第297話 少女、復活する
『引っかかったのがリンローの方だったのは良かったのか、悪かったのか……微妙なところだねえ』
戦場にベラが現れたときより時間はわずかばかり遡る。
ドルガとリンローたちが戦っている頃、死んだことになっていたベラはエルシャ王国軍の後方に隠される形で待機しており、戦況を見定めていた。
実のところ、ベラ・ヘイローの死亡偽装は真偽定かではない話だけに自軍内でも士気高揚を高めるほどの効果はなく、また獣機兵軍団へはそもそも情報が届く前に戦闘になっていたために両軍共にほとんど効果はなかった。
とはいえ、飛行可能な最大戦力がどの場所にでも送り込めるという利点を考えればベラが後方待機している意味はあり、今もベラは通信機から届けられる戦況を聴きながら状況の把握に努めていた。
そして現在の戦況だが、当初確認した通りに敵は双蛇の陣を用いて分かれて行動し、獣魔ドルガが率いている部隊は竜撃隊と交戦、ドルガ本人にはリンローと槍尾竜ガラティエが当たっているとのことだった。
(ガルドならやれただろうが、リンローではまだ厳しかったみたいだねぇ)
しかし、耳に入ってくる報告を聞く限りはリンローと槍尾竜ガラティエは苦戦し、残念ながら劣勢であるようだった。
とはいえ、それはある程度は予想できていたこと。
もう一方の蛇の頭と交戦に入っているルーイン王国軍のガルド・モーディアスならば対処は可能であったかもしれない。少なくともベラは自軍内では自分に次いでの実力者は彼であろうと認識していた。次いでリンローの『レオルフ』だが両者の間の実力の差は決して小さくはなかった。
だから彼が当たったのであればドルガにも負けはしないだろうとベラは考えていたが、巡り合わせはリンローを選んだ。
(リンローにはもう負け癖をつけさせたくはなかったんだけどねえ)
ガルドに任せれば手柄はルーインに持っていかれるし、リンローが死ねばヘイロー軍は大幅な戦力ダウンともなる。となれば、ベラ自身が出向くしかないだろうと結論は出ていた。
問題なのはまたしてもリンローが負けているということだが、実力不足は一夕一朝でどうにかなるものではない。実際、獣魔ドルガの魔力喰いは確かに強力で竜機兵などのような魔力を自己生成できる機体か、魔力を貯められる増槽持ちでもなければ対応できない。
だからドルガと戦う相手としてリンローが選ばれたわけだが、結局『レオルフ』も自己生成分の魔力だけでは動くことはできても抗するには出力が足りず、槍尾竜ガラティエとの連携でどうにか拮抗できている様だった。
『しゃーない、そろそろ頃合いだ。マリア、そっちは大丈夫かい?』
『はいベラ総団長。意識が灼けるように感じますが、戦いには問題ないと思います』
『そうかい。そいつはあんたのいう通りに戦いの支障はないだろう。あんたと共にいるヘッズはあたしの眷属だ。あたしの言うことなら聞く。暴走して味方を傷つけるとすればあんたが望んだときぐらいだろうさ』
『私が望んだときぐらい……ですか』
ベラの乗る『アイアンディーナ』の背後に並んでいるドラゴンの頭部のような機体の中から四王剣のマリア・カロンゾの声が返ってくる。
彼女の乗る亜種竜機兵『ヘッズ』はきわめて特殊な機体だ。それはマギノが機械竜の頭部を基に作成し、棘付きの大盾二枚を主要武器としているが、胴体の竜頭を使った炎のブレス、咆哮、噛みつきなども攻撃手段としている。
また『ヘッズ』が他と大きく違うのは、機体が乗り手に従うのではなく、意識を共有して共に戦うという点だ。
そもそも『ヘッズ』はベラが即時『アイアンディーナ』の代わりとして戦うことをコンセプトに開発されている。通常の鉄機兵は年月をかけて乗り手と共に成長と調整を繰り返しながら強くなっていくものだが、『ヘッズ』は即座にベラの愛機『アイアンディーナ』と同等の性能を発揮する機体を……と考えてマギノが生み出したものだった。
マギノが着目したのはドラゴンの性質だ。魔物は群れを形成する際に眷属として仲間を作り出していく。その傾向がドラゴンはより強いようで、竜人であるベラは竜種という括りの中にもあり、槍鱗竜ロックギーガを筆頭としたヘイロー軍のドラゴンたちの長という立ち位置でもあった。
そこでマギノはベラの眷属としての性質を持つ竜機兵を作ることを考えた。鉄機兵では時間のかかる乗り手との親和性を意志を持つ機体を従属させることで為す……というつもりだったのだが、完成した機体は『アイアンディーナ』が健在であったことから無用の長物と化し、数奇な運命により本来の主人とは別の者を乗せることとなった。
乗り手とは主従ではなく同じ主人に仕える者同士という関係、それは機体と同期したマリアの精神にも影響を及ぼし、前回は意識がほとんどないまま狂戦士の如く戦いに赴いていた。
もっともマリアはそれを不快とは感じていない。あのときの戦いの高揚感と勝利の愉悦は今も彼女の体に染み込んでいる。敗北にうちのめされ続けてきたマリアにとってそれは渇望を満たす美酒であったのだ。
『ああ、そうさ。同調され過ぎると戻れなくなるかもしれないってマギノが言っていただろう? あんた、気付いてるか知らないが性格だってあっちに寄り始めているみたいだよ。気を付けな』
ベラの言葉にマリアが『はい』と返して頷いた。
『素直だね。けど、これが終われば私の部下になるんだ。最低限でもまともに喋れるようでいておくれよ。唸ってばかりのは間に合ってるんだ』
『分かりました総団長』
そう返すマリアにベラは面白くないという顔をしたが、対して今のマリアにとってベラの言葉は神からの啓示であるかのように感じられていた。ベラの血を与えられたことで魔術的には眷属という立ち位置になった彼女だが、投与された血の量はわずかであり、本来であればほとんど強制力を持たないはずだった。
しかし元から適性があったのか、或いは『ヘッズ』と同調したせいか、現在のマリアはベラの眷属として目覚めつつある。それが本人にとって良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
(さて。リンローはまだまともだったが、こいつはどうなるのかね)
この後、マリアはヘイロー軍に入ることが決まっていた。
四王剣というエルシャの誇る剣の一振りは傭兵国家ヘイローに授けられ、それはローウェンを討つための力となる……という筋書きがすでに用意されている。
またエルシャ王国がモーリアン王国の同盟国であるということもあり、この話はヘイロー軍がモーリアン王国の内戦に参戦するための口実にも使われる予定であった。元々マリアの件に乗り気ではなかったベラだが、そうした側面からの有用性も踏まえて今では受け入れる方向で考えていた。
(まあ、そこらへんは追々……か。今はドルガを討ちに行くかね)
『それじゃあデイドン、行くよ。マリアも付いてきな』
『はい』
ベラの掛け声とともに機械竜デイドンが『アイアンディーナ・フルフロンタル』の肩を掴んで舞い上がり、その後ろを亜種竜機兵『ヘッズ』が竜翼を広げて付いていく。
そして戦いは終局へと向かう。エルシャ王国領の解放か終焉か、ひとつの国の命運が今、決まろうとしていた。
次回予告:『第298話 少女、調教を開始する』
今回はマリアちゃんのお人形さんの改めてのご紹介でした。
同じ想いを秘めたふたりが組めばMUTEKIです。
そしてベラちゃんのサプライズは次回をお楽しみに!
※次週はお正月休みです。次の更新は1/14となります。それでは良いお年を!




