第319話 少女、あと一歩届かない
リンローが報告を受けるよりもわずかに時は遡る。
オルガンたちの目の前でローウェン帝国軍と銀光戦士団の戦いはすでに開始されていた。そして、その戦いをオルガンたちは呆気に取られた顔で見ていた。
『こりゃあ、アレだな。うちの総団長が敵にいたらこうなるんだろうなっていう……そんな展開だな』
呆れ混じりのオルガンの言葉にオルガン兵団の兵士たちが真顔で頷く。ローウェン帝国軍の先陣を切って突撃していた黄金の機体『ゴールデンディアナ』が銀光戦士団の副団長ホルンを討ち取り、銀光戦士団を次々と倒しているのだ。その様はまるでベラと『アイアンディーナ』の戦いのようであり、これからアレに挑まざるを得ない彼らの心情は非常に複雑だった。
また副団長が倒されたことで勢いの削がれた銀光戦士団が後から続いてやってきたローウェン帝国軍の軍勢に劣勢を強いられてもいた。
『オルガン団長、援護する前に随分とやられていますがどうします?』
『こちらが向かって乱戦になるのは避けたい。銀光戦士団に通達しろ。巨獣兵装を使うから逃げろとな。ガラティエとリギスにも準備をさせろ』
そのオルガンの指示に従って魔獣使いたちが槍尾竜ガラティエと槍角竜リギスをオルガンの獣機兵『ゼッツァー』の左右に誘導していく。この二体のドラゴンは気配で巨獣が逃げることを考慮してどちらも討伐には同行せず、この場に待機していた。そして、その二体こそがオルガンの切り札を構成するパーツでもあった。
『オルガン団長、銀光戦士団に通達完了。指示に従うとの返事もきています。ジェネラル・ベラドンナもこちらに向かって進行し始めました』
『結構だ。それじゃあ始めようか!』
そう言ってオルガンの獣機兵『ゼッツァー』が巨大な四本の柱が束ねられた巨獣兵装テンペストピラーを持ち上げる。それは竜巻を生む巨大な金棒。その金棒の四本の柱が回転し始めると紡ぎ出された竜巻が天へと伸び始めた。
『ジェネラル・ベラドンナ、突撃してきます』
『鉄機馬の機動力なら避けられるとでも思っているのか? 甘いな。ガラティエ、リギス頼むぞ!』
オルガンの言葉に二竜が咆哮しながら竜巻に向かって炎のブレスを吐き出すと、ブレスと竜巻が絡まり巨大な火災旋風となって天へと伸びていった。
『銀光戦士団、左右に避けていきます。ジェネラル・ベラドンナは避ける様子ありません』
『何を企んでいるのかは分からないが、だが好都合だ。これで一気に沈めてやる。オォォオオオオオオオオオオオオ!』
オルガンがアームグリップを下ろし『ゼッツァー』もそれに連動してテンペストピラーを振り下ろしていく。それは天をも貫く炎の大剣のようであった。
『退がれ、退がれぇえ』
『あれが巨獣兵装!?』
『歩兵は鉄機兵を盾にしろ。味方に殺されるぞ』
すでに連絡を送ってあるはずの銀光戦士団が火災旋風の威容に叫び声をあげながら逃げる速度を早めていく。また後方でジェネラル・ベラドンナの後に続いていたローウェン帝国軍も巻き込まれぬようにと動きを止めていた。
『これで終われ!』
そして、巨大な炎の剣が地表へと激突する。
地面を抉り、わずかに生えていた高山植物が燃え上がり、光と熱が周囲を覆う。爆炎と爆風が吹き荒れ、それらを目にした誰しもが飲み込まれた黄金の機体は破壊されたのだろうと認識した。それはローウェン帝国軍の兵士たちですらも同様だった。
『ヒャッハァアアアア!』
けれども、その予想はすぐさま打ち破られる。
炎の中から雄叫びのような笑い声とともに黄金の機体と鉄機馬が飛び出したのだ。
『馬鹿な。今のを抜けてきただと!?』
『間の抜けたこと言ってんじゃないよ。何の策もなく、こんな火遊びに近付くわきゃないだろうが! 馬鹿が!!』
『クソッ、あれは超振動の大盾か!?』
オルガンが舌打ちをする。ケフィンの鉄機獣にも装備されている超振動の大盾。その防御に特化したギミックウェポンを『ゴールデンディアナ』が所持していたのだ。
『アレでかき消したと……しかし、あの一撃をそれだけで防げるものなのか?』
『ヒャッヒャッヒャ、種明かしはしてやらないよ鬼のヤツ! そんでアンタがこのケダモノどもの頭だね』
『チッ、その喋り方……声は違うのに』
しゃがれた声にもかかわらず、なぜこうも身近に感じられるのか。どうしてもオルガンの脳裏には彼のよく知る少女の顔がちらついていた。けれども状況はオルガンに思考する時間すらも与えてはくれない。
『オルガン団長を守るんだ!』
ジェネラル・ベラドンナの機体『ゴールデンディアナ』がオルガンの乗る『ゼッツァー』に向けて動き始めると、オーガ部隊が大盾を構えて『ゼッツァー』の前に出た。
『囲い込んで潰せ。どれだけ腕が立とうと動けなければ、どうにもならんはずだ』
『させると思うかい。ヒャッハァアアアア』
ジェネラル・ベラドンナが叫ぶと鉄機馬が一気に駆け出して迫るオーガ部隊の頭の上を飛び越える。
『馬鹿な!?』
『ついでに首はもらったよ』
同時にウォーハンマーが振るわれ『ゴールデンディアナ』が地面に降りるときにはオーガタイプの首がふたつ飛んでいた。
『さて、大将首もいただくかね』
『クッ』
オルガンの顔に焦りが生まれる。テンペストピラーを放った負荷により『ゼッツァー』は未だに動けなかった。けれども、彼の左右にいたドラゴンたちはそうではない。
『クギャアアアア』
『グルッァァアアア』
殺気に反応した槍尾竜ガラティエと槍角竜リギスが即座に突撃し、ガラティエの槍の形をした尾とリギスの槍の形をした角が『ゴールデンディアナ』に向けて放たれる。けれどもジェネラル・ベラドンナは鉄機馬の機動力を使ってそれらを避けながらウォーハンマーでガラティエたちの顎を叩きつけると、どちらもがよたよたと足をもつれさせて崩れ落ちた。
『ハッ、所詮は生物だ。脳みそ揺さぶられりゃぁ動きも鈍る。で、続けて中身をぶちまけてやりゃぁさすがに死ぬだろうさ。もらった!』
『させるか!』
リギスの頭部に振り下ろされたウォーハンマーのピックをオルガンの操作する『ゼッツァー』のテンペストピラーが受け止める。
『そいつらは殺らせん。総団長より預かっている連中なのでな』
『へぇ。総団長ね。そういやアンタ、名前はなんて言うんだい?』
カンッと音を立てながらウォーハンマーとテンペストピラーが同時に離れ、どちらの機体も跳び下がって距離を取った。
『ヘイロー軍オルガン兵団団長オルガン・アシュターだ』
『へぇ。そいつはなかなかの大物だね』
そう言って黄金の機体の中にいる老婆がニタリと笑い、舌なめずりをする。
その仕草をオルガンは当然見ることはできなかったが、けれども口にした言葉だけでオルガンはその様を容易に想像できた。ただオルガンの思い描いた姿は老婆ではなく、彼の知るひとりの少女のものであったのだが……
次回予告:『第320話 少女、キレる』
オルガンおじさんも仕方のない男の人ですね。ほかの女性とダンスをしているのにベラちゃんのことを考えているなんて。まあ、それだけベラちゃんが魅力的ということなのでしょうけど。




