第301話 少女、犬と遊ぶ
両者が同時に駆けた。
咆哮はどちらからのものか、あるいは双方からか。
速度はやはり『サーヴェラス』が上をいく。けれども『アイアンディーナ・フルフロンタル』もただ待ち構えることはせず、対抗するかのように直進していった。
『ようやく、ちゃんと噛み付けるようになったのかいワン公!』
ベラが笑う。小細工のすべてを引き剥がし、ようやくむき出しの殺意が向けられてきた。それが心地よいとベラは感じていたのだ。
所詮はドルガの根は小物。けれどもそれでもここまで勝ち続けてしまった。彼自身の能力ではなく機体構成が反則に近く、彼を攻略できたものがこれまでに存在しなかったことが純粋な戦いに興じるための意思を曇らせていた。しかし生命の危機に瀕した今、その身が獣に変わりつつある今、ようやくドルガにも殺し合いに臨む覚悟が生まれていた。
無論それはベラが意図したものではない。ベラは敵に塩を送る真似を好まないし、闘争に身を焦がすことを是とするつもりもない。彼女が求めるのは勝利であって戦いではない。
けれどもベラは笑う。そこに命の実感を感じてしまう。つまりそれは、目の前の相手がようやく彼女の『敵』となり得たということだった。
『『殺す』』
『ヒャッ、それでいいんだよワン公』
次の瞬間に互いの機体の武器が激突して火花が散った。
回転歯剣と接触したことで『サーヴェラス』の左の頭部が咥えていた剣の刃が欠けるが、鉄機兵戦では刃の斬れ味などそれほど意味のあることではない。剣であろうと重さを乗せた鈍器のような扱いこそが正しく、ドルガも気にせずもう一方の頭部をスイングさせて『アイアンディーナ・フルフロンタル』の装甲を削った。
『おっと、やるねえ』
さらには『サーヴェラス』が踏み出して『アイアンディーナ・フルフロンタル』を押していく。その様子にドルガが笑う。
『パワー勝負で勝てるとでも』『思ってんのか魔女が!』
対してベラはフットペダルを刻みながら機体をそらしてその突進を避ける。そのまま機体を旋回させて突き進んだ『サーヴェラス』の背後を取った。
『つぇええい!』
『『痛ぁあ!?』』
振り下ろした『アイアンディーナ・フルフロンタル』の回転歯剣が『サーヴェラス』の尾を斬り裂いた。『サーヴェラス』の尾には戦闘能力はないが、すでに機体と一体化しているドルガにとっては痛みとなって、己が一部が失われたことを知らせていた。
『チョコマカすんじゃないよ。斬れないじゃないか!』
『こっちのセリフだ』『クソがぁ!』
互いに咆哮するかのように罵倒しながら互いに攻撃を仕掛けていく。
もはや魔獣と変わらぬ身のこなしの『サーヴェラス』の機動性は高いが、それに付いていけるだけの動きを『アイアンディーナ・フルフロンタル』ができていることも普通ではなかった。
それはこれまでにベラが『アイアンディーナ』の腰と足回りを主に強化し続けてきた結果だ。調整に調整を重ね、まさしく己が手足のように機体を動かすためにここまでボルドとともに手をかけてきた。日々の積み重ねこそがベラと『アイアンディーナ』を一心同体といえるまでに仕上げていたのである。
『それにしてもなかなかのパワー、それにスピードだね』
『だったら避けんじゃ』『チッ、危ねえ』
一進一退の攻防は続く。魔力喰いの影響と決闘の体となっているために周囲に他の機体は近付かず二機のみでの攻防が繰り返されている。もっともはたからみればどちらが優勢かは明らかだ。それは猛獣と猛獣使いのやり取りのようで、戦いのすべてをベラが支配しているようだった。
『なんでだ!』『なんで当たんねえ!?』
ドルガが苛立ちをあらわにしながら叫んだ。
まるで当たらないのだ。どれだけ剣を振るおうが、前足の爪を振るおうが、ことごとくを『アイアンディーナ・フルフロンタル』は避けてしまう。ドルガには意味が分からない。己の攻撃がここまで通じなかった相手などいない。父の獣神アルマとて『サーヴェラス』の前では敵とはなり得なかった。確かに自分の機体は強力ではあったが、それでもドルガはいざという時、己は戦えるものだと信じていた。こうした逆境とて切り抜けられるものだと……
『死になッ』
次の瞬間に『アイアンディーナ・フルフロンタル』がおおきく振りかぶって回転歯剣を振り下ろす。それはトドメの一撃。けれどもドルガは歓喜した。
『『読めてるぜ!』』
功を焦ったのか『サーヴェラス』の頭部を狙う回転歯剣のモーションは読み易く、ドルガはその攻撃をとっさに避けた。
『避けたかい』
『この間抜けが』『死ねッ』
ドルガが咥えた剣を振り上げて『アイアンディーナ・フルフロンタル』の右腕を斬りつけると、それに当たった回転歯剣が腕から離れて地面に落下する。
『これで』『てめえの武器は』
『ああ、いい角度だね』
けれどもベラは笑っていた。同時に『アイアンディーナ・フルフロンタル』が蹴り上げた『ウォーハンマー』のピックが左の頭部を貫く。
『ギャヴァッ』『テメェエ!?』
『あとひと首かい』
ドルガは気付いていなかった。戦いの最中にベラはウォーハンマーを落としていた場所にまでドルガを誘導していたのだ。さらには回転歯剣を実際に落としたことで隙を作り、こうして一撃を見舞った。すべてはベラの計算通りであったのだ。
そして、ベラがさらに振り上げて頭部を破壊し尽くすと『サーヴェラス』が自ら頭部を千切って跳び下がった。
『逃げるんじゃあないよワン公』
『うっせぇえんだよ。ああ、クソォォオオオ』
自身の思考が無理やり切り取られたような感覚。脳が裂けて血が噴き出しているような痛みに意識を刈り取られそうになりながらもドルガは『アイアンディーナ・フルフロンタル』を睨みつけた。
『頭ふたつ無くなったからって僕ちゃんは負けねえんだよぉぉおおおお!』
叫ぶドルガの意思に従って『サーヴェラス』が『アイアンディーナ・フルフロンタル』の背後に回り込もうと加速していく。すでにふたつの頭部が破壊されたことで思考は常人のソレに戻っており、精緻な動きはもはやできない。だからこそドルガはただ速度を増しての力押しで挑むしかなかった。もっとも……
『読み易いねえ』
ベラには通じない。鉄機兵の視界は決して良いとは言えないが、その動きは読み易すぎる。どれだけ速かろうが、それではベラには届かない。そしてベラは右のフットペダルを踏み、最小の動きで機体を旋回させながら背後を狙って迫る『サーヴェラス』へとウォーハンマーをぶち当てると『ギャンッ』という声とともに『サーヴェラス』が転げていった。
『ぐ、ぉぉお。クソッタレ。なんでだ。なんで当たんねえ? なんで当たる?』
肩の装甲ごと前足の片方が潰された『サーヴェラス』がよろけながら立ち上がった。
『ドルガ様!?』
『馬鹿な。獣機兵最強が、赤い魔女に!?』
いよいよ危ういと気付いたドルガの親衛隊が駆け寄ろうとするが、それはリンローの『レオルフ』によって止められた。
『ここでうちの大将の邪魔なんぞさせるかよ』
「クギャアァアアアアアア!」
槍尾竜ガラティエも吠えて、獣機兵の一機を槍のような尾で貫き破壊する。その周囲には竜撃隊も並んで応戦しており、獣機兵たちを寄せ付けることはなかった。
『ギャギャギャァアアアアア!』
『落ち着け。だが、もうすぐだ。総団長が仕留める前にカタをつけるぞ!』
またホワイトゴリディア の巨獣機兵と相対していたマリア、ガイガンの戦いも彼らの勝利という形で終わりを迎えようとしていた。そして……
『クソッ、クソォオオ。なんでだよ。なんで勝てない』
『ハッ、簡単な勝ち方しか知らなかったから分からないのさ』
『テメェが僕ちゃんの何を知ってるっつーんだよ!』
ドルガが叫び、『サーヴェラス』が二本足で立ち上がり、咥えていた剣を手にとって『アイアンディーナ・フルフロンタル』に向かって駆けていく。
『ハァ、ワンちゃんになりきったり人間様の真似をしたり忙しいヤツだね』
『死ぃぃねぇええええ!』
むき出しの闘争。もはやドルガの身体は操者の座と癒着し、その身は機体と一体化している。その有り様は巨獣機兵に近く、さらには魔力喰いにより出力を強化している『サーヴェラス』は通常の獣機兵をはるかに上回る性能を持っている。
だが、それだけだ。
『ま、少々味気ない締めだが、種がバレた手品師なんてそんなもんなのかもしれないねえ』
そしてベラが迫る『サーヴェラス』の動きに合わせてウォーハンマーを振るって胸部をピックで貫くと、戦場に断末魔の叫びが轟いた。
次回予告:『第302話 少女、犬の首をとる』
自分で磨き上げたものでなければ女の子は振り向かない。
ベラちゃんはそれをドルガお兄ちゃんに伝えたかったのかもしれませんね。




