第326話 少女、地獄を生む
『いくぞテメェら。ここから先は情けをかけるな。ただの一兵も残さず喰らい尽くせ。知恵を得たケダモノがどれだけ恐ろしいのか、自分たちが組んだヤツらが何を生み出してしまったのかを連中の体に刻みつけてやれ!』
リンローがそう声を上げながら混機兵『レオルフ』で進み、その後方を彼の配下となった獣機兵たちが追従する。前面に並び立っているのはオーガタイプ、トロルタイプなどといった重量級の獣機兵たち。それはオルガン兵団の中でも圧殺を得意とする機体の列であった。
『これはオルガンに捧げる戦いだ。ローウェンに死を、それに付き従う者にも死を! ヤツらのことごとくに報いを受けさせろ! 俺たちこそが帝国の天敵なのだと知らしめるんだ!』
リンローの咆哮にも似た言葉に兵たちが怒涛の如き同意の声を上げる。
今やオルガン兵団はリンローをトップとして機能していた。ベラの眷属となったことでこれまでの他者との繋がりを感じられなくなったリンローではあったが、時が経つに連れて、ベラを頂点とする想いは変わらぬながらも再度の関係性を築くことには成功していたのだ。
そしてオルガンがいなくなった今、リンローはオルガン兵団の団長の座につかざるを得ない状況となり、団員たちもそれを切望した。リンローが獣機兵の軍より離れて久しいが、それでも彼の存在は団員たちにとっては大きく、また魔獣の頂点にある竜の因子を持つリンローが団長となることはある意味では自然なことでもあった。
『リンロー団長、しかしこりゃあ我々がどれだけ頑張っても目立つのは難しそうですね』
そして『レオルフ』の真後ろを進んでいたオーガタイプの獣機兵からリンローへと通信が入る。
『どういうことだよ、ビード?』
リンローが言葉を返したのはオルガン兵団の副団長ビードだ。
ベラと出会う前からリンローとオルガンの下にいた古参の獣機兵乗りであり、オルガン兵団の団長への話を蹴ってリンローにと推薦した人物でもあった。
『ドラゴンですよ、ドラゴン。特にロックギーガは総団長もローウェンと本格的に当たるまでは取っておくつもりだって言ってたはずなんですよね。これじゃあリンロー団長のお披露目が霞んじまいそうです』
ビードの言うように、今彼らの目の前でベラドンナ自治領軍へと攻撃を仕掛けている槍鱗竜ロックギーガと五体のドラゴンたちは本来モーリアンの内乱では呼び寄せるつもりはなかった戦力だ。少なくともイニシアチブが取れると見込めなければ利用されて終わると考え、一番効果的な場面で投入することをベラは考えていた。
けれどもジェネラルとの戦いを経たことでベラはそれを今だと決めた。故にドラゴンたちは最速でヘイローよりこの場に飛んできて、ベラドンナ自治領軍を火の海へと沈めていく。その光景を目にすれば、確かにどれだけの戦果を上げようとも敵味方共に注目はドラゴンの方へと向けられるだろうとは理解できた。
しかしリンローは『馬鹿野郎』と笑って返した。
『やる前からそんなんじゃあオルガンに笑われるぞビード。そうだろう、ザッハナイン?』
オッォォォオオオオオオオオオオン!
リンローの『レオルフ』に並走している混合魔獣『ザッハナイン』が同意の咆哮を返す。『ザッハナイン』はリンローが団長となった際、ベラより共にリンローと戦うようにとオルガン兵団の戦力に加えられていた。
そして『ザッハナイン』が吠えながらその手に持つ巨大な金棒を振り上げる。それは『テンペストピラー』であった。オルガンが所有していた嵐の柱を生む 巨獣兵装を譲り受けた『ザッハナイン』は、能力だけを見ればもはや巨獣機兵と変わらない存在だ。
『なんだアレは!?』
『ドラゴンがおらぬと思えば巨獣か? 巨獣機兵か?』
また『ザッハナイン』は己自身で炎を生み出せる。それはオルガンが先の戦いで行なった技を単独で出すことも可能ということ。それから『ザッハナイン』がガスで火力を上げた炎を吐き、起動したテンペストピラーの竜巻に吸い上げさせて火災旋風を生み出していく。
『クソッ、トカゲどもを避けられたかと思えば、これか』
『逃げろ。アレに巻き込まれるのは不味いぞ!?』
天へと伸びる火災旋風を目撃したベラドンナ自治領軍が狼狽えて逃げ始める。
彼らも戦士だ。剣を、或いは槍を交える戦いであれば自ら死地に飛び込むことも厭わぬだろうが、目の前にあるのは天災のソレに近い。そのようなものと相対することを彼らは戦と考えることはできなかった。
けれども、この場はもはや彼らの知る古い戦場ではない。この世界において最新の、そして最も理不尽な戦場こそがこの場であり、仕掛ける側であるリンローは牙をむき出しにして、己の巨獣兵装『フレイムボール』の砲身を自治領軍へと向けた。
『勝てぬと悟って逃げるかローウェンの走狗ども。ああ、それは正しい判断だ。けれども残念だったな。ベラ総団長の命令は蹂躙なんだよ!』
リンローの無慈悲な言葉と同時に『ザッハナイン』のテンペストピラーが振り下ろされ、自治領軍の列へと直撃する。
『うわぁあ。機体の中が、肉が焼きついて』
『熱い。なんだってんだ。畜生!?』
さらに『ザッハナイン』は火災旋風の柱を横に薙いで敵兵を次々と巻き込んでいき、絶叫がその場を支配する。
『敵も味方も、誰も彼もが無視できぬように、畏怖するように、何もかもを殺し尽くせとのご指示なのさ。だから諦めろよ。敵対した己が愚かだったと思いながらな!』
続けてテンペストピラーの被害の届かなかった自治領軍の軍勢を狙ってリンローが巨獣兵装『フレイムボール』を放つと人間と鉄機兵が一気に吹き飛んだ。
そこにあるのは破壊と悲鳴。阿鼻叫喚の地獄絵図。歩兵は言うに及ばず、鉄機兵すらも焼き尽くされ、さらにそこに突撃した巨躯の獣機兵たちが怯えた彼らを蹂躙していく。
『いいかお前たち。『ジェネラル・ベラドンナが泣きべそをかいて逃げ出した強いヘイロー軍』とやらをここで示すんだ。我らが怒りの炎をこの大地に焼き付けろ! このようになッ』
ひと昔前であれば、それはローウェンの専売特許であったものが今はベラドンナ自治領軍を襲っている。これまでの戦いとは決定的に違う、圧倒的な火力の差を持っての大蹂躙。そして、これよりさらに前方のベラドンナ自治領軍の中央では今 ……
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『馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なぁ!?』
ヘイロー軍の乱入によってベラドンナ自治領軍の一部が大混乱に陥っている頃、彼らを統括する立場にある自治領軍の将軍アーネスト・ビヨングは己の配下たちが地獄を味わっていることすらも気付けぬまま、ただ目の前の光景を食い入るように見ていた。
『ヒャヒャ、ヒャハハハハハハハハハ』
少女の笑い声が木霊する。
機械竜『デイドン』を纏うことなく、ただの鉄機兵のままで『アイアンディーナ・フルフロンタル』は次々と襲いかかる自治領軍の鉄機兵たちを圧倒していた。
『ヒヒヒ、絶好調ですなぁご主人様はぁ』
『ハッハァアア、殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇぇええ!』
その上空を翼を広げた竜頭が舞いながら炎のブレスを吐き、ソレに乗っている火精機が爆炎球を投げつけて援護をしている。もっとも彼らの対象は主に歩兵で、迫る自治領軍への牽制程度でしかなく、周囲に散らばる残骸のほとんどは『アイアンディーナ』一機によって積み上げられたものだ。
『強過ぎる。あまりにも……これではまるで』
唇を震わせながらそう呟くアーネストの乗る機体『ラハトゥ』は四肢を切り裂かれてその場に転がっており、胸部ハッチも捻じ曲げられて外に出れず、もはや鋼鉄の檻のようになっていた。すでにベラとアーネストの決着はついていたのだ。
そして現在、ベラはアーネストを救おうと次々とやってくる自治領軍を殺し続けていて、その光景をアーネストは見せられ続けていた。
ここまでに多量の吸収した魂力によって全身が発光している『アイアンディーナ』によって今また鉄機兵が一機破壊され、崩れ落ちていく姿が見えた。けれどもアーネストの視線は『アイアンディーナ』に釘付けとなっていた。
『ヒャッヒャッヒャ、どうした。これがモーリアンの強兵? クィーンの元で戦っていた連中かい?』
『赤い魔女からアーネスト将軍を救え』
『上空を警戒しろ。ブレスも爆発も厄介だぞ』
下品な笑い声と粗野な罵声を発しながらもその動きは流麗。まるで全てが計算され尽くしているかのような動きはある種芸術的ですらあった。
『まったく温いねえ。所詮はローウェンに飼いならされた犬どもかい』
『言わせておけば! う、ギャァアアア』
『相手は一機なのに、なぜ勝てない? なぜ届かないんだ!?』
圧倒的に負けているにもかかわらず自治領軍に撤退はない。
何故ならばヘイロー軍が圧倒し始めているとはいえ、それは戦場の一部でしかない。全体から見れば未だ戦いの趨勢を決するには至ってはおらぬし、また彼らの頭であるアーネストは倒されたが今も当人は生きていて『アイアンディーナ』はその場に留まっている。であれば、その被害が軍全体で馬鹿にできなくなる状況になるまで自治領軍は戦い続けるしかなかった。
しかし彼らの刃はベラには届かない。デイドンを纏わずともベラの乗る『アイアンディーナ』は強いのだ。全身がバネのように調整された『アイアンディーナ』は並の鉄機兵とは瞬発力も機動力も違う。ウォーハンマーが振るわれ、次の瞬間には相手の槍を奪って貫き、落ちた剣を蹴り上げて胸部装甲の隙間を斬って、竜尾で転ばせた後に頭部を潰した。並の鉄機兵では相手にならず、近づいた精鋭も真っ先に殺された。ただ無闇に戦っているわけではない。その場の空間の全てを把握し、ベラは自治領軍を蹂躙していた。
『これではまるで……あのお方のようじゃないか!?』
その様子を見ていたアーネストがそう呟く。
目の前の赤い機体がかつての黄金の機体と重なって見えた。そこにいるのは彼の知る、彼の敬愛する者そのものだった。その人物が生きていることを理解していてなお、目の前の存在こそがそうではないのかと錯覚した。せざるを得なかった。
そしてヘイロー軍がベラのいる自治領軍の中央にまで到達しそうになった時点で、ベラドンナ自治領軍はアーネスト救出を諦めて撤退し始める。
すなわちそれはモーリアン王国軍の勝利であり、この戦いがクィーンの生まれ変わりとして知られる『ベラ・ヘイロー』と彼女の指揮するヘイロー軍の名をモーリアンの地に大きく轟かせるものとなったのである。
次回予告:『第327話 少女、合流する』
初めて人と会うときの第一印象というのはとても重要です。
ベラちゃんはとても聡明な淑女ですので、それをよく知っています。
お土産も用意しましたし、ご挨拶の準備はバッチリですね。




