第316話 少女、急いで戻っている
『鉄機兵がこの先にいる……だと?』
ベラたちの隊が豪鬼獣と相対しているのと同じ頃、ゼックとガイガンが指揮する第二探索隊はひとつの問題に直面していた。彼らは未だ豪鬼獣の群れとの遭遇はなかったが別のものを発見していた。
『はい。ウチの獣人部隊がこの先で鉄機兵を保持する正規軍らしきものを発見しておりますゼック将軍。規模はおよそ我々と同数。鷲の旗印からしてベラドンナ自治領のものかと思われますが、いかがしましょうか?』
ガイガンの報告にゼックが唸った。
魔獣使いを有しているか否かで索敵能力に大きく差が出ることはゼックも理解していたが、雇われるのは大抵が数名でヘイロー軍のように魔獣使いの集団運用は想定されたものではなかった。ローウェン帝国がドラゴンを使役し始めたことで魔獣使いが雇えなくなった現在、ゼックは余計にそう感じていた。
(羨ましいことだが、今はそれどころではないか)
『巨獣の被害を受けているという状況はあちらも同様だろうから、自治領軍が兵を送り込んでいるというのはおかしな話ではないが……』
『まだ気付かれてはおらんようですが、やりますかな?』
『無論、我が領内に入り込んでいるのを見つけたのだ。見逃してやるという選択肢はないな。問題なのは……』
ゼックが眉をひそめて、背後のベラたちの向かった方角と陣地の方へと視線を向ける。巨獣討伐に乗り出しているのであれば、当然ヘイロー・モーリアン混成軍のように隊を分けて探索をかけているはずで、接触すれば戦闘にもなるだろう。
『あちらの領地を考えればゾールダン侯爵の騎士団だろうが、恐らくは外から増援も呼んでいることだろう。今回の我々のようにな』
『総団長たちの方でも戦闘になっている可能性がありますな。まあ、総団長に関しては問題ないでしょうが』
地方の戦力がどれだけいようとベラが殺られることなどあり得るわけがないとガイガンは理解していた。それにベラの隊にはケフィンたちがいる。自分たちと同様に先手を取られて奇襲される……という可能性は薄い。
最悪の状況でも機械竜のデイドンがいればベラひとりでも飛んで逃げることができるのだ。だから戦力的な問題があるとすれば待機している陣地の方だった。
『どのみち情報を収集し、今後の対応を決める必要もある。まずは連中を制圧する。なぁに、ここにいるメンツならそう時間はかからんさ』
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『まったく恐ろしいものを見たな』
ゾールダン騎士団。彼らは今、ロイマス山脈を移動していた。もっとも彼らの目的は豪鬼獣と呼ばれる巨獣の討伐ではない。
『後を追わんで良かったんですか?』
彼らの目的は、とある一団の護衛兼道案内であった。もっとも護衛に関して言えばそんなものが必要な相手ではなかったし、護衛対象は道案内すらも必要とせずに先へといってしまった。もっともゾールダン騎士団に止められるような相手ではないし、止めようという意思すらライノス・ゾールダンにはなかった。
『あの方がそう望んだ。そして我らは従うのみだ。たとえ帝国の側にいたとしてもな』
『それはそうですが』
わずかに言い淀んだ部下にライノスが苦笑する。
ベラドンナ自治領。それに相応しい統治者が今彼らの側にいるのに、肝心のその相手は帝国の将で、彼らの上に立つことを良しとはしなかった。彼女さえ再び彼らを率いてくれるならば帝国に頭を下げて協力してもらう必要もなく、場合によってはモーリアン王国も従わざるを得ないはずなのにもかかわらずだ。だから自治領内でも疑念が生まれてしまう。果たしてアレは本物なのか……と。
実際に相対したライノスからすれば本物以外の何物でもないのだが、帝国の用意したハリボテではないかとの疑念が常につきまとう。そして、ここ数年噂になっていた『生まれ変わり』がいよいよモーリアン王国にやってくると聞いてはライノスも穏やかではいられなかった。
何しろ偽物を御輿に使っていると非難していた彼らこそが偽物を用意したのだ。なんたる恥知らずかと。それが彼女の息子の所業であるならば、なおさら看過できるものではなかった。
(いずれにせよ、あの方は我らに協力はすれど、上に立つおつもりはない。あの生まれ変わりには興味を示されていたが)
『ライノス団長。敵襲です!』
思惑の海に沈み込んでいたライノスが、その言葉で目を見開いた。
『豪鬼獣がここに? まさか、先ほど逃げ出した群れが戻ってきたのか?』
『違います。鉄機兵と歩兵。アレはモーリアンです!』
その報告にライノスの表情が驚きに染まった。
『馬鹿な。確かに我らは現在モーリアンの領域にまで足を踏み入れてはいるが、ヤツらはそれを待ち構えていたとでもいうのか?』
そう自分で口にしてライノスはすぐさま己の考えを振り払うかのように首を横に振った。
『いや、あり得ない。そんな先んじて回りこめるような状況ではないはずだ』
何しろ彼らがここにいること自体が偶発的ではあるのだ。
巨獣の数が増えてきたことに対しての討伐協力要請は以前より中央に送り続けていたが、その返答としてゾールダン領に彼女の軍がやってきた。その理由は彼女の愛機の試運転のためだったが、それでもライノスにとってはまさしく渡りに船の話だった。現在は彼女の軍についていけずに置いていかれた形だが、考えれば考えるほどに意図的な遭遇ではないだろうとライノスは予測する。
『連中も豪鬼獣の討伐に乗り出したところに遭遇した……と見るべきか。しかし、いたずらに仕掛けてきては本来の目的も果たせなくなるだろうに』
隣接するモーリアンの領地を治めるシェスタ侯爵はゾールダン領と総戦力は変わらない。共に巨獣に対しての脅威にも備えねばならぬ以上、ここで戦力を消耗させることはお互いにとってよろしくはないだろうに……とライノスは判断するが、次の瞬間にその認識は一気に解けた。
『光の剣の旗印確認。アレは銀光戦士団です!』
『なんだと!?』
それはまさしく精鋭中の精鋭だ。見る限りの戦力は同数。であれば、地方貴族の彼の戦力では歯が立つはずもなく……
『ライノス団長、ヘイロー軍の旗印も見えます』
『ヘイロー? あのヘイローか。なんでだ!?』
ライノスが悲鳴のような声を張り上げて問うが、それに答えられる者などいるはずもない。だが、現実はすでに目の前に迫っていて、彼らは退却する猶予もなく戦闘が開始される。
もっとも戦闘と呼ばれるほどのものであったかは難しいところだ。
わずか一太刀。最初に斬り結んだだけでゾールダン騎士団は理解してしまった。銀光戦士団の実力だけではなく、ヘイローのラーサ族の戦士の力を、その練度の差を理解してしまった。勝てぬと察してしまった。
それからわずか一刻と経たぬうちにゾールダン騎士団は降伏することとなった。もっともこの話はそれで終わりではない。それをゼックとガイガンはライノスから知ることとなる。
奇しくも『彼女たち』は同じ状況にあった。
それがベラはモーリアン王国の意図したものであるのに対して『彼女』は新調した『機体』の試しとして巨獣の討伐を受けていた。
『アレが……来ている……だと?』
そして、ゼックが尋問した兵たちの報告を受けて絶句することとなる。
それも仕方のないことだろう。少なくとも出会うのは戦場であると思っていた。それも全てを決するような決戦の場であるはずだった。
彼らが共にいた軍の名は『黄金の鷲団』。それは刀神バル・マスカーと道化師マルコを従える大将軍ジェネラル・ベラドンナの率いるローウェン帝国最強の戦力であった。
次回予告:『第317話 少女、遭遇する』
まさかゼックお兄さんの名前がこの駄洒落のためだけに用意されたものだなんて……そんなことありませんよね。ええ、まさか。




