第314話 少女、山登りをする
ロイマス山脈の麓に陣地を構えたヘイロー・モーリアン混成軍は、到着した翌日に三隊に分かれて山脈の探索を行うこととなった。
オルガン兵団を中心とした陣地による待機組が一隊、竜撃隊、獣人で構成されているケフィン隊、銀光戦士団の探索組が二隊である。
探索組は土地勘のある銀光戦士団の案内と魔獣使いによる探索、そして発見し次第、竜撃隊と銀光戦士団が討伐を行うために構成されており、内一隊はゼックとガイガンが、もう一隊はベラと銀光戦士団の副官マノーが率いている。そして陣地に待機している部隊にはベラの奴隷であるボルドとジャダンも残されていた。
「たく、早く仕事を終えて火酒でも飲みてえ気分だぜ。区切りついたところから休憩だ野郎ども」
ボルドが己の地精機から出てそう叫ぶとボルドの配下である整備班から威勢のいい返事が返ってきた。その様子を確認してからボルドがドサリとその場にあった台座に座り込むと、同じ奴隷仲間であるドラゴニュートが近づいてきた。
「精が出ますね、ボルドの旦那。呑みたいんなら一杯持ってきましょうか?」
「うっせぇ、今呑んだら止まんねえよ。だいたいこれでトチったら死ぬのはテメェだぞ」
「それは困るわ」
ジャダンの後ろから女性の声が響いた。
「分かってるさ、マリア副隊長どの。ご主人様からの仕事だぜ。キッチリこなさねえとケツの穴にジャダンの頭を捻り込まれちまう」
「いや、そんなんあっしもゴメンですが」
ジャダンが普通に嫌そうな顔でそう返した。
そんな下品な会話でもマリアは特に顔色ひとつ変えない。
かつてエルシャ王国軍の四王剣のひとりであった彼女がこの場にいるのは、彼女の今の立場が竜撃隊の副隊長であり、現在ボルドが手をつけているのがマリアの機体である亜種竜機兵『ヘッズ』であるためだった。もっともマリアの副隊長職は元々彼女が他国の将軍であったためにつけられた役職であるだけで、基本的に指揮は取らず、戦いの際には前線で狂犬のように暴れまわる。
ただ戦闘以外での彼女のテンションは低くなるようで、今のマリアは眠そうな顔をしてボルドとジャダンの後ろに立っていた。
「あなたが食らうご主人様のお仕置きなんてどうでもいいわ。それでヘッズの様子はどうなの?」
「ん、ああ。あんたが言っていた通りだ。この台座だがやっぱりブレてやがった」
ボルドがそう言って、コンコンと自分が座っている台座を叩いた。
見ればそれはボルドが座るにはかなり大きい台座であった。また鉄機兵を乗せるには小さく、人を乗せるにはやや大きく、それは精霊機 を搭乗させるのに適したサイズをしていた。
「無茶な動きで台座を固定していたフレームが金属疲労を起こしてたんだよ。今バラしてパーツを組み替えてるからそれを戻しゃすぐに直るが……後で材質を替えるか、設計を見直したほうがいいかもな。お前さんの操縦は荒いし、ジャダンも遠慮しねえからまたすぐに壊れちまうぞ」
ボルドがそう口にし、マリアが頷く。
そのボルドの背後に鎮座しているマリアの亜種竜機兵『ヘッズ』は、かつてマギノがベラの予備機として生み出した機体であった。機械竜の頭部を加工し、竜機兵としての機能を得たソレは高出力かつ、ドラゴンのブレスと低空ではあるが竜翼による飛行能力を得ることにも成功し、また現在の『ヘッズ』は以前に比べて装備も新調されていた。
まず目につくのは両腕に装着されている巨大なクローだ。
これはローウェン帝国の竜機兵からの戦利品で、それぞれの爪の先がショートソードほどの長さがある。竜尾も装着し、さらには『ヘッズ』の頭頂部にはつい先ほどまで現在ボルドが座っている台座が乗っていた。それはジャダンの火精機『エクスプレシフ』を乗せるためのものであった。
「頼むぜ旦那。戦場であっしが落ちたら、もう助からねえっすよ」
「死んだ方が世のためって人間は確かに存在するんだぜジャダン」
「はっは、そんな人間にゃあなりたくないもんですな。ま、あっしもここ最近は白い目も向けられなくなりましたからねえ。ようやくあっしもみんなに馴染んできたってことなんですかね、こいつはぁ」
「はっ、俺に分かるのはイカレ蜥蜴は目も頭もおかしいらしいってことぐらいさ」
ボルドの言葉にジャダンがヒヒヒと笑う。
白い目を向けられなくなったのは確かではあろうが、それは別にジャダンが仲間の信頼を得たからではない。触れぬトレントに毒は無し。放火魔と爆弾魔のキグルイ蜥蜴と人の皮を被ったドラゴン女がコンビを組んだことで危険物としての度合いが上がったため、彼らは目をそらすしかなくなった……というだけの話であった。
「ドラゴンに乗って戦場で戦うか、上空からボムを投げるかどうかを迫られた末の選択でしたがねぇ。まあ、結果的には良かったんじゃねえっすか」
「そいつは否定しねえがな。しかし低空飛行なら抵抗ねえんだな、お前」
「あんなの飛び跳ねるのと変わらんじゃないですか。ご主人様のは落ちたら死ぬんすよアレ。確実に」
普段のジャダンにはそぐわぬ必死な声がその場に響き渡る。
以前にベラが目論んでいたジャダンを使った高空爆撃作戦はジャダン本人の努力により頓挫し、腹案として出た『ヘッズ』搭乗が採用されていた。ともあれ、ここまでにジャダンも成果は出してきているのだから本人の言う通りに正しい選択であるとは言えた。
「まあいい。とりあえずの修理はさっき言った通りに問題ねえ。休憩が終わったら台座を戻しゃ終いだ」
「そう。それで間に合うとは思うけど……なるべく早めにお願いするわ」
「どういうこった。なんかあるのか?」
眉をひそめたボルドにマリアが頷いた。
「そうね。正直分からないのだけれど……感じるのよ」
そう言ってマリアがベラたちが向かったであろうロイマス山脈へと視線を向けながら三日月の笑みを浮かべる。
「首裏がザワザワする。あの山には今……『何か』がいるわ」
次回予告:『第315話 少女、遭遇する』
あの人とコミュニケーションを取るのが苦手であったジャダンお兄さんにもついにお友達ができました。みんなのジャダンお兄さんを見る目も変わってきたようですし、これからもっといっぱい友達ができるかもしれませんね。




