第320話 少女、その手は届かず
次の瞬間、両者の得物の軌道が弧を描いてぶつかり合った。
『ふんっ』
膂力においてはオーガタイプの獣機兵である『ゼッツァー』が上。けれどもウォーハンマーの妙味はハンマーの反対側にピックが付いていることであり、ジェネラル・ベラドンナはギュルリとウォーハンマーを回転させるとピックの先をテンペストピラーに引っ掛けて奪い取った。
『おっと、危ないねぇ』
けれどもその状況で驚きの表情を見せたのはベラドンナの方だ。同時にフットペダルを刻んで踏みながらアームグリップを操作して『ゴールデンディアナ』の両手足を動かし『ゼッツァー』の放った金棒の一撃を避ける。
『チッ、掠りもしないか』
それは『ゼッツァー』の腰に装備されていた伸縮型金棒であった。
重量こそないがオリハルコンで作られたもので、その頑丈さは並の剣程度では傷ひとつ付くことはない。テンペストピラーは重量があり『ゴールデンディアナ』のような機動力を武器にした相手に当てるのは難しく、だからこそオルガンはこの金棒を予備の武器として常時所持していた。そして相手の油断を誘って懐から一気に伸ばした得物を相手に叩きつける……はずだったのだが、相手もそれを許してくれるほど甘くはない。
『少々驚きはしたさ。工夫を凝らす相手は好きだよ』
ベラドンナがそう口にして距離を取ると『ゴールデンディアナ』を鉄機馬から降ろして、自身の足で『ゼッツァー』の前に立った。その様子にオルガンが眉をひそめる。
『どういうつもりだ?』
『なぁに。アンタみたいのは機動力でかき回しゃぁ潰すのは難しくないからね。それじゃあ、ここにきた意味がないのさ』
そう言ってグルンとウォーハンマーを回転させながら『ゴールデンディアナ』が構える。
『この機体は調整中でね。元々は豪鬼獣を相手に慣らすつもりだったんだが、連中『雑』なんだよ。だから、もうちょいマトモに殺りあえる相手が欲しかったのさ』
『俺は慣らしの相手ってわけか』
オルガンが軽くため息をつきながら、それでもわずかに笑う。
(その気でくるならまあいいさ。どのみち、まともにやり合ったら勝つのは難しそうだからな)
舐めてくれるなら結構だ……と、オルガンは『ゼッツァー』の腰を落とさせるとフットペダルを踏んで一気に『ゴールデンディアナ』へと距離を詰める。
『オォォオオオオ!』
勢いに乗せて『ゼッツァー』が金棒を振り上げ、対して『ゴールデンディアナ』もウォーハンマーを振り下ろし、互いの得物が激突する。
『鉄機兵がこのゼッツァーとまともに打ち合えるだと?』
『良い機体だろう? その分じゃじゃ馬でねぇ』
そう言ってベラドンナが笑う。『ゴールデンディアナ』は見た目こそ鉄機兵ではあるが、その出力は獣機兵に近い。
(まるで……あの人のようだが、まだこちらはやりようがあるか)
そのピーキーな性能に乗り手もわずかばかり手間取っているようで、だからこそオルガンも戦いについていける。しかし、先ほどから感じるどうしようもない既視感にオルガンは戸惑いも覚えていた。
『あんた……うちの総団長と親戚か何かか?』
『ハッ、あたしゃガキは何度も産んだが、ラーサ族はいないね。孫、ひ孫となりゃぁ分からないが』
ベラの出自ははっきりしていて、調べた限りではクィーン・ベラドンナとの繋がりはあり得ないと分かっている。それでもオルガンは目の前の黄金の機体を赤い機体と重ね合わせてしまう。
(似過ぎている)
赤き鉄機兵『アイアンディーナ』に乗るベラ・ヘイロー。オルガンを従えるヘイロー軍の総団長をどうして重ねて見てしまうのか。
『いくらこっちが機体に慣れてないとはいえ、粘るね、あんた』
『あんたのような相手を知っているんでな!』
そう知っていた。オルガンは知っていた。
ずっと見続けて来たのだ。自分たちの大将が道を切り開く様を。
だからオルガンはまだ戦えていた。しかし……
『そこだっ』
『ひゃはっ、甘いんだよ』
火花が散り、『ゼッツァー』の装甲が飛ぶ。
わずかな隙が機体を削っていく。最初は勝負になっていたが、徐々に戦いの天秤の傾きが変わりつつあった。さらには周囲の状況も変化していた。
『獣機兵が。我ら帝国の力を使い、敵となるとはな!』
『連中を団長に近付けるな。我々を畜生に変えた帝国を殺せ!』
士気が落ちた銀光戦士団を抜けて突撃してきたローウェン帝国軍とオルガンの配下の獣機兵たちの戦闘も始まっている。単純な機体性能でいえば鉄機兵よりも獣機兵が勝る部分は多いが、獣機兵を生み出したローウェン帝国軍はその対応を何処よりも熟知しているようだった。また離れた場所ではリンローの率いている隊がかつてのベラの奴隷と戦い始めてもいた。
『んん? 余計なこと考えている暇があるのかねえ?』
『ぐぁあっ』
ウォーハンマーの一撃一撃が重い。それはただ出力に頼った攻撃ではなく当たる際に最高のタイミングで自重を乗せたものだ。その攻撃を食らうたびに『ゼッツァー』が揺らぎ、けれどもオルガンは気合で機体を押さえつけて反撃する。
『オォォオオオオオオオッ』
『ヒャヒャッ、悪くはない。当たらないけどね』
オルガンが咆哮し金棒を振るう。だがそれは黄金の機体には届かない。攻撃を振るおうとも避けられ、逆に避けようと動いたところにベラドンナのウォーハンマーがやってくる。
(なんてヤツだ。動きが全て読まれているのか。こんなのまるで)
まるであの人のようじゃないかとオルガンは思う。
つまりはベラ・ヘイローその人と戦っているような感覚。味方であればこれ以上ないくらいに心強いが、生憎と目の前の相手は純然たる敵だ。
(クソッ、どうにもならないだろうに。こんなの)
オルガンがギリギリと噛み砕かんばかりに歯を噛み締めながら、どうにか相手の攻撃に食らいついていく。右から左へ、そう思った次の瞬間には意識を向けた側とは逆の方からウォーハンマーが飛んできた。
(こんなのを、どうしろと)
左腕が飛び、胸部装甲が削られ、脚部の関節が叩きつけられて異音を発して動きが鈍くなる。
『だが、俺はここで』
オルガンが必死に金棒を振るう。けれども止められない。その上に『ゴールデンディアナ』の動きも徐々に良くなってきていた。それも当然だろう。彼女は新調した機体の慣らしのためにここに来ていたのだ。豪鬼獣では物足りなかったが、ちょうど良い相手が見つかったのだからベラドンナもご機嫌であった。
『ヒャッハァ』
頭部の角が削り飛ばされた。
手に負えない。どうにもならない。ここで己が終わるとオルガンは理解し
『だが、せめて一撃は』
一歩を踏み出す。相打ち覚悟。攻撃を受けたのと同時にこちらも一撃を喰らわす。己が駄目でも相手にダメージを蓄積させることができれば仲間が、リンローがきっとどうにかしてくれると信じて……
『あ……れ?』
しかし、覚悟を決めた次の瞬間に来るはずの攻撃が来ないことにオルガンは思わず呆けた顔をした。だからオルガンの戦いはそれでお終いだった。
『気持ちが切れちまったのかねえ』
黄金の機体に乗っていた老婆はそう呟きながらわずかばかりため息を吐いた。
生存を諦め、安易に突撃した間抜けの動きを察してわずかばかり攻撃のテンポを遅らせるなど老婆には造作もないことだった。同時に老婆にとって目の前の相手の戦士としての価値は消えた。ただの有象無象に成り下がった。
『待て。俺はッ』
オルガンが叫ぶがベラドンナが止まるわけがない。胸部装甲を貫いて飛び込んで来たウォーハンマーのピックがオルガンの身体を抉り潰して、操者の座の中にブチまけられる。
そして残せる言葉もなく、想いも繋げられず、わずかな悲鳴と共にオルガンであったものはただの屑肉へと変わり果て、獣機兵『ゼッツァー』は糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちたのであった。
次回予告:『第321話 少女、降下する』
それでもベラちゃんは前へと進みます。止まることだけはしないと決めているのですから。




