が落ち、そこを振り下ろされたウォーハンマーが破壊する。
『クソォォオオオオ!』
対して最後の足掻きとばかりにマイケルが近づいた『アイアンディーナ』へと左腕を伸ばして掴みかかろうとするが、ベラがそれを読んでいないはずはない。直後に『イグナイト』の左手首は打ち出された仕込み杭打機によって貫かれ、『アイアンディーナ』は腰に下げたショートソードを抜いて両腕が使えなくなった『イグナイト』の頭部をはね飛ばした。
『ただの実力差故だがね』
「クィーンの生まれ変わり……伊達ではないということか」
操者の座が剥き出しとなったマイケルが愕然とした顔をしながら突きつけられたショートソードを前に両手を挙げた。そしてビヨング騎士団は敗北し、それはすぐさま戦場を駆け巡る。モーリアン王国軍は歓声をあげ、ベラドンナ自治領軍はその事実に嗚咽を漏らす。けれども悲観する自治領軍の背後に笑みを浮かべている者がいた。帝国八機将『圧殺』シャガ・ジャイロ。沈黙していたその男がついに動き出したのである。
次回予告:『第338話 少女、捕らえる』
ベラちゃんは賢い子なので、将来を見据えた行動ができるのです。
ただシャガおじちゃんもこのまま黙ってベラちゃんのサプライズを受け続けるつもりもありません。サプライズにはサプライズを。次回はロイお爺ちゃん直伝のサプライズ返しが炸裂する……かも?




