第327話 少女、椅子に座る
※HJネット小説大賞2019の一次が通ったことを記念して今話は露出度を増やしたサービス回となっています。
ベラドンナ自治領軍とのザラック中原での戦いはモーリアン王国側のかつてないほどの大勝となった。モーリアン王国軍は自治領軍の将軍を討ち取り、相手の兵力の多くを削って撤退にまで追い込んだのだ。
けれども勝利したはずのモーリアン王国軍の上層部が集まっている天幕の中は重苦しい空気が流れていた。
確かにモーリアン王国は勝利した。けれども問題はその勝利が誰によってもたらされたのか……ということだった。
「景気の悪い顔してるなニオーの旦那」
「誰のせいだと思っているゼック? 事前に話だけでも通してくれればまだフォローのしようもあったのだがな」
モーリアン王国の二大将軍のひとり金剛将軍ニオー・ウルバルが目の前にいる銀光将軍ゼック・ヴァモロに苦々しい顔を向けると、ゼックは肩をすくめて「へっ」と笑って返した。
本来であればヘイロー軍と共に巨獣討伐の依頼を受けて、今はまだ南の地にいるはずだったゼックがここにいるということ自体が想定の外であった。だが彼は自分の軍に被害を出しながらもこの戦場に帰還し、そして勝利へと導いた。それは紛れもなく大きな功績であろう。
とはいえゼックの手柄は決して彼と彼の配下だけによるものではない。むしろ彼らはオマケに近い。
また、この場に並び立つ者たちの表情も様々だ。ゼックと共に帰還した副官マノーもゼックと同様の表情をしているが、ニオー率いる金剛戦士団とその他のモーリアン王国軍の幹部の面々はみな一様に渋い表情であった。
これも無理のない話ではある。今回の戦いの最大の功労者は、クィーンの生まれ変わりを詐称する女とその配下なのだ。それも負け戦ならばいざ知らず、言ってみれば獲物を横取りされたような格好でのことである。
また同盟国より派遣されている各国の面々の様子も様々であった。
元よりベラ・ヘイローと面識があるルーイン王国の将軍ガルド・モーディアスなどは特に気負うことなく、けれどもこれからここに来るであろう人物を心待ちにしている様子であった。マザルガ聖王国の第二聖騎士団長ロールカ・ロー・ニースは興味深そうな、ザラ王国軍の巨躯の将軍アダン・ニスカは苛立ちが顔に浮かんでおり、シンラ武国の四天将ミロクは能面のような表情をいつも通りに崩さず席に座っていた。
ともあれ、思いはそれぞれではあろうが彼らの立場からすれば今回のことは手放しでは喜べるものではない。通常の戦争とは違い、彼らは勝利したところで領土を与えられるわけではなく、戦果を挙げて報酬を得なければならない立場なのだ。横から入ったヘイロー軍と銀光戦士団が敵を徹底的に削ったことで自治領軍は撤退したために、彼らはロクな戦果もあげられずに戦いは終わってしまった。
それからわずかに時が過ぎた頃、外より衛兵からの声が響いてきた。
「ニオー将軍、ベラ総団長とヘイロー軍の方々が到着いたしました」
「分かった。お通ししろ」
ニオーの言葉で天幕が開くと、外から何人かの人間が天幕の中へと入っていく。
そして、その一番前で踏ん反り返るようにして進む、厚化粧で煌びやかな装飾で着飾った少女を見てその場にいる者の半分が驚きの顔になった。
ベラ・ヘイローが若い女であることは知らされていた。見た目についてもだ。けれども実際に未だ十にも満たぬ子供の姿を見れば動揺するのは仕方のないことだろう。もっとも、その容姿についてある程度は知られるようになったことで以前のように本人か否かを問われることはなくなってはいたが。
「ヒャッヒャ、モーリアンの古強者に協力国の面々方。初めましてというべきか、久しぶりというべきか。傭兵国家ヘイローのヘイロー軍総団長ベラ・ヘイローだ。お見知りおき願うよ」
そうベラが挨拶をすると、後ろにいたパラ、ガイガン、リンローが続けて名乗りをあげ、ニオーたちその場の主だった面々も名を交わし合った。それからニオーがベラを見て口を開く。
「ベラ総団長、先の戦いは見事だった。貴殿の武勇にも、また獣機兵とドラゴンの用兵にも驚かされた」
「そうかいニオー……いや、今はニオー将軍というべきかね。ま、相手が間抜けだったのもあるけどね。脇腹を突かれただけで心臓まで喰われたのはこれまで緩い戦いを続けてきた結果だろう」
それはともすれば、この場にいる全員への批判とも捉えられる言葉だ。そして苛立ちを抑えられなかった巨躯の男がベラを睨みつけて牙を剥いた。
「チッ、新興国のクソガキが調子に乗ってるな。こっちはテメエのおめかしでずいぶんと待たせられたんだがな。謝罪もねえのか?」
「おや、そいつはすまないね。アダン将軍だったかい。確かザラ王国で自ら獣機兵になった物好きがいたってマギノから聞いていたがアンタがそうだね」
ザラ王国軍のアダン・ニスカ。彼は全長が3メートル近くある巨人であった。とはいえ彼は巨人族ではない。亜人種である巨人族の血を用いた獣血剤を使って変異した、ローウェン帝国経由ではない獣機兵の戦士だった。
「テメェ」
アダンがさらに視線を鋭くして睨む前でベラが「遅くなったのはすまないと思っているさ」と返した。
「私も女なんでね。殿方の前に出るのは準備ってものが必要なのさ」
「ガキが何抜かしてやがる」
「ヒャヒャッ、まだ蕾のうちから剪定しておく目を養った方が後々のためになるだろう。アンタなんかは好みだよ。いずれはお相手して貰いたいもんだ」
舌舐めずりをしてアダンの一部に熱い視線を送るベラに、アダンが気圧されたように苦い顔をする。
「それにだ。こう慣れない土地にいると色々と準備が必要でね。今もちょいと椅子を新調していて手間取っていたのさ」
「椅子だぁ?」
首を傾げるアダンの目の前で、天幕の外から全裸の男がその場に連れて来られた。
「は?」
思わずアダンが間抜けな声をあげたが、それはこの場のほとんどの人間の気持ちを代弁したものではあっただろう。立たされた全裸の男の歳は四十辺りだろうか。厚げの化粧をし、宝石を散りばめられた装飾と丁寧に縫いあげられたローブのようなものを纏ってはいるが、隠すべきところは隠されておらず、その肌には生々しい傷が残っており、首裏には奴隷紋が刻まれている。何よりもその目は怯えと恭順の色が濃く、それはベラに対して向けられていた。
そして全裸の男はベラに用意されたものであろう椅子を後ろに下げると何も言わずにその場に腰を落とし、それから傾きのない背中の上にベラが「よっこらしょ」と腰をかけた。
「いやはや、無作法ですまないね。こうして飾り付けるので手一杯だったのさ」
「おいおいおいおい。ちょっと待てお前。そいつはまさか!?」
アダンが目を見開き、口元をひきつらせながらベラに尋ねる。アダンはその男を知っていたが、ここまで間近で見たことはなかった。だから確信が持てない。けれどもその場にいるほとんどはその男を直に知っていた。
「アーネスト将軍?」
そして、ニオーが信じられないという顔でその男に視線を向けた。
まだ年端もいかぬ少女に尻をつけられて顔を伏せている男を彼はよく知っていた。そこにいたのは同じ主人の元で戦ったかつての戦友だ。
アーネスト・ビヨング。
ベラドンナ自治領軍の将軍のひとりにして、先の戦いで討ち取られたはずの男。そのアーネストが今、ベラの言葉通りに椅子となってその場にいたのである。
次回予告:『第328話 少女、椅子を踏む』
ベラちゃんはオシャレさんですので家具にもこだわりがあるのですね。
座り心地はいかがなものでしょう。長く愛用できると良いですね。




