第303話 少女、宣言を聞く
「エルシャ王国国王ダキリ・ライアント・エルシャダイの名において、我が国はここにローウェン帝国への勝利を宣言する」
エルシャ王国新王都カナイ。かつてエルシャ王国が占領した小国の王城の中でエルシャ王国の国王による勝利宣言が今行われていた。それは要塞アルガンナでの戦いが終結した一ヶ月後のことであった。
また同時にダキリ国王は旧王城ニライを奪還した暁には王位を退くことも同時に告げた。それはすでに没した第一王子に代わり、今戦争において英雄的活躍を見せたとされた第二王子であるダイズ・ライアント・エルシャダイが次代の王となることも意味していた。
こうしてローウェン帝国によって国を失いかけたエルシャ王国はその国土を奪還し、王は己が役割を果たして次代の王にその座を譲ることとなった。多くのものが奪われた民衆にとってそれは未来という名の希望であった。そして……
「ほぉ。みんな、元気がいいねえ。ちょっと前の辛気臭いツラが嘘のようさ」
「ハッ。面白くねえ。あの王子様が活躍っていったってすべては総団長のお力によるものでしょうに」
その宣言式に並びながら笑っているベラに対して、リンローが苦々しい顔をしていた。この場にいるヘイロー軍とルーイン王国軍の人間の数は多くはない。それは民衆に対してエルシャ王国軍による勝利を演出するためのもので、ダイズが英雄として扱われているのも同様のことだった。
もっとも公称こそされないが、すでにエルシャ王国は事実上傭兵国家ヘイローの属国に落ちている。正しく言えば、すでにエルシャ王国は単独で、特に軍事力の面で国として維持ができず、そうせざるを得ないというべきだろう。
ともあれ、国内向けとはいえ手柄を掠め取られる光景を見せられたリンローたちにとっては面白い状況ではなかった。
「栄誉は王族様貴族様にくれてやってあたしらは実を取る。傭兵ってのはそういうもんさ。ま、可愛いもんじゃないか」
納得いかぬという顔のリンローにベラがそう返した。
「それにこんな疲弊した国だ。取り立てるなら国ごとってことになるが、もらっても面倒だし美味しいところだけ頂戴すればいいんだよ。地勢的に帝国への緩衝材としても役に立つからね」
「確かに。そういう見方もできますがね」
リンローも頷いたが、実際のところは南部……つまりは傭兵国家ヘイローの北部と面した土地の一部は報酬として割譲されてもいた。そこに含まれる山脈は稀少鉱石が埋蔵し、それはヘイローにとっても十分に旨味のある話であった。
「そういうことさ。そんじゃあ、あたしはちょいと戻ってるよ」
そう言ってベラが踵を返すと、リンローが眉をひそめた。
「まだ終わってねえっすよ?」
「アイアンディーナが手を振っているだろ。問題ない」
その言葉の通り、中庭では見慣れた赤い機体が手を振っていた。
いかにエルシャ王国軍が勝利したという面を押し出そうとしていても、八機将ふたりを倒した赤い魔女を無視するようなことは当然できない。だからこそ『アイアンディーナ・フルフロンタル』は英雄のひとりとしてあの場に並んでいたのだが、その場の誰もがまさか機体が勝手に動いているとは思っていなかった。
それは同時にリンローと共にいるベラがその場にはベラ・ヘイローとして出席してもいなかった……ということも示していた。別段姿を隠しているわけでもないのだが、子供の姿で出るよりは赤い魔女の象徴である『アイアンディーナ』に乗った形で出た方がらしく見えるのである。
「ベラ様、式典はお気に召しませんか?」
そしてベラが城の通路に入ると、ヘイロー軍の警備兵とともにパラが立っていた。どうやらベラが戻ってくるのを待っていたようだ。
「まあね。飯でも用意してくれるんなら別なんだが、ただ突っ立ってるだけじゃあ暇で仕方ない。それにあたしを知ってる人間がディーナとあたしが別に行動してるのを見たら首を傾げてしまうしね」
そう言ってベラがヒャッヒャと笑う。自律行動と遠隔操作の訓練という名目もあったが、実際にはそう意味のない悪戯に近いものだ。ともあれ、ベラはパラを見て「それで」と口にした。パラには戦争終了後の状況の確認をさせていたのである。
「首尾はどうだい?」
「はい。ローウェンはエルシャの北部、エンドゥーサの町を拠点として今は留まっているようです。獣機兵軍団の一部がそちらに入ったようですが、再進軍の動きはないとの報告を受けています」
「結構。まあ、そりゃあ獣機兵軍団が荒らした土地の価値なんてほとんどないしねえ。再占領するにしても、エルシャがある程度復興してからじゃなきゃ旨味もない。まったくまともに統治もせずに何を考えていたのやら」
ベラがそう口にする。実際に不可解ではあった。獣機兵軍団の統治は野盗のソレと大差なく、また客観的に見ればエルシャ王国内での戦争は意図的に長期化されていたものにしか見えない。両軍の記録をつけ合わした結果、明らかに不可解な指示が帝国の本国より流れ、あと一歩のところでエルシャ王国軍は致命的な状況を免れている……というような状況も一度や二度ではなかったようである。
とはいえ、捕らえた獣機兵軍団の兵たちに尋問しても答えは出なかった。彼らはただ指示に従って戦っていただけで全体を見通していた獣神アルマは死に、獣魔ドルガも把握できていたわけではない……と捕らえた将軍のロッグから聞いていた。そして政策を行なっていたらしい帝国の文官たちは遠征には当然参加しておらず、今はもう国に戻っているはずであった。
「帝国内部から操っている者がいた……という感じかい」
「意図は分かりませんが恐らくは。すでに真相を知る者は天に昇ったか帝国内に戻っています」
「そうだねえ。ま、こっちとしては得たものも大きいけどね」
巨獣機兵を倒したことでさらなる巨獣兵装の製造が可能となり、クラッシュワームタイプの巨獣機兵も鹵獲できた。また捕虜となったロッグ将軍以下の元獣神アルマ所属の獣機兵軍団の面々に対してのローウェン帝国の反応はなく、奴隷落ちさせヘイロー軍の戦力として接収されることが決定している。
その件に対してエルシャ王国からは指定した兵の引き渡しの要求があったぐらいだった。そもそも心情的にもノウハウ的にも獣機兵軍団を取り込める下地がなかったのだからエルシャにも選択の余地がないことではあったのだが。
「こうなると、あとはそろそろ本命かね」
「仕込みから随分と経ってはいますが」
パラの返しにベラが肩をすくめた。
本命。つまりはモーリアン王国の内戦への参加。それはベラが雌伏の刻を経て、表舞台に戻ってきたときからずっと定めていたものだった。ベラドンナ傭兵団を壊滅させた帝国に横殴りをして、すべてを取り戻す。同時にすべてを奪ってやる……と。
その間に生まれた傭兵国家ヘイローという存在はベラたちにとっては決して予定していたものではなかった。内乱の続くモーリアン王国へ向かうのはベラが新たに作り上げた大傭兵団のはずだった。けれども大筋においては彼女らの予定に沿っている。予定以上の戦果をあげ、予定以上の戦力を得た。であれば、先に進むのになんの問題があろうか。
「さて、あと一歩だ。奪われたもん取り返しに行くよ。そんで、皇帝の頭でもカチ割ってやろうじゃあないか」
そう言ってベラは心底楽しそうに一歩を踏み出した。
次回予告:『第304話 少女、始まる』
女の子の恨みは怖いですね。
さて、ベラちゃんの興味はそろそろ新しい土地に向けられ始めているようです。ベラちゃんのまわりはいつもToLOVEるばかり。次はどんな出会いが待っているのかな?




