第300話 少女、弾ける犬を見る
「なるほど。生きの良い検体ですねぇ」
声が聞こえた。喋れない。体も動かない。拘束されているらしい己はいつの間にやら見知らぬ場所にいて、見知らぬ誰かに観察されている。そばには彼の父であるアルマがいて、全身を縛り付けられた状態で台の上に置かれていた。
目と目が合う。恐らくは己も同じ状態なのだろうと確認しあった顔を親子はしていたが、それはただ恐怖を助長こそすれ、彼らにとっての光明などどこにもなかった。けれども、ドルガはその光景を知っていた。それはドルガがただの人間であった頃の最後の記憶だった。
「よろしいのですか? 彼らは傭兵どころか盗賊団の親子。とても我が帝国の兵にするには……」
そう口にした男はすでに死んでいる人間のはずだとドルガは憶えていた。この実験の後、半獣人となったアルマが拘束を千切って殴り殺したのだ。だから、これは夢だろうとドルガは思う。
「何か問題があるのかね?」
そして、もうひとりこの場にいた老人の声にドルガが目を見開く。
その老人をドルガは知っている。己の人生を変えた男。血まみれの白衣を纏った老人。はるか昔に滅びた文明の生き残りを自称する狂人。
イシュタリアの賢人ロイ。
古代イシュタリア文明。それは二千年よりも昔に栄えたとされる、かつての人類の繁栄の頂点。ロイ曰く、魔術を、『神』機兵を、魔獣を、文字や技術、そのほかの多くを生み出し、星の彼方と世界の果てへと消えていった存在。
このイシュタリア大陸も、彼らの中心となる都市があったとされたが故に文明の名を冠されており、また大陸北部にはイシュタリア文明の生き残りで結成されている賢人会なる組織もあると言われている。
「その親子、かつては獣人の血が混じっていたのでしょうかね。血液を調べた結果、魔獣の因子とよく合うようで……まあ、ある程度無茶に獣血剤を投与しても良さそうなのですよ。まったく、良いモルモットを用意してくれたものだ」
その言葉の意味も今ならばドルガにも分かる。このときこそがドルガの人生が変わった瞬間だった。のちに獣神と呼ばれるアルマはより魔獣の因子の濃い獣血剤を打たれ、ドルガは三つのコボルト種をブレンドした獣血剤を打たれ、それぞれ半獣人へと変異した。
彼らはロイの実験体だった。実験体の中でも魔獣の因子への耐性が強く、最終的にアルマとドルガは実験部隊から八機将にまで登り詰めていった。だからこそドルガたちはロイには逆らえない。すべてはロイがいるからこそ彼らは奪う側でいられたのだ。故に後輩とも言えるキメラ部隊を受け入れざるを得なかったが、かつての己の延長線上にいる彼らを嫌ってもいた。それは同族嫌悪であった。
「じゃあ、始めようかな」
そして動き出したロイを見て、ドルガの顔に恐怖が宿る。その先を彼は知っていた。自分が何をされるのかを理解していた。そうすることで今の己になるのだと分かっていた。けれどもドルガは思う。それは想像を絶する苦痛を伴う。二度と味わいたくはないし、何よりもその先に待ち受けているのが『人喰い』であることを知っていた。
「ま、アイテール、いやここでは魂力と言いましたか。アレを採集するのに必要な変異であればいいのですが。まったく品種改良のためとはいえ、随分と余計な回り道をしている気がしますよ」
やれやれとロイは肩をすくめながら施術に入る。それをドルガは見ていることしかできない。だが……とドルガは思う。もはや慣れてしまった食人行為だが、彼とて慣れたくて慣れたわけではないのだ。
そうしなければ戦い続けられなかったし、それを許容せねば生きてはいけなかった。ベラの率いる獣機兵部隊がそれを克服しつつあると聞いても人喰いを止められなかったのは、もはや許容した己を否定できなくなるところにまで来ていたからだ。
だが、今の彼はそれよりも昔にいた。それはまだ人間であった頃で、あるいはこれが真に過去に戻れたのだとすれば、またやり直せるのだとすれば……そう思うドルガの前にロイが立った。
「なぁに。すぐに終わるさ。君は生まれ変わる。ここから先の君の人生に幸多からんことを。はは、君は僕の子供になるんだ」
そしてそんな心にもないことを口にしながらロイがドルガの首筋に三つの注射針を打った。それは過去の清算などできぬと言われているようで、何よりも体内に入り込んだ異物の侵入にドルガは絶叫し……
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『『ガァアアアアアアアッ』』
ドルガが咆哮し、転げ回った。意識が覚醒していく。何が起きたのかは分からないが、けれどもドルガは己の危機であることを理解できていた。
『チッ、今のは?』『走馬灯? っと、危ねえ』
ギャウンッと回転する刃の接近に気付いたドルガはとっさに『サーヴェラス』を跳び下がらせた。
『おやおや、なんだい。避けやがったよ』
『チッ、何をしやがったテメェ』『死ぬかと思ったぞ』
意識が飛んだのは一瞬だったのだろう。すでにドルガは己の状況を把握している。機体の全身が損傷し、爆発反応装甲もすべて吹き飛んでいた。
『こいつ、あのブレスで』『装甲を弾かせたのか?』
その問いにベラは答えずににたりと笑う。
魔術的作用により衝撃はかなり殺しているとはいえ、爆発反応装甲が発動した際には自身へ反動もある程度は出てしまう。装甲の一枚一枚の衝撃は大したものではないが、すべてが一度に発動してしまえば全身に向けられた衝撃は計り知れない。
『はっ、のたうち回るワン公はまるで弾け豆のようで面白かったんだがね。思ったほどのダメージではなかったねえ』
ヒャッヒャッヒャッとベラが笑った。
『あんた、敏感肌過ぎるね。日焼けにゃあ気を付けないといけないよワン公』
『うるせえ。』『今まではこんな目にあったことねえんだよ』
咆哮するドルガだが、結局のところ爆発反応装甲はドラゴンのブレスの熱に反応して発動していた。しかも掠めた程度であったにもかかわらず……である。
衝撃のみならず熱にも反応するソレは少々過敏であったのだ。もっともドルガにしてもここまでの戦場でそうした欠点を突かれるような状況に陥ったことはない。火炎放射器のギミックウェポンも存在しないわけではないが、例え所持していたとしても魔力喰いにより機体性能が圧倒的に差が開いた状態の『サーヴェラス』が炎を受けるようなことはなかったし、ドラゴンのブレスなどは今の戦争においては想定外のシロモノ。対処など存在していなかった。
『くそったれが。ぶっ殺す!』『おら、剣を貸せ』
『ど、ドルガ様!?』
ドルガは落ちていた自身の剣と、近くにいた獣機兵から剣を奪うと、それを左右の二頭の首に咥えさせて『アイアンディーナ・フルフロンタル』を睨みつけた。
『クソがッ。それでも性能はこっちが上なんだ』『殺してやるよベラ・ヘイロー』
奇策に頼らぬ、正面からの正攻法。それこそがこの相手にはもっとも通用するだろうと言うドルガの予測は間違いではない。実際に倒し得ることが可能か否かはまた別の話ではあるのだが……
『ああ、やろうか獣魔ドルガ』
そして、爛々と目を輝かせたベラが回転歯剣を持って、ドルガに対して構えた。
次回予告:『第301話 少女、振り下ろす』
みなそれぞれの人生にはドラマがあります。
一見してチンピラだったドルガお兄さんも同じです。
あるいは彼も被害者であったのかもしれません。
悲しいお話ですね。
まあ、それはそれとして次回ドルガお兄さんは死にます。
敵ですからね。仕方ありませんね。




