第336話 少女、攻める
『クィーンの生まれ変わりを詐称する売女を殺せ!』
『偽りの主人を掲げるモーリアンに罰を!』
その場に幾人もの咆哮が響き渡った。
それは深い怒りの込められた叫びであった。
そして彼らの視線の先にいるのは赤い機体、ベラ・ヘイローの駆る鉄機兵『アイアンディーナ』であり、そこに向かって突き進んでいるのはベラドンナ自治領軍の戦士たちであった。
両軍の戦いが始まった後、前面に出てきた赤い機体を目にした自治領軍は我先にと、まるで焚き火による羽虫の如く『アイアンディーナ』に対して立ち向かっていた。
彼らがそうする理由は至極簡単な話だ。
赤い魔女ベラ・ヘイローはモーリアン王国軍が掲げる偽りのクィーンであり、竜を使役して軍を襲い、アーネストを奴隷に落とし、砦を破壊し、道中に町と村を襲撃してきてもいた。
ここまでモーリアン王国軍をベラドンナ自治領に踏み込ませた元凶がそこにいるのだから、誅すべしという想いを彼らが抱くのは当然のことであった。
もっとも、その殺意の刃がベラに届くかどうかは別の話だが。
『ヒャッヒャ、あたしを騙りと罵るかい。いい度胸だ。なら、力尽くで止めるんだね。できるものならさぁ!』
対してベラも『アイアンディーナ』を操作し、迫る敵の攻撃をウォーハンマーで弾き、小剣で突いて乗り手を仕留め、さらに攻撃を仕掛けてきた鉄機兵にはガイガンやマリアたちが前に出て蹴散らしていった。
『ベラ総団長、助かります』
『ここはヘイロー軍が受け持つ。あんたらはさっさと先に行きな』
モーリアン王国軍が戦うベラたちの横を通り抜けて、その先にいるローウェン帝国軍へと向かっていく。その様子を見ながらベラが周囲に守りを任せて通信を開いた。その先は後方にいる槍鱗竜ロックギーガに乗っている竜の巫女リリエだ。
『リリエ聞こえてるかい。ロックギーガはその位置を維持。ザモス、カザン、ゲオルカはそれぞれ距離を取らせて前線に投入しな』
現在ヘイロー軍のドラゴンはロックギーガを含み十一体いる。
ヘイロー国内の防衛に五体を残し、ここにいるのは六体。その内、槍鱗竜ロックギーガはリリエが、槍尾竜ガラティエと槍角竜リギスはケフィンが専属となっており、ベラが今回指示を出した槍爪竜ザモス、槍尾竜カザン、槍牙竜ゲオルカにもそれぞれ魔獣使い がついていた。優先順位としてのその三体の投入は判断としては正しく、けれどもその指示にリリエは眉をひそめた。
『はい。しかし、大丈夫なのでしょうか?』
そう口にしたリリエの不安は当然ローウェン帝国軍のドラゴン対策だ。対してベラは『それを確かめるのさ』と返した。
『遊ばせておくには戦力が足りないしね。けれど独断先行はさせるんじゃないよ。一撃で殺されるような攻撃はそうそうないとは思うが落ちた先が敵軍の只中じゃあ目も当てられない』
『承知しました』
リリエが通信を切り、それぞれの竜使いに指示を出していく。
それからベラはケフィンへと通信を繋げる。
『それじゃあケフィン、あんたは巨獣兵装持ちの監視を続け、動きがあったら即座に報告するんだ。場合によってはアンタの判断でリリエに指示しても、最悪はアンタもガラティエとリギスと一緒に下がっても構わない』
『承知した。そのように動こう』
そう返したケフィンからも通信が途絶え、ベラも戦いを再開する。それからベラは視線をわずかに前に出た三体のドラゴンに向ける。
(うちの子に対しても動きはない。この距離ならまだ射程圏内じゃないってことかね? しかし、こっちの切り札が到着する前には手札を出させたいが)
ベラが後方へと意識を向ける。そこには門に向かって進んでいるリンロー率いるオルガン兵団があり、ガルド率いるルーイン王国軍が護衛についていた。見れば6メートルあるガルドの鉄機兵『トールハンマー』がリンローの機竜形態の『レオルフ』の前に立ち、機体を隠し続けている。
本命の方は問題なしとベラはわずかに満足げに頷きながら、迫る敵の軍勢を相手取っていると続けて別のところから通信が入ってきた。
『ベラ様、モーリアン王国軍から迂回しながらこちらに接近する敵軍があるとの報告が届いています』
パラからの声にベラが眉間に眉をひそめた。
『そいつはローウェンの連中……ではないよね?』
一瞬、八機将のシャガが仕掛けてきたのかとも思ったが、正面のローウェン帝国軍の動きに変化はない。となればベラドンナ自治領軍ではあるのだろうが……
『旗印を確認。近づいてきているのはビヨング騎士団です』
『ああ、なるほど。自分の大将を連れ戻しにきたってぇわけかい』
ベラが近づく軍勢を視線に捉えたことで笑みを浮かべた。
ビヨング騎士団。それはアーネスト・ビヨングを団長としたベラドンナ自治領軍の中でも第二位の規模の騎士団であった。
次回予告:『第337話 少女、決闘を受ける』
おや……今回は少々短いような……いえ、気のせいですね。
ベラちゃんの活躍に目を奪われ、時間があっという間に過ぎたのをそう錯覚しているだけなのでしょう。
ふふ、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますからね。




