第322話 少女、激突する
『『ヒャッハァアアアア!』』
赤と黄金が同時に駆ける。
どちらも迷いなどなく、互いが互いを殺そうと一気にウォーハンマーを振り下ろし、激突したソレは火花を散らして弾かれた。
『パワーはそっちが上かい。だけどチョイと雑だね』
『鉄機兵で鋼機兵に張り合うとはね。熟練度の差か』
たった一撃。それでベラもベラドンナも相手の力量を把握した。
『『まあ、これなら殺せるかい』』
強敵とは理解した。けれどもベラもベラドンナも決して倒せぬ相手だとは思わなかった。それは、つまりどちらもが相手が己と拮抗している力量の相手だと認めたことに他ならない。ベラがわずかに技量で上回り、ベラドンナが機体の出力で上回っている。
判断は一瞬。両者の思考からはすでに他のことは消えていた。互いの軍のことも、死んだ仲間のことも、すべてを塗りつぶし、ただ相手を殺すことだけを……
『ヒャッハァ!』
『ヒィヤッハァア!』
次の瞬間に再びウォーハンマーの激突が起こり、わずかに『アイアンディーナ』が打ち負ける。出力の差が明確に現れた瞬間ではあったが、ベラも最初の打ち合いでこうなることはすでに理解していた。だからこそ次の手もベラは当然仕込んでいた。
『チッ、手癖が悪い……いや尾癖かい』
次の瞬間には『ゴールデンディアナ』の装甲が竜尾に握られた炎の蛇腹小剣によってわずかに斬り裂かれていた。
『馬鹿力だけが取り柄のババアとは違って引き出しが多いんでね』
ベラが舌打ちしたい気持ちを抑えて煽りの言葉を吐いた。最初の攻撃は囮。刃が分離し鞭のようにしなった 炎の蛇腹小剣デュナンによる下方の死角からの攻撃こそが彼女の本命だった。
(それをこのババア、勘だけで避けやがった)
奇をてらった攻撃はもう通用しないだろうとベラは考えながらアームグリップを振るって攻撃を続け、ベラドンナも同様に応戦していく。
それは尋常な光景ではなかった。その全てが必殺の一撃であるにもかかわらず、どちらもが紙一重で躱しながら次の攻撃を繰り出していく。あまりの攻防に周囲の敵味方どちらもが戦うことをやめ、見入るほどの決闘がそこにはあった。
また、助太刀と称して飛びかかった鉄機兵がベラドンナの盾にされ、ベラの武器として扱われ、両方の手によってバラバラにされて地面に転げるのを目にしたことで彼らはそこに近付こうとすらもできなくなった。接近すれば殺されるという現実を理解した。
『いい加減、棺桶に戻りなよクソババア』
『抜かせ。敬老精神が足りないねクソガキ』
その中心で響く罵声は程度こそは低かったがその口も手も止まらない。
火花が散り、地面が抉れ、土煙が舞う。それはまさしく鋼鉄の嵐だった。だがそれすらもラチがあかぬと両者が感じた次の瞬間には、どちらもが距離をとって互いの得物を天にかかげながら声を張り上げた。
『来いデイドン!』
『来いヴァルドル!』
ベラの言葉が響き、空より飛来した機械竜『デイドン』が『アイアンディーナ』を覆う。またベラドンナの言葉に反応した鉄機馬『ヴァルドル』が変形して『ゴールデンディアナ』に装着して鎧となった。
それぞれの名を『アイアンディーナ・ドラグーンコート』と『ゴールデンディアナ・スペリオル』といい、その全長は共に6メートルを超える。
そして、双方の機体の背部のパイプも増設され、共に勢いよく銀霧蒸気を噴き上げながらさらなる闘争を繰り広げていく。
『ちょっと待て。ここで出すのか!?』
『不味い。離れろ!』
『近付くな。自分の大将に殺されるぞ!』
動きを止めていた両軍の兵が一斉に逃げ惑う。相手の能力は知らずとも互いが互いの陣営のトップの本気を知っている。だから、これまでの戦いを見れば彼らは理解できてしまう。相手の戦闘能力も同じ規模であるならば、それはもはや鉄機兵同士の殺し合いの規模ではないと。
そして理性を刃に宿した異形の怪物が激突し合う。
猛獣の本能と人の知性が融合した、蛮勇では辿り着けぬ、思考するだけでは辿り着けぬ戦士の極地がそこにはあった。
炎が舞い、金の光が飛び、互いの武器と武器とが激突する。
そして両者の武器は不思議と似通っていた。現在の『アイアンディーナ・ドラグーンコート』の武器はウォーハンマーに竜尾を増設して強化したものの先にさらに回転歯剣を巻き付けた大鎌の形をしていた。
対して『ゴールデンディアナ・スペリオル』もウォーハンマーが強化されているのは同じだが、その先には鉄機馬『ヴァルドル』の頭部が接続されており、歪曲した二本の角が光輝きながら伸びて大鎌の形をとっていたのだ。
『おんなじ武器かい。このパチモンババアが。自重ってもんを覚えるんだね!』
『ヒャッヒャッヒャ、こちとらテメェが生まれる前から現役さ。真似っこのクソガキが!』
互いの装甲が砕け、斬り飛ばされ、されどどちらも動きが鈍ることはなく、最小のダメージを負いながら、次の瞬間には相手の息の根を止めようと一撃を繰り出している。巻き込まれれば形すらも残らぬだろうというほどの高密度な攻撃の応酬はもはや見ている兵たちには目で追うことすらもできない。
『これが……総団長の本気かよ。クソッ、オルガン。俺は……』
その光景を見ているリンローが苦い顔をしながらも笑みを浮かべていた。親友の死よりも心奪われるその光景に己が高揚しているのを感じながら自身を恥じてもいた。
しかし、戦士ならばそれを見て血が騒がぬはずがないのだ。自分たちが目指した極地がそこにあるのだから。誰にも止められない。誰もが心を奪われた。ただひとり以外は……
『やらせんッ』
次の瞬間、ふたつの金属音が響き渡った。
『ぬっ!?』
『なんだって!?』
この永遠に終わらぬような、或いは一瞬で終わりそうなその決闘が止められる。そして水を刺したのは二刀流の黒い機体であった。
『ムサシ……バルかい』
ベラが鬼の形相で己とベラドンナを止めた機体を見た。
そこにいたのはバル・マスカーの乗る鉄機兵『ムサシ』だ。『ムサシ』はギミックウェポンの怪力乱神と抜刀加速鞘を用いて、最高のタイミングで両者の得物を受け止めていた。ただの鉄機兵がソレを為したのだ。もはや神業に等しい行為だった。
『ジェネラル、その戦いは俺の……俺の……ものだ』
『チッ、無粋をするね。おいクソガキ。興が削がれた。ここで終いにする。文句はないね』
その言葉にベラはわずかに逡巡したが、それから舌打ちをしながら回転歯剣の鎌を持ち上げて肩に乗せると後ろへと下がる。
『つまんない幕引きだね。まあ、あたしがどうこう言える立場じゃないのは理解しているさ。クソッタレ』
ベラがそう口にしながら『アイアンディーナ・ドラグーンコート』を退がらせていくと、ベラドンナは『アイアンディーナ・スペリオル』からヴァルドルを分離させて鉄機馬の状態へと戻し、それに乗って『ムサシ』と共に自軍を率いてその場から去っていった。
その様子を銀光戦士団もヘイロー軍も狐につままれたかのような気分で見ていたが、追撃をしようとする者はいなかった。状況からすればベラが参戦せねば戦況はこのまま崩されていたことは明白であり、そのベラが敵が退くのを止めないのであれば彼らも従うしかない。
そして去るローウェン帝国軍を睨みつけるように見ている『アイアンディーナ』のそばにリンローの『レオルフ』が近付いていく。
『総団長。悪りぃ。完全にやられた』
『ああ、オルガンが死んじまった。頭の痛い話さ』
その事実はリンローの中に深く突き刺さる。かつてベラの下にくだる前より共にいた親友を失ったのだ。同時にオルガンはヘイロー軍に多く在籍している獣機兵の乗り手たちの精神的支柱でもあった。それは間違いなく今後の戦いにも影響を及ぼすだろう。その事実にリンローは苦い顔をしながらも、ベラに口を開いた。
『あいつのことも……ですが総団長、あいつら逃して良かったんですかい?』
己の大将の勝利を疑っておらぬリンローの問いに、ベラは忌々しげな顔で『馬鹿かいお前は?』と吐き捨てるように口にした。
『見逃されたんだよ、あたしらはね』
『は?』
呆気にとられたという風なリンローの声が聞こえたことにベラが眉間にさらにしわを寄せる。
『あのクソババアとあたしの実力はそう変わらない。となりゃあバルに介入された時点であたしの詰みさ。ありゃあ、あの男のワガママで手打ちになっただけだよ』
(まあ、それでもババアが手を出してりゃ、バルはアレを殺していたろうがね)
そこまでは、ベラは口にはしなかった。それこそ恥の上塗りだ。
ベラにとって屈辱的なことにあの戦いはバルによって支配され、止められた。それがすべてであり現実であった。そこにベラの意思は介在していない。
(で、バル。あんたの望みは分かったよ。ベッドの上のお上品な戦いは好みじゃあなかったってぇわけだ)
どういう理屈かは分からないが、バルとの奴隷紋による繋がりをベラは感じていた。それはすなわちベラがいまだにバルの主人であるということだった。
(つまりは『お前だけは奪われてなかった』ということかいバル)
戦いに魅入られた男だ。であれば、それは当然の帰結であったのだろう。裏返ったのではなく表に戻っただけのこと。あの男が戦いを望むのであれば、強者を望むのであれば、その相手はすぐそばにいたのだ。だから今ではなく過去こそが歪であったのだとベラは今ここで理解した。心に受けた、見逃されたという屈辱の傷と共に理解してしまった。
(だとすりゃあ分かってるねバル。あたしは……)
ベラの瞳に迷いはなく、ただその先の未来を予感していた。そして、再び道が交わるその時こそが……
次回予告:『第323話 少女、帰る』
失って気付く想いもあります。
バルお兄さんは自分の気持ちに気付いてしまいました。
だから、彼が自分に嘘をつくことはもうないでしょう。
決して止まることもないでしょう。




