第310話 少女、老婆の知己を下す
『おいおい、いきなりおっ始めるのかよ』
ヘイロー軍を率いて正面に立っている混機兵『レオルフ』の中でリンローがそう呟いた。長旅を終え目的地に到着したと思えば、予期せぬモーリアン王国軍との睨み合いである。その上に今度は大将同士の一騎討ちが始まろうとしていた。
『クィーンの名前に便乗してってのが嫌われるだろうとは思ってたがねえ』
『ふむ。それを受けてしまう総団長もらしいと言えばらしいが……まあ、兵たちの受けは良いが』
リンローの呟きに横に並ぶガイガンがそう返した。すでに両軍からは歓声が上がっている。どちらにしても相手への苛立ちはあり、それに応じて己の大将らが前に出てくれたと彼らは理解しているのだ。少なくともベラに関して言えばその意図を汲んでのものでもあろうと考えるガイガンが、リンローの乗る『レオルフ』へと視線を向けながら口を開く。
『ただマリアとザッハナインの動きには注意しておけよ。あいつらが暴れたらさすがに笑えん』
『ヤツらなら心配いらねえよ。さっきまではどっちも牙を剥いてたが、今の総団長のご機嫌な様子に剣呑な気配も消えてるからな』
後方に控えている亜種竜機兵『ヘッズ』と混合魔獣『ザッハナイン』を見ながらリンローがそう返す。
亜種竜機兵『ヘッズ』に搭乗しているマリアはエルシャ解放戦争よりベラの側近になっているが、現在の人格はかつての頃からドラゴンのものに寄りつつあり、戦場での狂戦士の如き気性が人格面にも現れるようになっていた。
また乗り手を失い混機兵から混合魔獣と化した『ザッハナイン』の方は現在では巨大な四肢を持ち、両腕からはしなる蛇腹剣を伸ばし、その頭部は鳥類と爬虫類の中間のような形に変わっていた。見た目は魔獣か小型の巨獣かというところで、ベラには従うがその性質も魔獣のソレであった。
そして、そのどちらもが槍鱗竜ロックギーガや槍尾竜ガラティエと同様にベラの眷属となっている。だからこそ現状のご機嫌なベラを前にして相手方に手を出す可能性はヘイロー軍たちよりも低いとリンローは見ていた。
なお、今回の遠征には槍尾竜ガラティエと槍角竜リギスも連れてきているがケフィンの支配下にあり、こちらも襲いかかるということもない。
どちらかといえば不安要素があるのはベラを信奉している竜撃隊やオルガン兵団の方である。とはいえ彼らも戦士としてはすでに熟練された域に達しているし、感情のままに勝手に動くほど躾がされていないわけではなかった。
(しっかし、あれは妙だな)
そんな状況の中でリンローが首を傾げる。
この場にいるモーリアン王国軍はクィーンの生まれ変わりと吹聴するベラに釘を刺すために来ているのだというのはリンローも理解しているし、今も彼らは怒りを露わにしてベラを見ていた。けれども戦いを挑んだ銀光将軍ゼックだけはその気配がない。どちらかといえば
(ありゃあ、俺らに近い……か)
『始まるぞ』
ガイガンの言葉に一瞬思考の海に陥りかけたリンローが向かい合う鉄機兵に再度視線を向けた。そしてベラとゼックが互いの口上を口にすると同時に動き出した。
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『モーリアン王国銀光戦士団、銀光将軍ゼック・ヴァモロ参る!』
『ヘイロー軍総団長、ベラ・ヘイロー行くよ!』
突如として始まった催しについてのわずかなルールの擦り合わせののち、両者は動き出す。ゼックの鉄機兵『ミステリア』の武器は三又の槍であり、ベラの『アイアンディーナ』が持つのはウォーハンマー。それぞれの得物の間合いは近しく、けれども最初に攻撃を届かせたのはベラの方であった。
『これは!?』
ゼックが目を見開き、声をあげた。
未だ槍すらも届かぬ距離……であるにも関わらず、『ミステリア』へと炎を纏った刃が迫ったのだ。それをゼックは一瞬の機転で三又の槍で弾きながら跳び下がる。
『初手でデュナンを弾くかい。いい勘してるね。ヒャァアアッ!』
けれどもベラも勢いのままに『アイアンディーナ』をさらに数歩踏み込ませて、ウォーハンマーを回転させながらゼックの鉄機兵に対してピック部分を向けて振り上げた。
『クッ!?』
それをゼックは円形の盾で受けながら今度は前へと踏み込んで威力を抑え、『アイアンディーナ』と睨み合う形となる。
『なるほど。護りはお上手ってぇわけだ』
舌舐めずりをしてベラがゼックの鉄機兵を眺めた。
銀光将軍ゼック・ヴァモロの乗る『ミステリア』は三又の槍とラウンドシールド、それに霧の外套と呼ばれるマントを装備し、さらには光輪という強力なギミックウェポンをも所有しているとベラは聞いていた。
その実力はモーリアン王国内でも金剛将軍ニオー・ウルバルに次ぐとされているとも。とはいえ、相手がモーリアンのナンバー2であろうとベラが怖気づくことはない。対してゼックは自分が受けた攻撃に驚きの顔を見せていた。
『その剣……ギミックウェポン?』
紡がれたゼックの言葉にベラが笑いながら『そうさ』と返す。
それはかつてデュナンが装備していた蛇腹大剣を取り込んだザッハナインが生み出したものであった。ベラが予備の武器として常備している小剣にサイズが合わせられており、蛇腹大剣 と同じく鞭のようになる機能と炎の特性も付与されている。
武器としての呼称は炎の蛇腹小剣、銘は『デュナン』と付けられており、ベラの初手はソレを居合抜きの要領で相手の間合いの外から攻撃したものだった。
『じゃあちょっくらペースを上げるよ』
その言葉とともに『アイアンディーナ』がわずかに力を抜いて下がり、力の均衡が崩れて傾いた『ミステリア』にウォーハンマーが振るわれる。
『この攻撃の流れは……はははは、やっぱりなぁ』
それをゼックは三又の槍で受け流しながら、直後に嫌な予感を感じてラウンドシールドを構えた。そしてその判断は正しく、次の瞬間に来たのはまたもや炎の蛇腹小剣の攻撃だった。
『だが両腕でウォーハンマーを構えて……尻尾か!?』
『自前なんでね。卑怯なんて言わないでおくれよ』
ビュンッと風を切りながら、鉄線で繋がれた炎を纏う刃の鞭が迫り来る。『ミステリア』がそれを弾きながら距離を取ろうと動くが『アイアンディーナ』は踏み込んでさらに攻撃を仕掛けていく。
ウォーハンマーの攻撃と同時に動く尾による追撃。ゼックは三又の槍とラウンドシールドを駆使してどうにかその攻撃に抗しているが、戦いの流れは明らかにベラの側にあった。
「おい。ゼック将軍が防戦一方だぞ」
「ウォーハンマーの重い一撃を防いでも、すぐさまあの炎の刃が来る」
「隙を生じさせぬ二段構えの戦法か」
「けれども将軍にはアレがあるのだ。であれば」
兵たちがそんな言葉を交わしている間にも『アイアンディーナ』と『ミステリア』は正面より向かい合って互いの武器で斬り交わし続けていく。ゼックの方も逃げるよりは打ち合う方がマシと判断したようで、三又の槍とラウンドシールドを器用に操作してベラの猛攻を凌ぐ。
『なるほど。口先だけじゃあない。いい腕してるよアンタ』
『お褒めに与り光栄だ。ああ、間違いない。間違えようもない』
『何がかねえ。そらッ……とと?』
ベラが次に攻撃を加えようとしたと同時に『ミステリア』のマントがわずかに光り、水晶眼を通したベラの視界が淡い白に包まれた。
『こいつぁ!?』
次の瞬間にベラはウォーハンマーを『ミステリア』がいた方へと振り下ろすが掠りもしない。
『いない? なら』
続けて竜尾と炎の蛇腹小剣を最大限に伸ばしながら機体を回転させて全周囲へと攻撃を加えるがやはり手応えはない。
『そこだねぇ』
そうベラが口にすると次の瞬間にはけたたましい金属音が響き、わずかに離れた地面に三又の槍が突き刺さった。
『霧の外套を受けながら回避だけではなく反撃に出るとは』
『なぁに。仕掛けた攻撃が全部当たらなかったからね。だったらそこ以外にいたんだろうって考えただけさ』
右後方にいる『ミステリア』に仕込み杭打機の鉄杭を向け、さらには再び剣の形に戻った炎の蛇腹小剣も構えながらベラが言った。
たった今『ミステリア』が発動させた霧の外套は光を歪ませ、霧のごとく姿を隠すギミックウェポンであり、ベラはそれにまんまと引っかかってはいた。けれども彼女はすぐさま反撃に移った。
それでも全て外したのだが、逆を言えば攻撃を加えた場所以外に『ミステリア』はいるのだ。故にベラは動きを予測し、とりまわしのわるいウォーハンマーを手放して相手のいるであろう箇所に仕込み杭打機を放ったのだ。その結果が目の前の光景であった。敗者は両手を挙げ、勝者は笑みを浮かべて刃を向ける。
『俺の負けだクィーン、いや今はベラ総団長と?』
『そうだね。ババア扱いは勘弁願いたいもんだ』
そう言ってベラがヒャッヒャッヒャと笑う。
クィーン・ベラドンナの生まれ変わりを標榜する者としてはどうかという物言いだが、だからこそらしいのだろうとゼックもつられて笑った。それと同時にかつての頃、己が最も輝いていた頃、あの頃のモーリアンが戻ってきたのだと、ゼックは感じていた。
次回予告:『第311話 少女、老婆の知己と話す』
たとえもう会えなくとも、その名は少女とともに。
デュナンお兄さんもお空の上からきっとベラちゃんを見守ってくれているはずですよ。




