第323話 少女、助けを呼ぶ
「そうか……ホルンが死んじまったか」
部下からの報告に銀光戦士団の団長ゼックが力なく肩を落としてそう呟いた。
今はジェネラル・ベラドンナ率いるローウェン帝国軍がヘイロー・モーリアン混成軍の待機組の陣地を襲撃した日の夜であった。
ベラの率いていた討伐隊の後に戻ってきたゼックは、眉間に深いシワを刻みつけながらも襲撃とそれに伴う人的被害の報告を受けていた。
陣地を守っていた銀光戦士団は半壊、ヘイロー軍は銀光戦士団が先行して戦っていたために被害は銀光戦士団ほどではないものの、獣機兵たちを束ねていたオルガン団長を失ってしまった。
それはもう運がなかったとしか言いようがないだろう。こんな主戦場より離れた地で、巨獣狩りを行なっている最中に自軍が敵軍に襲われた。それも相手はジェネラル・ベラドンナで、話に聞く限りでは彼らとの接触はただの偶然であった。
情報が漏れていたのであれば己が迂闊を責められようが、神ならぬ身ではこの状況を予測などできようはずもない。ましてやその場にいたのはモーリアン王国内でも屈指の戦力だ。大抵の困難は跳ね除けることができるはずで、実際にジェネラル・ベラドンナとバル・マスカーがいなければ、このような状況には陥っていなかったはずであった。
「おや。ゼック団長、堪えてるみたいだねぇ」
そして、ひとり考えに耽っていたゼックの天幕にベラが警護の兵に案内されながら訪ねてきた。
ベラの討伐隊はゼックたちよりも早く戻ってきており、ゼックとともに帰還したガイガンの報告を聞き終えたベラは、こうしてゼックの元へと来たのであった。
「ベラ総団長……すまないな。俺たちがこんな余興を催したばかりに……どう詫びても詫びきれん」
運が悪かった。自分たちにだけならばそうも言える。けれども、そこにヘイロー軍を巻き込んでしまったという負い目はゼックの中で大きい。巨獣の間引きは国を守るための必要な措置とはいえ、ヘイロー軍を巻き込む必要性はそもそもなかったのだ。とはいえ、ベラにしてもそのゼックの反応には苦々しい顔を向けて「謝るんじゃないよ」と返事を返した。
「あたしだって自分の無能さに嫌になっているところなのさ」
「何を言うか。ベラ総団長の介入なしではそちらの兵たちも、置いていった我が銀光戦士団は壊滅していた可能性だってあった」
先の戦いで最大の戦功をあげたのは間違いなくジェネラル・ベラドンナを退かせたベラであろう。けれども、ベラは曖昧に笑いながらも納得しておらぬ顔をしながらその場のソファに座り込んだ。
意気消沈しているゼックではあったが、そのベラの顔を見てからとあることへの興味が湧き上がる。
「それでベラ総団長。ジェネラル・ベラドンナはどうだった?」
かつての大戦で死んだはずのクィーン・ベラドンナ本人であると言われているローウェン帝国の大将軍。それが本物であるか否かはともあれ、その実力が本物に近しいというのはローウェン帝国の大将軍という地位についていることからも明らかで、モーリアン王国も認めているところだ。そしてゼックが受けた報告にベラ・ヘイローはジェネラル・ベラドンナと対等の戦いを行なったとあった。であれば、その件についてゼックが気になるのは当然のないことだろう。
一方でベラの方はため息をつきながら「そうだねえ」と返した。
「耄碌したババアが相手だ。あのまま戦い続けていりゃあ殺れただろうよ」
その言葉が虚勢だとゼックには感じられなかった。
実際にベラとしては、あのまま続けていれば勝ったのは己だっただろうと確信している。それは加齢による集中力の衰えもさることながら、やはり相手が機体に慣れていなかった……というのがいちばんの要因だ。
特に合体後は機体の挙動に振り回されていたように見えていたし、実のところ対等に戦っていたように見えてわずかにベラが押していたのだ。
もっとも、だからこそベラの心中は穏やかではなかった。千載一遇のチャンスを奪われたこともそうだが、己が命をあの男の意思で救われたということが、己の命が一瞬たりとて他者に握られていたという事実が、ベラの矜持を激しく傷つけていた。故にベラは己を無能と断じたのである。
「あっちも次は慣れてくるだろうし、そうなれば少しばかりは厄介だろうが……けど、次にやり合っても勝てるだろうね。あの男がちょっかいかけてこなければだけれども」
あの男がバル・マスカーであることは明らかで、その心中を思えばゼックも容易に言葉を返せない。そしてゼックが何かを言おうとする前に、ベラから口を開いた。
「それと、あのババアの乗っていた機体は『ゴールデンディアナ』ではなかったように思えた」
「報告にもありましたがね。事実ですか?」
「さてね。どうも鉄機兵としては性能がおかしかった。少なくとも事前にこちらが把握していたものとは違うし、あのサイズの鉄機兵としては出力が高すぎるし、ギミックウェポンに頼っていたようにも見えなかった。出力だけなら獣機兵か竜機兵に近いが……ありゃあ別のものだね」
そうベラが断言する。
「アイアンディーナと同様に、あちらも鉄機馬を鎧にして纏ったとありますが、そういうことではないんですかね?」
「アレはアレでなかなか手強かったが、素の機体の時点での話さ。あー、ウチのデイドンと同様に合体できる機体があるってのも面倒だけどね。アレが量産されたら中々に厄介だ。それにだ」
そこまで言いかけてからベラがいいよどむ。それから少しため息をつきながら「バル・マスカー」と口にする。
「バル……あいつは多分、今ならあのババアよりも強いよ」
「八機将、刀神バル・マスカー」
それはかつてベラの奴隷であった男の名だ。だがゼックもそれを過大評価だとは言えなかった。ローウェン帝国でもっとも強者であるとされているのは八機将の上に立つジェネラル・ベラドンナだが、今もっとも戦果をあげているのはバル・マスカーだ。さらには先の戦いでもバル・マスカーの乗る鉄機兵『ムサシ』はベラとベラドンナの戦いの間に入って止めたのだ。ゼックには己がそれを成せるとは思えなかった。
「まあ、ヤツが次に来たらあたしが潰してやるさ。それで、あたしがここに来た理由は今後のことだよ」
後に両軍での会合で決められることにはなるだろうが、ベラはその事前の確認のためのこの場に来ていた。そして、討伐隊はすでにこの場に引き上げているのだから、その後……ということに関してはゼックもすでに次の行動については決めていた。
「ジェネラル・ベラドンナが手を下したことにより、ある程度の間引きは済んだはずだ。だからもうここにいる必要はない。それにジェネラル・ベラドンナとバル・マスカーが戻ってきたのであれば戦線に戻らざるを得ないしな。ジェネラル・ベラドンナと対等以上の戦いをしたベラ・ヘイロー総団長とヘイロー軍にも当然、共に来てもらいたいってのがこっちの考えだ」
ゼックの返答はベラが望んでいたものだったのだろう。ベラも頷きながら、しかし次にゼックが予想しなかった言葉を紡いだ。
「分かった。じゃあ、あたしは本国から『応援を呼ぶ』ことにするよ」
「応援……ですかい?」
「ああ、今からなら初戦にはまだ間に合うはずだからね」
その言葉にゼックは眉をひそめる。ベラの言う傭兵国家ヘイローからこのモーリアン王国までは、間にエルシャ王国を挟んでいることもあってかなりの距離がある。少なくともベラたちが次に戦うまでに戦力が間に合うはずもないのだが、ベラは自信ありげな顔で笑みを浮かべて頷いていた。
「ベラドンナ自治領を落とした後のローウェンに使おうと思ってたんだが、舐められっぱなしは性に合わないからね。このモーリアンの戦いで派手にデビューしてやろうじゃないか」
次回予告:『第324話 少女、地獄を生む』
オルガンおじさんは死んでしまいましたが、ベラちゃんはひとりではありません。友情が世界を救うと信じて、ベラちゃんはお友達を呼ぶことにしました。




