第334話 少女、ペットを見せびらかす
『まったく勢いというのは恐ろしいものだ』
ローウェン帝国八機将の『圧殺』シャガ・ジャイロ。彼は今、防衛都市ナタルの前で己の軍勢と共に愛機『ディザイン』の中にいた。
昨日に斥候から今日にはモーリアン王国軍と同盟国軍が到着するとの報告を受けていた自治領軍は防衛都市の前で相対するために陣取り、シャガ率いるローウェン帝国軍もその列に加わっていたのである。
そして報告通りにモーリアン王国軍は来た。自治領をまっすぐ突っ切っての強行軍。行軍前に自前でかき集めただけでは当然足りぬであろう兵站はここまでの経路の砦や町などからの略奪で賄っているとのことだった。そのためにいくつもの村や町が被害を被っているはずだが、それらは早馬などからの情報であって詳細は未だ掴めていない。それらが分かるのはこの戦いが終わったあとのことだろう。
本来であれば軍を動かすのにその程度で足りるわけもないというところだが、砦三つがそれぞれ一日足らずで落とされている。兵站も最小限に速度を重視した結果、圧倒的な速さでこの防衛都市ナタルまで到着したのであった。
対してベラドンナ自治領軍はザラック中原での敗退が後を引いて士気も戦力も低下している。敗退した軍勢に元々ナタルの常駐軍、さらには周辺よりかき集めた軍勢と傭兵、加えてシャガ率いるローウェン帝国軍によって編成されている。
ソレらは今、防衛都市の前に陣取って睨み合っていた。
『籠城を行えば、壊滅可能だろうと息巻いている将もおりましたが』
シャガの『ディザイン』の横にいる鉄機兵『マルドゥク』から副官ライアスの通信が届く。それは先日の軍議での話だ。結局のところ自治領軍の総司令である千鬼将軍ゾーンが正面よりぶつかり合う選択をしたが、一部の将たちは籠城を……と進言し続けていた。
『常であればそれも正しかろうよ』
部下の言葉にシャガがそう返す。所詮、相手は勢い任せ。現在のモーリアン王国軍はまともに兵站が運用できてはいない。この場で自治領軍が籠城して戦いが長期に及べば、自治領の首都より増援を待つまでもなく一週間どころか三日でモーリアン王国軍は瓦解するだろうとシャガは読んでいた。
『今までの戦いであれば我でもそうするが……だがここに至っては悪手でしかないな。砦をああも簡単に落とされては』
『はい。我が国からもたらされた力であったとはいえ、恐るべきものです』
ドラゴンがいては高い壁も飛び越えられてしまう。
防衛都市と謳われたナタルの堅牢な壁と門も今となっては果たしてどの程度の効果があるのかも分からない。護りに入れば、一方的に蹂躙され、ここまでに落ちた砦と同様に崩される可能性は低くなかった。
『それにベラドンナ自治領軍の士気にも問題が見られますが』
『当然だろう。中原での大敗と三つの砦が落とされた事、それに加えて奴隷落ちとはいえ、あちらの陣営に自軍の将軍がいるのだ』
伝令からの報告では、これみよがしにアーネストの鉄機兵『ラハトゥ』がベラの『アイアンディーナ』の横に並んでいるとあった。
ここまでの間に鉄機兵の搭乗者の登録を変えた……という可能性もあったが、そこを議論してもせんなきこと。加えてベラ・ヘイローの活躍とともにジェネラル・ベラドンナの敗北の噂も現実味を帯びてきていた。
『それにだ。後方でドラゴンたちも上空を飛んでいる。アレは中原で自治領軍に相当なトラウマを与えたようだ』
急に空から現れて、炎のブレスでなすすべもなく焼かれたのだ。
ドラゴンという伝説の生き物というだけではなく、現実として対処不能な戦力。その存在が見えているというだけで自治領軍の恐怖を煽るには十分だった。
もっともシャガから見ればドラゴン単体ならばそこまでの脅威とは考えていない。ブレスを吐くためにはある程度は地上に近づかなければならないために引き摺り下ろすことは可能だし、地面に降り立ったのであれば犠牲は払おうが取り囲んで殺すこともできる。それは過去にベラがドラゴンを討伐した実績があることからも明らかだった。
そうした事態をカバーするために複数のドラゴン達をヘイロー軍は編成したのだろうが、けれども……とシャガは思う。
『あれらが門を狙ってきてくれればしめたものではあるのだがな』
シャガが後方を見る。
そこに並ぶのはオーガタイプの獣機兵だ。
そして、そのオーガタイプたちはそれぞれが巨大な筒のようなモノを持っており、それらはヘイロー軍の所持しているものと同様の巨獣兵装であった。
『実戦は今回が初ですが、使い物になるのですか?』
『今のところ命令に従ってはいる。臨機応変な対応は無理だろうが本来の運用をする分には問題ないだろう』
『ロイ博士の施術ですか。ゾッとしませんな』
『しかし、あの狂人の力によって帝国の力が増したのも事実。使えるうちは使うしかあるまい』
そう言葉を交わすふたりの獣機兵たちを見る目には憐憫の情が宿っていた。
そこに乗っているのはロイによって脳を弄られて言われたままに動くようになった人形たちだ。巨獣機兵は強力ではあるが搭乗者が変化に耐えきれずわずかな期間で死んでしまう。けれども巨獣機兵から手に入る巨獣兵装は乗り手が死んだ後もその場に残るのだ。
ヘイロー軍は巨獣機兵を倒して手に入れた巨獣兵装を適合者に使用させて運用しているが、ローウェン帝国は自ら生み出した巨獣機兵を殺して巨獣兵装を奪い、それを魔術制御によって心を失った乗り手の獣機兵に使用させていたのだ。
つまりは獣機兵二機、乗り手ふたり……いや、変異できずに死んだ者も含めればそれ以上の命を犠牲にして巨獣兵装持ちのオーガタイプは生み出されていた。
なお、その哀れな犠牲者たちはかつてエルシャ王国で敗れて逃げ帰った獣機兵軍団の中から敗北の責任を取らされる形で差し出され続けている。それは、かつてドルガの名の下に好き勝手やってきたことを差し引いたとしてもあまりにも無残な末路であったが、帝国の意志はもはや獣機兵を必要とはしていなかった。
そのことを思い返したシャガはああはなるまいと心に誓いながらも、その有用性故に異を唱えることはしない。それだけドラゴン……いや、空という選択肢を得た軍勢というのは厄介でもあったのである。
(時代は変わる。だが、その先にあるのは我々帝国だ。そして帝国の剣はあの老婆ではなく……我なのだ!)
シャガがヘイロー軍、その先頭にいるであろうベラ・ヘイローを思い、視線を正面の軍勢に向ける。ドラゴンの群れを制し、ジェネラルを退けた相手も討ち取るのだと己が心に誓う。ジェネラル・ベラドンナよりも、バル・マスカーよりも、国剣ネア・オーグ・サディアスよりも……自身こそが帝国最強なのだと、シャガはそれを証明するためにベラ・ヘイローを狙っていた。
そして互いの軍の口上が終わるとそれぞれの軍勢が動き出し、モーリアン王国軍とベラドンナ自治領軍、その最大戦力がここに激突を開始したのであった。
次回予告:『第335話 少女、攻める』
シャガおじさんはいいところを見せようと頑張っています。
頑張れシャガおじさん。負けるなシャガおじさん。
ベラちゃんもすぐに駆けつけてくれますよ。




